竹内大輔の写真日記(~2009)
ピアニスト竹内大輔の、2009年までの日々を綴った日記です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

母校での撮影(高校編)
 昨日は久しぶりに高校の体育祭を撮影したのですが、この日はある意味、自分にとって忘れられない1日となりました。何故なら、今回担当した高校は立教新座高校…。自分の母校だったからです
 実は以前に、立教新座中学の撮影をした事がありましたが、これは厳密には母校とは言えません〔準母校?で撮影参照〕。しかし、今回は正真正銘の母校なのです…。また、前は郊外学習の撮影だったので、学校そのものには行けなかったのですが、今回は体育祭です。ちょっと前日からワクワクものでした(笑)。

 撮影当日、立教新座高校は東武東上線の志木駅から歩いて向かうのですが、これも高校生時代によく通った工程です。駅からの道のりも、あえて自分がいつも使っていた道(メインの道は使わない)を使い、当時を思い出しながら学校へと向かったものです。
 駅前のスクランブル交差点で、歩行者信号がまだ青になっていないにも関わらずに渡る生徒、遅刻ギリギリでバスに乗って、学校近くの停留所から校舎まで、広いグラウンドの中を駆け足で横断していく生徒など、当時よく見られた光景は今でも受け継がれているようです。本当に懐かしいですね。

 さて、今回の体育祭の集合場所は体育館で、ここで開会式を行ってから皆グラウンドに散っていくみたいだったのですが、自分が体育館に入っていくと、とある体育科の先生から「ほら、早く並びなさい!」…と言われてしまいます。この先生は自分的には見覚えのある先生だったのですが、向こうは自分を生徒と間違えたみたいです。そこで、自分が撮影者であるということを告げ、せっかくなので自分がここの卒業生であることを伝えようかなと思ったとき、その横にいる女の先生が目に入りました。
 この先生こそ、自分が担任以外で特によくお世話になった先生です。なぜなら高校時代、自分が所属していたジャズ研究会の3年間、ずっと副顧問を担当されていた先生だったからです。顧問の先生はというと、3年間の間に1度変わってしまったため、馴染みが深かったのはこちらの先生だったのです。
 先生に近づくと一目で「あーっ!!」と言われ、先ほどの体育科の先生を横目に、大人が2人、はしゃいでいるという光景が見られました。もちろんその後は事情を説明し、撮影の仕事で来ているという事を伝えましたが、高校卒業以来なので8年振りですか…一気に昔の感じに戻った気がしてしまいました。体育科の先生にも一応伝え、「確かに、どこかで見たことがあった気がしたんだ」と言われましたが(怪しい…)、8年というのは、長いようで短いんだとも感じさせられましたね。
 このまま先生と話し続けたかったのは山々だったのですが、もちろんお互いに仕事が残っています(というか、まだ始めてない)…。感動の再会?の後、撮影に取り掛かるというのは少々気が重くなりますが、とにかく撮影へと向かいました。

   相変わらず広かったグラウンド   以前は左の建物は平屋だった…

 今回は“体育祭”とありますが、それは名ばかりで、内容は1つの学年(今回担当は2年生)8クラスがそれぞれサッカー、バスケ、バレー、ソフトボール、卓球に分かれ、各種目で試合を行い、その合計の順位を競うというもの…。どちらかというと球技大会のようなものです(…っていうか、球技大会ですね)。そういえば、自分が学生の時もこんな感じだった気がしました。
 また、8クラスあるうち、それぞれ同時に4クラスまでしか試合が行えないため、必然的に残りの4クラスは休む破目になるのですが、その休み方といったら、教室に帰ってしまうか、学食とかで涼んでいる(ご飯を食べている)とか、正直ダラダラな感じです。しかし、これすらも自分が学生時代の時と同様の出来事で、いつまで経っても自由な学校なんだなと、改めて感心してしまいました。伝統は受け継がれるのですね(笑)。
 それにしても広い学校です。先ほど同時に4クラスが…と書きましたが、サッカーもソフトボールも、同時に2試合ずつ行える程のグラウンドを持っているのですから(バスケやバレー、卓球は体育館)、その広さは一級品だといえます。なので撮影の移動が大変で(この日は特に蒸し暑かったです)、自分はここの土地勘を知っているのでまだ良いのですが、初めてここに撮影しにくるカメラマン達はさぞかし大変だろうなと思いました。

 今回の体育祭はほぼ午前中で終わってしまったため(ホントに軽い体育祭です…)、せっかくなので生徒に交じって、学食でご飯を食べてみました。スタミナカレー(カレーに生卵を乗せただけ…当時、何故これだけでそのようなネーミングになるのか、皆から不思議がられたメニュー)があれば、迷わずそれを選んだのですが、残念ながら現在は無くなっているようでした。仕方がないので?他に目に付いた物にしたのですが、それがチキン竜田丼(360円、味噌汁付き)でした。当時、ご飯ものではメジャーだったメニューと記憶していますが、これ…食べきれませんでした(泣)。とにかく米が多かったのが理由だったと思うのですが、何だか歳を感じずにはいられませんでした。高校生って、本当によく食べていたのですね…。

 立教新座高校…、当時学食があった辺りに中学校の校舎ができた以外は、昔とほとんど変わらなかったような気がします。また、顧問や担任でもなく、直接教わった事も無いのに、自分の事を覚えていて下さった先生もいて、何だか嬉しかったです。
 先ほどのジャズ研副顧問の先生からは「また来た時には教えてよ!」とか「今度の秋にはスポーツ大会もあるから(笑)」などと言っていただき、自分には母校がちゃんとある…というのを改めて感じさせてくれた出来事となりました。何気ないやり取りだったのですが、このことは大事に受け止めなければならないんだと思います。忘れられない1日になったのは確かだった…ということですね。

テーマ:メイプルストーリー - ジャンル:日記

この記事に対するコメント

母校v-12

何の感慨もないなぁ、多分v-12
【2006/07/12 11:39】 URL | raba #- [ 編集]


お前の場合、小学校だもんなあ…。
【2006/07/12 11:42】 URL | 竹内 #- [ 編集]

おう
元気か。
羨ましいな。俺も再びあの高校に行って自分のルーツを確認したい。なんせ異端者だから。
僕の好きだった先生は元気だったか?
【2006/07/14 00:08】 URL | 3854 #m1zLIDMs [ 編集]


あ…確認してないや(笑)。まあ、いることはいるみたいだけど…。

昼休みとかの時間に、あの先生やこの先生が校内をうろつく?姿は、
なんだかサファリパークの世界に来た感じ(失礼…)。面白すぎた。
いまやあの化学の先生が校長先生だからねえ。
【2006/07/14 00:14】 URL | 竹内 #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://pftakeuchi.blog41.fc2.com/tb.php/172-9d35e0d1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

竹内

Author:竹内
1980年1月29日生まれのO型。
3歳からクラシックピアノを始め、
高校ではジャズに目覚め、大学では
バンドも経験する。現在は関東を
中心に、ライブハウスやホテルの
ラウンジ、レストラン等で演奏を
行っている。また、写真好きが興じて
簡単な写真撮影の仕事もしている。
…そんな29歳です。



次回のリーダーライブ

2010年2月7日(日)
外苑前 Z・imagine
Open…18:00~(予定)、
1st.…18:30~、2nd.…20:00~、
Charge…2700円(ドリンク別)
(Pf)竹内大輔
(B)池田