竹内大輔の写真日記(~2009)
ピアニスト竹内大輔の、2009年までの日々を綴った日記です。
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旅日記 30.(ブルートレイン編…2009.6.22~6.25)
 今回、旅のテーマに選んでみたのは“ブルートレイン”です。ブルートレイン…言わば自分の世代では寝台特急の代名詞だったような気もするのですが、時代が変わったのか、それともブルートレインそのものが過去のものなのか、最近では本当に見る機会が減ってしまいました。今年の3月14日に廃止された、“はやぶさ・富士”号は記憶に新しいですが〔ブルートレイン“はやぶさ・富士”廃止参照〕、これにより東京発のブルートレインは全滅し、後は本当に、数えられるくらいしか残っていない状態になってしまいます。
 ここで一度、現在残っている“寝台”列車について、少し整理しておく事にしましょう。

・カシオペア(上野~札幌) ※週3本程運転
・北斗星(上野~札幌)
・トワイライトエクスプレス(大阪~札幌) ※週4本程運転(混雑期は毎日運転)
・日本海(大阪~青森)
・あけぼの(上野~羽越線経由~青森)
・北陸(上野~金沢)
・サンライズ瀬戸・出雲(東京~高松・出雲市)

 …なんと、残るはこの7本(8本?)だけになってしまいました。他に、夜行急行である“はまなす”や“きたぐに”、そして“能登”という列車もあるのですが、これは寝台列車と呼ばれるものではなく(一応、夜行列車とは呼ばれますが…)、寝台車も連結している列車…という感じです(…どちらかと言うと、普通の座席車がメインです…また、ムーンライト○○という列車も走っているのですが、こちらは臨時化されてしまったので、ここでは省略します)。
 さて、この7本のうち、豪華寝台列車と言われる“カシオペア”や“トワイライトエクスプレス”は、基本的に毎日運転ではなく、そもそもブルートレインと呼ばれる代物ではありません。また、設定もJRになってからという列車でもあります。更に“サンライズ瀬戸・出雲”は客車ではなく“電車”なので、こちらもブルートレインではありません…。そうなると、由緒正しき“ブルートレイン”というのは残りの4本になりますが(北斗星もJR化後に出来た列車ではありますが)、この内“北斗星”と“あけぼの”には自分は乗った事がありました。そうなると、今回のターゲットは“日本海”と“北陸”という感じでしょうか…。いや、“あけぼの”に自分が乗ったのは、東北本線、奥羽本線経由の頃と結構昔で、現在のルートになってからは乗った事が無かったので、改めて、今回の目的列車?を、“北陸”、“日本海”、“あけぼの”の3列車に広げるべきでしょう(笑)。
 さて、紆余曲折がありましたが、この3列車こそ、現代に生き残る昔ながらのブルートレイン三方であり、これを基本に鉄道の旅を考えてみたのが、今回の旅日記になります。かなりディープな内容かもしれませんが、どうぞ御覧下さいませ!


 ●寝台特急“北陸”号

 最初に選んだのは“北陸”号です。この列車は上野駅を23:03に出発し、金沢駅に6:26に着く、寝台列車にしては足の短い列車…という感じがあります。しかし、これは逆に見れば無駄な時間が一切無いという事でもあり、正に寝ている内に移動が出来てしまうという魅力から、現在まで残存しているのだと思います。また、東京~金沢間は一部でしかまだ新幹線が通っていない区間でもあり、朝一に東京を出ても金沢に着くのは11:00前で、そして東京発の最終は20:12という感じですから、まだ寝台列車の出番は残されているのでしょう。…となると、もう数年後に開業が予定されている“北陸新幹線”が開通すると、まず残存は不可能でしょうね…。やはり貴重な列車であると言えそうです。

   長距離切符と上野駅…一気に旅情が湧き立てられます!   この勇姿…格好良いです♪

 “北陸”号は、上野駅には22:45頃に入線します。出発は上記の通り23:03なので、少し発車までに余裕があるのも良いですね。車両全体を見渡す事も出来ますし、何より車内に入ってから一息付けるのは嬉しいものです。
 今回自分は、B寝台個室の“ソロ”という部屋を予約しました。寝台には、A寝台とB寝台というランク分けがされており、A寝台の方が豪華という位置付けで、それぞれ“個室”と“寝台(いわゆるベッドがカーテンだけで仕切られているものです〔竹内大輔、北九州ツアー(2008.6.5~6.9)参照〕)”が用意されているのですが、B個室はB寝台と値段が変わらないというリーズナブルな設定が魅力で、今回選んでみたのです。

   自分が乗った『ソロ』は、側面の窓の形状も特殊です   B寝台ながら、やはり個室は個室なのです!

 ただ、部屋はお世辞にも広いとは言えず、確かに寝るだけの空間だけという感じではあるのですが、部屋それぞれにロック付きのドアが付いているのは嬉しく、改めて、ここは自分だけの空間でもあるという意識に駆られるわけです(笑)。完全プライベートな空間は、列車という限られたスペースでは最高の贅沢で、実際“ソロ”はこの列車では人気なのですが、それも頷けると思います。
 しかし驚いたのは、平日にも関わらず、この日の“ソロ”はなんと満席(満室?)との事で、寝台列車の乗車率は年々低下…と言っている割には意外な結果になっていました。しかもこの“北陸”号は、8両編成中“ソロ”の車両は3両あるにも関わらずです。これは〔旅日記 22.(金沢編…2008.5.12~5.13)〕で紹介した『北陸フリーきっぷ』の利用の多さにも影響があるかとは思うのですが、とにかく寝台列車が活気付いているのは嬉しい事ですね。

   通路側から窓側を見たところです   窓側から通路側を見たところです

 さて、“北陸”号は上野駅を定刻に出発しました。この時間ですと、まだまだ帰宅途中の人達で電車は混雑という感じなのですが、もちろんこの列車は、そんなものとは無縁の時間が流れています…。途中の大宮駅までは、いわゆる通勤電車の代表格でもある京浜東北線等と並走したりするので、その差を如実に垣間見る事が出来ますね。向こうはドア付近にまでぎゅうぎゅうに押し込められた乗客達…片や自分の今の状態というと、ベッドで横たわっていたりするのです(笑)。向こうからの乗客にしたら、あまり良い景色では無いでしょうが、これぞ寝台列車の特権です♪…せっかくなので、贅沢気分に思う存分浸ろうではありませんか!
 …そんな景色?でしたが、大宮駅を過ぎると辺りの民家も減ってくるので、いよいよ夜行列車という感じがしてきます。それでも、やはり高崎駅くらいまでは東京の通勤圏でもあるので、駅を通過する際には、やはり東京近郊らしい雰囲気が漂いますね。
 この感じを抜け出すのは、やはり高崎駅を過ぎ、渋川駅を通過した辺りでしょう。この辺りは関東平野の末端で、この先は山の中へと入っていく路線となります。いよいよ民家は見えなくなってきますが、個室なので自分の部屋の電気を全て消すと車窓が見やすくもなり(反射が防げるので)、まだまだ列車旅はこれから…と言った感じでしょうか。本来なら、既に寝てなくてはいけない時間帯なのですが、列車旅をしに来ている自分としては、車窓も大事な“旅”であり、そう簡単に寝るわけにはいかないのです。いや、むしろ忙しい時間と捉えるべきなのかもしれません(笑)。
 それでも、さすがに2:00、3:00ぐらいになってくると、ずっと外を見るだけでは目が冴え続ける事は難しく、眠気も襲ってきます。ここからは、ちょっと寝ては起きて車窓を確認?し、そしてまた横になる…という繰り返しになっていました。3:00頃には新潟県の長岡駅に停車(客扱いは無し)し、ここで方向転換、そして機関車の付け替えを行います。この時、東京から見て一駅手前の宮内という駅から、先程の長岡駅間は往復する行程になっているのですが、その時に後から追ってきた急行“能登”号〔旅日記 3.(北陸編…2006.4.16~4.17)参照〕と、遠目にすれ違うのが確認できました。あちらも“北陸”号と同じく上野駅~金沢間を走る列車なのですが、さすがに今は空いている時期なのか、本当に可哀想になるくらい空席が目立っていた状態でしたね…。『北陸フリーきっぷ』なる切符の特性(新幹線や“北陸”のB寝台・個室の利用可)を考えると、確かに“能登”に乗る価値はあまり無いのかもしれません。

   深夜の駅…というのも、まだ味わい深い趣があります   日本海を見つつ、金沢を目指します

 そして、柏崎駅、直江津駅、糸魚川駅と過ぎると、車窓に日本海が登場し、列車名通り“北陸”的な風情が表れ始めてきます。この辺りになると周囲も明るくなってきて、また新しい1日が始まろうとしている感じでした。ここまで本当に頑張って起きて(…は寝ての繰り返しですが)いたのですが、ついにここで自分はダウンで、あとは金沢駅到着10分前に目が覚めた感じでした(…とは言え、恐らく2時間も寝ていないと思いますが…笑)。
 金沢駅に到着する頃にはもう明るくなっており(日の長い時期でしたからね)、左手に工事中の新幹線の路盤を見ながら、終着となります。明るく…と書きましたが、実際は外は雨が降っており、どちらかというと薄曇りの感じでした。しかし、この寂しさが何となく寝台列車に合ってしまうのですから、風情とは皮肉なものです…。“北陸”到着の3分後には“能登”も到着してきて、あちらは乗客も本当に少なかったので、堂々たる共演の筈が、寂しさに一層拍車を掛けているような状態になってしまいましたが、自分の考え過ぎなのでしょうか…。

   高架になると、金沢駅に近付いてきた証拠です   約7時間の行程を終えた『北陸』号…ホームの向こうには、同じく上野駅からの急行『能登』号が到着してきたのが見えます

 今回の最初の寝台列車である“北陸”に別れを告げ、ちょっと“能登”号の近くにも行ってみたのですが、車両は相当くたびれているようで、よく今まで現役でいられたなと思ってしまうくらいでした…。改めて、“北陸”と共に貴重な列車だと思うと共に、やはり北陸新幹線開通までの命かと思うと、また1回くらい乗っておきたいという気持ちも芽生えてしまいましたね…。とりあえず、今回は一時のお別れです。自分はこの先の旅を続ける事にしましょう。


 ●北陸路での寄り道

 次の目的の列車は、寝台特急“日本海”ですが、これは金沢を通る列車であるものの、初めて乗る列車でもありますし、やはり始発である大阪駅から乗っておきたい気持ちはありました。…とは言え今はまだ朝の7:00前で、真っ直ぐ向かうと朝方には着いてしまいます。…となると、答えは1つ。この付近での鉄道に乗って時間を稼げば良いのです。北陸を走っている鉄道路線は、まだ乗った事の無いものが多数あるので、それらに出会うのも楽しみにではないですか。では、1つ1つ紹介してきたいと思います。

   ・北陸鉄道浅野川線

   地下駅になった北鉄金沢駅   大野川を渡る橋では、ノロノロと走ります…粟ケ崎駅付近にて

 まずは、金沢を拠点に2路線を有する、北陸鉄道に乗っておきましょう。北陸鉄道は、現在ではバス運営が主体になっていますが、鉄道路線も(かろうじて)2路線持っていて、今回はその1つである浅野川線に乗ってみます。
 この路線は、以前に何回か乗った事がある路線でもあるのですが、起点である北鉄金沢駅が地下駅になってからは乗っていなく、おそらく10年振りくらいの乗車かもしれません。列車も現在では、全て元京王井の頭線の車両を使っており、少し懐かしい気分に浸れるのもまた良いではありませんか。

   終点の内灘駅にて…こちらは両開きドアの車両です   朝ラッシュの内灘駅では、結構な混雑でした

 浅野川線は、北鉄金沢駅~内灘駅の6,8kmだけの路線なので、途中下車をしても1時間弱で往復が出来てしまいます。本当に地方のローカル線…という感じなのですが、さすがに自分が乗った時間帯は朝ラッシュ時の真っ最中で、特に復路の内灘発北鉄金沢行きの電車は、内灘駅を発車の時点で100%くらいの乗車率になり、北鉄金沢駅に着く頃には満員になっていました。お客さんの半分以上は学生(小学生もいました)という感じでしたが、ローカル線とは言えど、こういう側面もあるのだと改めて思いましたね。この内灘という駅が、更に遠くからやってくる北鉄バスのターミナル駅にもなっているからなのでしょうが、利用率が高いのは他人事ながら何だか嬉しくなる事でもあり(笑)、良い瞬間を体験出来たと思いました。

   ・越美北線(九頭竜線)

   構内の片隅に停車中の、越美北線キハ120形   足羽川に沿って進みます

 今度は場所を福井に移動し、今度はJR西日本の越美北線(九頭竜線という愛称が付いています)という路線に乗ります。この路線は元々、福井駅と、愛知県の美濃太田駅を結ぶ“越美線”として建設されたのですが、福井県側と愛知県側では開業できたものの、それらが結ばれる事は結局無く、南側は長良川鉄道越美南線として別で運営されています。
 この越美北線は自分は今回初めて乗りますが、相当なローカル線で、運転本数も1~3時間に1本くらいの状態となっています。しかも、終点の九頭竜湖駅まで到達する列車は1日に5本しか運転されていなく(その内1本は途中の駅からの始発です)、それが今まで足を遠ざけてしまっていた理由でもありますが、今回ついに乗る事が出来ました。行って帰ると3時間以上の行程なので、ローカル度にもなかなか期待が持てそうです(笑)。

   福井も有数の米所なのですね   川の途中にはダムも見えました

 実際、車窓は変化に富んでいて、福井駅を出て暫くは北陸本線と並走するのですが、ちょっと分かれたかと思うと急に田園風景になり、この路線の人口密度の低さを物語るかのようでした。そして、足羽川が沿ってくると山も迫ってきて、川を左に右にと、橋を何度も渡りながら走りつつ、いつしか少し開けた場所に出てきます。そこも田園風景は広がっているのですが、ここが大野市という所で、かつては城下町であり、越前の小京都としても知られています。
 そして更に進むと、今度は九頭竜川に沿って進むようになり、ここから先は建設が新しいのか、高架になったり長いトンネルが現われてきたりします。いよいよ本格的な山越えか…と思ったのも束の間、終点の九頭竜湖駅に着いてしまうのですが、本当に中間駅みたいな雰囲気があり、建設時も、取りあえずの終着駅として開かれたのでしょう。現在になっては再建設は皆無でしょうが、目前に聳える山の向こうに、愛知県を走る長良川鉄道の路線があるかと思うと、何だか感慨深い気持ちにもなりますね…。

   越美北線の終点、九頭竜湖駅   駅前には、こんなモニュメントが…

 乗客は本当に少なく、福井駅発車の時点で5人くらいで、終点の九頭竜湖駅に降り立ったのは自分1人という有様でした(上り方面はもう少し乗っていましたが…)。確かに、これぞローカル線という感じでしたが、大野市の人にとっては、越美北線は重要な交通手段なわけで、やはり長く存続してほしいとは思いましたね。ゆったりとした時間を過ごす事は出来たと思います。

   ・福井鉄道

   福井鉄道の福井駅前はこんな感じです…車両は元名古屋鉄道の800形   800形の車内は、床に傾斜がついています

 福井市と武生市を結ぶ福井鉄道は、ローカル線というよりは、都市間鉄道としての役割も大きいと言えると思います。また、福井市内は路面電車としての性格も持ち合わせており、車両もそれに見合ったものが使われる等、なかなか特徴の多い鉄道でもあります。
 現在でこそ路面電車タイプの車両が多いですが(これらは全て元名古屋鉄道の車両を譲り受けたものです)、昔から走っている“鉄道形”の車両も残っており、これらは主にラッシュ時に使われるのだとか…。今回、福井鉄道の路線には全て乗る事が出来たのですが、ラッシュ時ではなかったので路面電車形の車両にしか乗る事が出来ませんでした。これらは道路と並走して走る福井市内区間では似合う車両なのですが、武生側の、いわゆる地方ローカル線らしい風景には若干似合わない感じもしました。まあ、鉄道形の車両も、路面電車区間では恐らく似合わない感じなのでしょうが…(笑)。

   福井市内は、路面電車の形態で走ります…田原町駅付近にて   福井鉄道の現在の主力、880形…これも、元々名古屋鉄道の車両でした

   雪の多い地域を走るので、線路の分岐部分にはスノーシェルターが多く設置されています   880形の車内

   鉄道形の車両と並ぶ、路面電車形880形…武生新駅にて   武生新駅の背後を、JR列車が通過して行きます

 車両自体が小型なので、乗車率自体は良いように見え、本数も日中は20分に1本間隔ですから、乗りやすい鉄道なのかもしれません。しかし、福井~武生間というのは、完璧にJR北陸本線と並行しており、こちらもJRになってから便利になってきたので、予断は許されない…という感じでしょうね。

   ・特急“雷鳥”

   特急“雷鳥”号、485系パノラマ車両…敦賀駅にて   パノラマ型グリーン車の車内

 なかなか面白い3路線を味わう事が出来たので、そろそろ急いで大阪駅に向かう事にしましょう。一先ず鈍行列車で敦賀駅まで移動してきて、ここで特急“雷鳥”号に乗り換えました。この列車は、大阪と北陸を結ぶ特急として昔から走っているものなのですが、最近は683系(下写真参照)という新しい車両が現れて、車両の新旧交代が激しく、ついに2011年の春頃までに、昔から走っている485系(上写真参照)という車両は姿を消してしまう事になってしまいました。

   新鮮味は無いですが、最新型の683系4000番台   683系は、整然とした車内が魅力です

 485系という車両は、かつては四国(当たり前ですが沖縄も)を除く全国で見る事が出来た、いわば国鉄時代の特急型のスタンダードだった車両ですが、今や貴重と言えるほどその数を少なくしており、特に国鉄時代の塗装のままで走っているというのは、ここを除くと本当に数えるだけとなってしまいます。
 これは乗っておかない訳にはいかない!…という事で、今回乗車する機会を設けたのですが、“雷鳥”の一部には、JRになってから改造された“パノラマ型グリーン車”なる車両(大阪寄りの先頭車)も連結されており、せっかくなので贅沢に(笑)、この車両に乗ってみる事にしました。この車両の乗客は自分の他に1人だけで、正に特等席な気分を味わえたものでした♪

   常に高速で駅を通過していきます   そろそろ大阪駅が近付いてきました!

 先ほど紹介した683系は、同じ区間を特急“サンダーバード”号として、いわば“雷鳥”の速達タイプとして運転されているのですが、自分の乗車した“雷鳥”号も、敦賀駅を出ると、近江今津駅、京都駅、新大阪駅のみの停車という、なかなか特急らしい速達っぷりを発揮してくれていました。車窓にしても(…というか、眺めが良い運転台からの景色でしょうか…)、北陸路を抜け出し、左手に琵琶湖が見えてきて、徐々に大津市から京都市内に入っていく様子や、何本もの列車と並走出来る東海道本線区間を経て、大都市大阪に向かっていく様子が手に取るように分かり、これもまた楽しい経験でもありました。今後この車両が無くなるというのは惜しい感じもありますが、今から20年近くも前に改造された車両でもあり、やはり時代なのでしょうね…。
 こうして、何時間も掛けて大阪駅にやってきましたが、いつもと感覚がどうも違います。きっと、地方→大都市への移動というのは、基本的に東京に戻る事が多かったものの、今回は大阪という、自分にとってはやはり別都市のような場所に出向いた為、何となく違和感があったのだと思います。しかし、これから控えている旅もまた重要なのであって、また気持ちを切り替えて臨んでいきたいですね。とりあえず、束の間の大都市の雰囲気を楽しむ事に致しましょう。

   こちらも貴重な車両である、キハ181系…大阪駅にて   工事真っ只中だった、現在の大阪駅


 ●寝台特急“日本海”号

 2日目の長い旅を終え、ようやくこの日メインの列車に乗る事になりました。この寝台特急“日本海”号は、現在は大阪駅を17:47に出発し、東海道本線、湖西線、北陸本線、信越本線、羽越本線、奥羽本線経由で、青森駅まで到達する列車です(以前は更に、北海道の函館駅まで足を延ばしていました)。経由路線を見ても分かるように(分かりますかね…笑)、全体に亘って新幹線とはまるで無縁の地域を走るので、今まで廃止を免れてきたのだと思いますが(しかし、以前は2往復走っていて、現在は1往復に削減されています)、もしかしたら、最後まで残るブルートレインは、この“日本海”なのかな…とも思っていたりします。

   昔ながらの雰囲気が今でも伝わってきます   A寝台の車両は、上にある小窓が特徴です

 今回は、個室でない、いわゆる“寝台”タイプのA寝台に乗車してみました。Bよりランクが上のAですが、それでいて個室では無いというのは、何だかB個室と比べてサービスが下がる様な気もするのですが(もちろん、A寝台の方が値段は高いです)、やはりB寝台に比べれば居住性は高く、ベッドも広いです。そもそも、昔はB個室そのものが無かった為、やはりA寝台の存在価値というのは高かったのでしょう…。しかし、今ではA寝台はとても貴重な車両で、この“日本海”を除くと、あとは急行“きたぐに”号にしか連結されていません(しかも1両ずつです)。それでも、今回は大阪駅を出た時点ではA寝台は3,4人のお客さんしかいませんでしたから、やはり時代に遅れをとっている車両というのは事実のようですね…。列車は違えど、昨日の“北陸”号のB個室“ソロ”とはえらい違いです…。

   車両の両窓側に、寝台が設置されているのが分かります   ここが今夜の寝床です

 自分の部屋?に腰を下ろし、カーテンを閉めてしまうと、狭いながらも自分のスペースが確保されます。さすがに個室ではないので、荷物の置き場所には困りますが(ベッド以外に個々のスペースは無いので、外に置くか、ベッドの上に置くかしかありません)、それでも居心地は不思議と悪い気はしませんでした。
 やがて定刻通り大阪駅を出発し、いざ“日本海”号は北陸、そして東北方面へと進路を向けましたが、よく考えると自分は大阪駅には1時間もいないで、今来た道を引き返すという行為を行っているわけです。これは、昨夜の深夜に通った新潟県の長岡駅まで同じ道を辿るのですが(笑)、ここまでくると馬鹿げた行為というより、むしろ高貴なものを感じてしまうのは自分だけでしょうか…。これだから鉄道の旅は面白いのです♪
 東海道本線を抜け、湖西線、北陸本線と、正に今日通ってきた道筋を、今度は寝台列車の車窓から眺める事になります。しかし、大阪~京都間なんて、まだ夕ラッシュの時間帯だというのに、この“日本海”号のA寝台車内は静寂が漂っており、本当に別の世界のようです。隔てているのはガラス窓1枚なのですが(複層ガラスかもしれませんが…笑)、これこそが寝台列車の持つ魅力なんですよね。普段の時間の流れとは違う、ゆったりとしたものを旅人に提供してくれる…。これは、現在の新幹線では到底真似する事が出来ないサービスでしょう。また、北陸本線は特急街道でもあるので、相対的に速度の遅い“日本海”号は、後からやってきた特急列車に何本か抜かれてしまうのも、乙な体験なのでは…と思ってしまいます(笑)。
 やがて車窓からは夕日が見え(これを見る為に、わざわざ進行方向左側の場所を抑えておきました!)、日も暮れてしまうと、今度は本物の?日本海が見えてきます。朝方見た海の表情とは違って、若干荒々しくも見える夜の日本海ですが、こちらもまた素晴らしい魅力を出しているなと感じましたね。

   進行方向左側は、走行中に夕陽が望めます   大阪駅で買っておいた駅弁です…富山駅にて

 さすがにこの辺りになると、眠ったり起きたりの繰り返しになってきてしまいますが(2日目なので、“北陸”号の時より眠気が深くなってきているようです…笑)、一度通った長岡駅は見ておきたい気はしました。そんな長岡駅は24:40頃に着きましたが(客扱いはしません)、昨日の深夜時と雰囲気は変わらなく、ホームに誰もいないという光景が目に飛び込んできました。…ただそれだけの事でしたが、それでも「見ておいて良かった」という気持ちが込み上げてきたのですから、不思議なものです…。
 新津駅を過ぎると、羽越本線に入ります。ここからはついに、北日本方面へと足を踏み入れる事になり、より素朴な感じが楽しめます。線路も複線から単線になり(所々に複線区間はありますが…)、列車のスピードも遅めになってきたような気がしました。これは言い換えれば、より外の景色を眺めやすくなったという事であります。特に新潟県と山形県の県境付近の日本海付近の景色は素晴らしいものがあり、これは深夜という時間帯でも見ておかなくては勿体無い光景です。北陸本線の時は、日本海に近い所は走るものの、線路は近代的な造りで、海岸の“地形”を感じる事は無いのですが、こちらの羽越本線では、トンネルは存在するものの、陸地にある程度沿って線路が敷設されているままなので、走りながら地形を感じる事が出来るのです。より日本海の“険しさ”を、身体で体感する事が出来たと思います。
 また、この辺りは空気も綺麗なのか、夜空には星が満天の光景を作り出しており、これは列車から見る星空としては、かなり上位に入る綺麗さ、優雅さだったと思います。寝台車なので、横になると自分の顔の上の方に窓があり、そのまま向こうには星空が広がる…という感じです。これは“北陸”号以上のものでしたね。

 さて、この光景に満足したのか、ついに自分は深い眠りについてしまいました。途中の酒田駅や秋田駅は、いつ通過したのかも分からず、列車は奥羽本線に入っており、左側の車窓には八郎潟が広がっている光景が見えてきました。正に夏の光景だったわけですが、やはり東京より爽やかさがありますね。何だか、いつもより空も青く見えてきたような気もしました。

   秋田の八郎潟は、正に緑で一杯でした   爽やかな朝の風景です…東能代駅にて

 これらの景色を目に焼き付けていると、カーテンの向こうから、「東能代駅でお降りになるお客様…」と車掌さんが話し掛けてきてくれました。正に自分の事で、「あと20分程で到着になります」と言付をして頂き、自分も降りる準備をし始めました。列車の旅3日目は、この駅からJR五能線に乗る予定にしており、これは自分が初めて乗る区間でもあるので、相当楽しみにしていた朝でもありました。東能代駅到着は朝の6:30…。昨日に引き続き早い時間ですが、後半はよく眠れたせいもあって、ホームに降りた自分はすこぶる元気な感じでした。さあ、この日も思いっ切り旅を満喫しますよ!


 ●JR五能線と、“リゾートしらかみ”号

 東能代駅は、特急も停車する主要な駅ではありますが、ここは街の中心ではありません。中心は、これから乗る五能線の次の駅、能代駅周辺がそうであり、まず自分はそこまで行ってみる事にしました。東能代駅~能代駅は1駅区間ですが、ここだけの区間列車は多数設定されていて(…とは言え、日中は1時間に1本程度)、奥羽本線への乗客への配慮がなされていると言えそうです。自分もまずは能代駅行きの列車に乗り込みました。
 “日本海”号から、五能線に乗り換えた人は少なかったのですが、更にもう1本の、秋田駅からやってきた普通列車の接続の時は、学生が続々と乗り換えて、車内に乗り込んできました。恐らく、能代駅周辺の学校の生徒達でしょう。こういった光景を見ると、地方のローカル線の重要なお客様はやはり学生なのだなと感じます。3両編成の列車は、あっという間に席が埋まってしまいました。
 
   能代はバスケットの町なのだそうです…能代駅にて   このローカルな感じが良いですね

 能代市はバスケットの町らしく、駅にバスケットゴールが置いてあるのが興味深かったですが(笑)、ローカル線の駅にしては立派な構えがありました。ここで降りて自分は駅の北側の方に歩き、米代川の方まで向かってみました。ここには五能線の橋脚があり、たまには風景列車写真でも撮ってみるかと思ったのです。
 結果は左下写真の通りですが、夏らしい、なかなか好みの雰囲気に仕上がったかもしれません。五能線の能代駅の先は、列車の本数が激減しており(1日7往復)、いよいよ本格的なローカル区間へと突入する思いが込められれば…なんて思ったりしていました。

   ちょっと色を深めに撮影してみました   向能代駅を出ると、車内は閑散とした状態に…

 さて、能代駅に戻り、当駅8:02発の弘前駅行き列車に乗り込みました。列車は同じく3両編成で、東能代駅から来た列車ですが、やはりここ能代駅で、殆どのお客さんは降りてしまいました。そして、まだ少しだけ残っていた乗客も、次の向能代駅で降りてしまい、いよいよ車内は数えられるだけの人数になってしまいました。他の車両は詳しくは分かりませんが、とりあえず自分の乗っていた車両は、自分と、あと1人の乗客のみでした…。ここまで来たら、もう窓を思いっきり開けて、外の空気を楽しみながら旅を楽しもうではありませんか!…東北の初夏は涼しく、窓を開ければクーラー要らずの雰囲気が、それは心地良いものでした。

   素朴な車窓が続きます   海岸に沿って走ります

 能代駅を出て、暫くは典型的な農村風景の中を走っていた列車ですが、東八森駅を出ると、左側に荒涼とした海が見えてきて、ここからは海に沿った車窓が展開されます。それも、喉かな海岸…という雰囲気ではなく、日本海の厳しい部分が垣間見れるような…そんな雰囲気です。
 列車の高低差も激しく、恐らく山(白神山地)がそのまま海岸まで突き出しているのでしょう。よくここに線路を敷いたなと思いますが、やはり列車にとっても路線条件は厳しいようで、スピードも思うように出せません。線路に並行して道路も走っているのですが、どんどん乗用車に抜かれていく始末です。もちろん、こちらは特に急いでないので、こういった風景がむしろ楽しかったりはするのですが…(笑)。

   海が眼下に迫る車窓が続きます   晴れてくると、海も一層青く見えてきますね

 岩舘駅を出ると本数は更に減り、鰺ヶ沢駅まで普通列車は1日に5往復のみの運転となります。更に岩肌を縫う感じで列車は走っていくのですが、大間越駅を過ぎた辺りから、線路は海と同じぐらいの高さになり、少し日本海も穏やかに見えてきた感じがしました。…しかし、思い起こせばこの区間は、前に五能線を完乗しようとしていた時〔旅日記 10.(津軽・日本海編・…2007.1.7~1.9)参照〕に、悪天候の為にバス代行になっていた区間です…。やはり海というのは、その時の天候で良くも悪くも見え方が変わってしまうものなのでしょう。そう考えると、この日はわりと?機嫌の良い日…だと言って良いという事なのでしょうか(笑)。

   五能線の中継駅、深浦駅に到着です   以前とは打って変わって好天です

 そして9:40、列車は定刻通りに深浦駅に到着しました。ここはもう港町といった感じの雰囲気の場所で、五能線の中継地点を成す駅でもあります。日本海と共に生きていく街…という感じも受けましたが、もっとも、前回来た時には、そんな事を思う余裕も無かったと思われます(笑)。
 駅を降り、少し街中を散策してみました。何か海の幸でも食べられれば…とも思ったのですが、殆どのお店が昼の11:00からお店を開けるとの事で、どうやら自分はまだ早過ぎたようです。もう結構旅をしてきた感じだったのですが、この街の人達は、あくまでも自分達のペースなわけで…まあ、当たり前の事ですが…。

   深浦駅近くの場所から、見送った列車が遥か彼方に走っているのが見えました   深浦駅の列車の本数は…少ないです

 さて、再度深浦駅に戻り、今度乗るのは五能線の看板列車とも言える、快速“リゾートしらかみ”号です。この列車は、五能線を走る観光列車の性格が強い列車で、夏期は毎日運転ながら、一応臨時列車扱いとなっている列車でもあります(全席指定席です)。初登場は1997年ですが(それより前にも、客車列車による臨時列車は運行されていました)、人気があったのか、2003年と2006年に車両を追加投入し、現在は3種類の車両で3往復が運転されるまでに至りました。それぞれ車両にも特徴を出しており、“青池”編成、“橅(ブナ)”編成、“くまげら”編成と、全てに名前も付けられています。

   “青池”編成(左)と、“くまげら”編成(右)です…深浦駅にて   窓が大きく、車内は大変明るいです

 これらの編成は、時間や日にちによって担当列車が変わる為、時刻表を見る限りではどの編成に乗れるかは分からないのですが、駅にはそのスケジュールが出されていました(JRのHPにも載っていたかと思われます)。まあ、それも楽しみの1つにしてしまえば良い感じですが、とにかく、自分は“くまげら”編成に乗りました。
 この3種類の車両は、全て完全な新車では無く、先ほど乗ってきたキハ40形という車両を改造して出来たものなのですが、元が同じとは思えないほど、観光に特化した車内となっております。リクライニングシートを完備しており、先頭には展望室を設置、窓もかなり大きく、外の風景の見やすさは他の追随を許さない感じです。
 これは車両面だけでなく、運転面にも工夫が凝らしてあって、景色の良い場所では徐行運転を行ったり、列車によっては10分間程の途中下車をさせたりもしています。これらのイベントは、列車によって変えているらしいのですが、自分が乗った列車では、鰺ヶ沢駅~五所川原駅の間で津軽三味線による演奏が行われており、正に“青森”を体験できる内容となっておりました。よく見ると、車内もなかなか盛況しており、これは今まで乗ってきた普通列車の閑散っぷりとはえらい違いです。ローカル線の生きる道の1つの側面を垣間見た感じがしましたね。

   深浦駅~広戸駅間は、日本の列車の車窓で有数の景観を誇っています   鰺ヶ沢駅を過ぎると、岩木山を雄大に望めます

   車内では、このようなイベントも用意されています   りんご畑の中を走る列車は、そう多くありません

 深浦駅から鰺ヶ沢駅までは日本海を望め、鰺ヶ沢駅からはそれに代わって、青森県のシンボルである岩木山が姿を見せてくれます。周りに他に大きな山はなく、正に身1つだけで聳え立つその雄姿は、確かに“津軽富士”と呼ばれる所以も分かったりはしました。そして、その先では前述のように津軽三味線の演奏が行われ、最後の車窓のハイライトはりんご畑です。
 本当に最初から最後まで、車窓には飽きない風景が連続しており、これは“リゾートしらかみ”号の人気が出るのも理解出来るところでした。列車によっては、秋田駅発、青森駅行き…という感じなっていて、本線や新幹線に接続できるところも見逃せないポイントです。つまり、東京方面からの乗客も視野に入れているという事ですね。以前来た時は悪天候だった事もあり、何だか大変なイメージしか浮かんでこなかった五能線でしたが(笑)、今回は違った側面も数多く見出せ、やはり乗り甲斐があったと思います。
 五能線は、結果的に“リゾートしらかみ”号という観光列車がメインの路線ではありますが、この路線のイメージとして、垢抜けてしまったとは微塵にも思いません…。やはり雄大なローカル線であり、地味にも地域の人達と共に活躍を続けている路線なのです。恐らく、観光列車と普通列車の共存が上手く図られている路線でもあるのでしょうね。それが分かっただけでも今回は十分です。また違った季節にでも乗ってみたいですね。


 ●新青森駅

 JR五能線に乗った後は、弘前駅経由でJR奥羽本線で青森駅まで向かったのですが、自分には寄っておきたい駅がありました。それは青森駅の1つ手前にある、新青森という駅です。開業は1986年と比較的新しく、青森駅から4km程離れた所にあり、普通列車しか停まらない(開業時は、一部の普通列車も通過していたそうです)ごく普通の駅だったのですが、ここが2010年12月に開業予定の、東北新幹線延伸部分の終着駅と決まったのですから見逃す事は出来ません。また、2015年度辺りの開業を目指しているという北海道新幹線の起点となるようで、これは一度、東北新幹線開業前に見ておきたい気持ちがあったのです。
 この駅が東北新幹線の終着駅となる事が決まる前に、自分はこの駅を何度か通過した事がありましたが、確かに何の変哲もない、ただの小さな駅に過ぎませんでした。しかし、新幹線の駅ともなれば、そのままにしている筈が無く、相当な変化が予想されそうです。自分は、更に1つ手前の津軽新城駅で降り、ここから約2km弱、遠目に駅を見ながら歩いて向かっていく…という手法を取って(笑)散策していきました。

   津軽新城駅側から、新青森駅側を見たところです…遠くに巨大な高架駅が見えるのが分かります   工事真っ只中という感じですね

 津軽新城駅を降りて、1kmほど線路に沿って歩いていくと、遠くに見えてきました…かなり大きい建築物が…。明らかに以前の駅とは様子が違っています。奥羽本線の線路とは垂直に交差するように巨大な高架橋が横切っていて、もう今にも新幹線が到着してきそうな…それくらいの完成度には既になっているようでした。
 近付いて行けば近付いて行くほど、その大きさに圧倒されそうになります。ただ、現在は工事の真っ只中という感じで、一部の道路は閉鎖されており、何だか歩行者がいる事が自体が変に思われそうな環境ではありました。また、この駅は近くに学校が幾つかあるようで、ちょうど下校時の学生達と自分は遭遇してしまい、その気まずさは更に切迫したものがありました(自分が気にし過ぎでなだけですが…)。

   新青森駅を出発した701系列車   線路は更に北(北海道)に延びる予定です

 高架橋は駅だけに留まらずに、更に北側に延びていっている感じでした。開業は更に先になりますが、北海道新幹線の完成を現実的に思わせるに相応しい佇まいであり、この駅がそれらの中継地点となると考えると、夢は広がるなと思いましたね。…いや、これは現実になるのです。まずは東北新幹線の開業を、心待ちにすると致しましょう。予定では東京からこの駅まで、たったの3時間強で結ばれるらしいですから、青森がますます身近な町となりそうですね。そして、新青森駅から青森駅までは、奥羽本線で約5分。今後は青森駅と共に、ここも北国の玄関口として機能していく事でしょう。工事中の新青森駅を見て、更に待ち遠しくなってしまいました♪

   駅前も大改革されそうですね   新青森駅から、青森駅方面を望みます


 ●青森駅での過ごし方

 新青森駅を見終え、自分が青森駅に着いたのが16:10頃(16:01着の列車が遅れての到着でした)。この後自分は18:08発の上野駅行き、寝台特急“あけぼの”号に乗る予定だったのですが、この青森駅での2時間を、有効的に使いたいと思うのは当たり前の事でした。
 ただ、青森駅で何度も時間を潰した事のある自分からすると、実はこの駅周辺には、そういった場所があまり無いのが現実で、今回も正直、どうしたものか…と思っていた部分はあったのです。しかし、何か状況は変わっているかもしれない…という願いを込めて街を散策してみると、なんと、スーパー銭湯的な施設が出来ているではないですか!

   自分にとっては救世主のような存在でした   このままずっと休んでいきたい気持ちも…

 それは“青森まちなかおんせん”…という所で、どうやら2009年の3月1日にオープンしたらしいです。場所は、青森駅の南側で線路を横切っている国道7号線の、線路より東側に隣接していて、青森駅からは徒歩5~6分という感じでしょうか。この旅が始まって、シャワーかお風呂に入りたいという思いが強くなってきた頃だったので、本当に有難い施設の登場でした。入浴料も大人390円と安く、そのわりには食堂や無料休憩所まで備えてあり、自分にとっては十分過ぎるくらいの設備がありました。コンセントがあったので、そろそろ危なさそうだった携帯の充電も少し補え、これで晴れて、清々しい気分で東京へ戻れると思ったものでした。

   ほぼ駅前の場所です   ホタテが美味でした♪

 そして、青森県名物のホタテもお腹に入れておき、これで完璧です(笑)。心身共に満足した気持ちで、今回の旅の締め括りとなる列車に乗りに、改めて青森駅へと足を運ばせました。


 ●寝台特急“あけぼの”号で帰郷

 ついに今回の鉄道の旅も、あと1本の列車を残すのみとなりました…。それが、青森駅~上野駅を奥羽本線、羽越本線経由で結ぶ、寝台特急“あけぼの”号です。今や東京と東北方面を結ぶ唯一の寝台列車(“北斗星”等は青森駅には停車しないので…)でありますが、これこそ、新幹線が青森まで開通したら、廃止されてしまう運命にあるかもしれません。東北新幹線が通っているのは、福島や仙台や盛岡ですが、この“あけぼの”号は青森~新潟(新津駅)間は日本海側を通る為に、“今までは”影響が無かったと言えるのです。しかし、今後の新幹線の青森開通…は大きいでしょう…。今後の動向が気になります。

   出発準備中の“あけぼの”号…青森駅にて   “シングルDX”の通路…高級感を漂わせています

 今回の乗車も後々貴重なものになると思うのですが、更なる思いを込めて、寝台タイプも豪華なA個室を選ばさせて頂きました(もちろん値段も張りますが…笑)。1人用の個室寝台で、シングルDXと呼ばれているものです。“あけぼの”号に連結されているシングルDX車両は1両で、ここに11室だけ設定されています。11室という事は1両の定員が11人のみ(補助ベットを使えば、1室に2人で利用する事も可能です)という事で、如何に贅沢に造られているかが分かるというものですが、部屋に入ればその事は明確で、今回利用してきたどの寝台タイプのものよりも、広いスペースが取られているのです。

   “シングルDX”の室内   天井が高いのが、何より有り難いです

 ぱっと見て、今までの2倍以上は広いでしょう…。何より天井が高い事が嬉しいです。折りたたみ式の洗面台も付いていますし、小さくもテレビが付いています(これはビデオしか流れませんが…)。エアコンの設定も任意に出来ますし、何より嬉しかったのはコンセントが付いている事でした(携帯の電池は若干補充したものの、まだまだ少ない状態だったので…笑)。これは、普通のホテルと比べたら当たり前の設備かもしれませんが、これが鉄道の車両で、そのまま移動出来る…というメリットは非常に大きいです。限られたスペース内で、出来る限りの贅沢を施された車両と言えるでしょう。こんな感覚は、なかなか味わえません。

   夕陽との絡みの岩木山も良いですね!   ここからはもうプライベートな時間です(笑)

 青森駅を出て、今後の当列車の運命を握る新青森駅を過ぎ、20分ぐらいして弘前側に出てくると、夕暮れに染まり始めた岩木山が、また車窓として拝めるようになりました(シングルDXの部屋は、車両の東側に設置されていますが、岩木山は路線の西側に位置している為、通路側に出なければ見えないので注意です!)。これがまた綺麗で、この日の昼に見た時とはまた違った表情が窺えたものでした。これこそ青森を象徴する景色でしょう。
 …と同時に、この“あけぼの”号と岩木山の取り合わせも、いつまで体感する事が出来るのか…という思いも浮かんできてしまいましたが、もうこれは止むを得ない感じなのでしょうか…。
 弘前駅を出て山越えが始まり、秋田県に入った頃には日も暮れてしまいます。いよいよ寝台特急らしい雰囲気になっていますが、個室内は常に静かで、淡々と時間が過ぎ去っていく感じもありました。そんな時、自分は青森駅で購入した“祝杯セット”?(写真右上参照)を取り出し、1人の時間を楽しませて頂きました。今回の旅も色々ありましたが、その締め括りに相応しく、正に“列車の時間”というものが過ごせた気がしました。こういった状況が作り出せるのは、やはり個室寝台ならではでしょうね…。せっかくなので、思う存分楽しんでしまいましょう♪

 …さて、自分はどれくらい寝たのか。一時的に起きて、何となく羽越本線の笹川流れ(山形県と新潟県の県境付近で、海沿いを走る、非常に優美な景色の区間です)付近を走っているのは確認出来たのですが、そこで起きていた時間も長続きせず、、、気付いたらもう大宮駅に着くところではありませんか!
 驚きました。最終日…という事で疲れもあったのかもしれませんが、青森駅~上野駅間の約13時間の行程を、殆ど寝て過ごしてしまったのです。シングルDXの乗り心地が良過ぎたのか、はたまた酔っ払い過ぎてしまっていたのか…。理由はどうあれ、寝台列車の魅力を最大限にまで味わえた気分でしたね。なんせ、基本的に寝台列車のコンセプトというのは、眠っている内に目的地に着ける…という事なのですから。

   東京に戻ってきましたね…東十条駅付近にて   機関車はEF64形に付け替えられていました…上野駅にて

 上野駅到着は朝6:58。定刻通りで、いつもの業務をこなすように淡々と到着した感じでした。しかし、これが数年後には見られなくなってしまうかもしれないのです。もちろん、新幹線が開通する事によって、今までよりも便利になる事は間違い無いと思うのですが、それによって失われるものもある事を忘れてはいけないなと思いました。
 そして、“あけぼの”号で東京に戻る時に思った心境として、“帰郷”している…というものがありました。これは、別に地方に帰る事でなくても思う事なのだと感じましたね…。確かに、自分にとっての生まれ故郷は東京ですからね。何だか、普段思えない事を思い出させてくれる列車…、それが寝台列車なのかも…と思ったりしてしまいました。人それぞれだとは思いますが、自分にとっては正にそんな感じです。だからこそ、いつまでも走り続けて欲しいと願っているのですが、やはり贅沢な思いとして片付けられてしまうのでしょうか…。
 というわけで、今回の旅日記もまた、長々と読んで頂いてありがとうございました!

 ☆北陸鉄道のHP…http://www.hokutetsu.co.jp/

 ☆福井鉄道のHP…http://www.fukutetsu.jp/

 ☆青森まちなか温泉のHP…http://www12.ocn.ne.jp/~machinak/

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

この記事に対するコメント
まだ7分の1です。
今回の『旅日記』はじまるのを楽しみにしていました。
上野ー金沢 時間にして7時間ちょっと。
乗車時間49時間からすると まだ7分の1です。
まだまだ7倍楽しめる訳ですね(笑)
これからどのように大阪に向かったのか?楽しみです。
鉄道にあまり興味なかった私でも日記からは鉄道のもつ哀愁や良さが
伝わってきます。
【2009/07/12 09:49】 URL | にーに #57Ys6QWA [ 編集]

まだ7分の1でしたか(笑)
…んー、まあそうかもしれません。
旅はまだまだ続くのです♪
【2009/07/12 13:13】 URL | 竹内 #- [ 編集]

電車の色について
同じ「北陸」の電車でも前と後ろでは色が違うんでしょうか?
えんじ色と青色と。

(初歩的な質問ですいません)
【2009/07/13 15:30】 URL | にーに #57Ys6QWA [ 編集]


これはですね、“北陸”という列車は、電気機関車が客車を引っ張る方式で
運転されているのですが、その機関車が途中(長岡)の駅で付け替えられるのですよ。
機関車にはそれぞれの形式ごとに運転に特性があるので、路線に合った機関車に
替えられているわけです。“北陸”の場合、上野駅~長岡駅はEF64という機関車で、
長岡駅~金沢駅はEF81という機関車で運転されています。写真では、最初が上野駅、
後半では金沢駅で撮影したので、こういう結果になっています。良い所に気付きましたね!
【2009/07/13 21:02】 URL | 竹内 #- [ 編集]

ん~~奥が深い!
いや~そうでしたか。乗る時と降りる時では顔が変わってるんですね。それを知らないと
写真を取り損ねてしまいますね。青もエンジもどちらもかっこいいです。
前と後ろかと思いました。ひょっとすると向きも変わるんでしょうか?青が外れて
後ろにエンジがつくみたいに。
【2009/07/13 21:42】 URL | にーに #57Ys6QWA [ 編集]

すみません。
日記をよく読むと しっかり方向転換とか機関車の付け替えと書いてあります。
鉄道のことよく知らないと 読み流してしまうみたいです。

でも鉄道の面白さを感じました。

【2009/07/13 22:06】 URL | にーに #57Ys6QWA [ 編集]


いえいえ、よく読んで下さっている証拠ですよ!普通は、機関車の付け替え…とか
分からないものですしね…(笑)。これで少しは鉄道好きの発想に近付けたかも!?
【2009/07/13 22:10】 URL | 竹内 #- [ 編集]

懐かしいです。
浅野川線   
ほんとだ井の頭線だ!ていうかんじです。高校まで吉祥寺にいたので、、。
でも色はクリーム色だったと記憶してますから新たにピンク系にペイントしたんでしょうか?
横のラインもあったかなぁ?寒い地方でも大丈夫な電車なんですね。
485系   
まさに子供のとき、よくみた(本で見たのか、実際にみたのかもう定かではありませんが)
カラーリングです。まだ健在とはびっくりです。吉祥寺もよく通過してたような気もしますが。
赤い髭が威厳というか早そうなイメージがありました。


【2009/07/16 19:14】 URL | にーに #57Ys6QWA [ 編集]


もろ井の頭線ですよね(笑)。そのまま譲り受けたので、
当たり前と言えば当たり前なのですが、形を殆ど変えないで
地方で走っているというのは、やはり興味深い部分でもあるわけです。
見ての通り、塗装を北陸鉄道のカラーに変えているのが特徴で、
これは井の頭線時代には無かった色だったので、新鮮味はあるかも
しれませんね。…485系のオリジナル塗装は、今や相当貴重なのです。
【2009/07/17 02:10】 URL | 竹内 #- [ 編集]

走るプラネタリウム!
車窓からきれいな星空なんて想像できませんでした。
いいですね。ますます乗りたくなりました。
ようやくこの旅も折り返しでしょうか?
気をつけて上野までお戻りください!
なにしろ帰ったその日に夜ライブですから!(笑)
【2009/07/18 12:32】 URL | にーに #57Ys6QWA [ 編集]

一応、折り返しでしょうか…
ますます東京からは遠ざかっていく行程ですが…(笑)。

走るプラネタリウム状態の列車は、まず寝台列車でしか
実現できないですからね。改めて、良い経験だったと思います。
【2009/07/18 17:58】 URL | 竹内 #- [ 編集]

新青森駅
フランス帰りでお疲れさまです。新青森駅なんて駅あるんですね。「新」が付く駅は「新横浜」「新大阪」「新神戸」など新幹線の駅のイメージがあります。1986年開業ということですがその頃から新幹線の駅としてイメージされてたんでしょうか?だとするとなんか熱い想いが感じられます。鉄は熱いです(笑)。
【2009/07/31 21:57】 URL | にーに #57Ys6QWA [ 編集]


恐らく、実現させるかは別として、駅の開業段階で視野には入れていたと思います。
元からあった青森駅は終端駅になっているので、ここに新幹線を乗り入れさせるのは
難しく、北海道新幹線への延長が簡単に出来るような場所を確保していたわけですね。
実は、こういった先を見通した建設というのは、東京付近にもあったりします…。
有名なのは、JR京葉線は現在は東京駅止まりですが、実は新宿駅までは地下空間が
確保されているという話し等です…。実現するかは別として、構想はあるわけですね。
【2009/08/01 03:14】 URL | 竹内 #- [ 編集]

いい話ですね。
20年以上も前に『おまえは今はしがない駅だが『新青森』と命名しよう。いつか大きく成長し
皆に注目される日がくるであろう』下野した戦国武将みたいでいい話です。
鉄道会社も企業なので成長し続けなければなりません。ただ、新路線となるとすぐにできるわけもなく
構想から実現まで10-20年とかかるのでしょうね。
【2009/08/01 05:46】 URL | にーに #57Ys6QWA [ 編集]

そうですね
相当先まで見据えなければ、こうした構想は実現できないのでしょうね。そう考えると、
日本の現在の鉄道の発展っぷりは、確かに世界に誇れるものだと思います。
【2009/08/02 04:17】 URL | 竹内 #- [ 編集]

49時間列車の旅 お疲れさまでした!
旅日記を読みながら私も同じように旅をしているような気持ちにさせていただき、とっても
楽しかったです。途中、寝台列車ではシャワーなど浴びれないのですね。「青森まちなかおんせん」の食事は
うに+ホタテ丼ですか?さっぱりして美味しいもの食べて、デラックスな寝台個室+ビール+ホタテおつまみ
ときたらまさに至福の時、爆睡してくださいといってるようなものですね(笑)うらやましいかぎりです。
私もぜひ寝台特急乗りたいと思いましたが、これは一人旅のほうがいいのかな(より楽しめる)?とも思いました。
【2009/08/07 16:19】 URL | にーに #57Ys6QWA [ 編集]

熟読ありがとうございました!
49時間の?列車の旅、お楽しみ頂けたでしょうか。
青森の名物はホタテという事で、町中でも寝台車内でも
堪能させて頂きました(笑)!…これぞ至福の時間です。
自分だけの時間を過ごす…という意味では、やはり今回は
一人旅ならではの楽しみ…と言えるかもしれませんね。
【2009/08/09 02:59】 URL | 竹内 #- [ 編集]


なんだか、このあとに
書くのが申し訳ない感じの簡単なコメントで失礼します(汗)

長い(笑)

お疲れ様でした♪

福井に懐かしい名鉄電車が
あらたに走ってるのを見て、ビックリです!!
でも、嬉しいですね^^
また、路面電車というのが嬉しい限りです^^
【2009/08/09 21:56】 URL | まーちゃん #mQop/nM. [ 編集]

長いですよね…
そして、名鉄電車というのが分かったのも凄いですね。
岐阜市内線とかで走っていたやつですが、さすがに赤の
塗装ではないですからね。でも、雰囲気は残ってるかな。
福井に行った際には?是非(笑)!
【2009/08/11 03:09】 URL | 竹内 #- [ 編集]


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プロフィール

竹内

Author:竹内
1980年1月29日生まれのO型。
3歳からクラシックピアノを始め、
高校ではジャズに目覚め、大学では
バンドも経験する。現在は関東を
中心に、ライブハウスやホテルの
ラウンジ、レストラン等で演奏を
行っている。また、写真好きが興じて
簡単な写真撮影の仕事もしている。
…そんな29歳です。



次回のリーダーライブ

2010年2月7日(日)
外苑前 Z・imagine
Open…18:00~(予定)、
1st.…18:30~、2nd.…20:00~、
Charge…2700円(ドリンク別)
(Pf)竹内大輔
(B)池田暢夫
(Ds)佐々木俊之



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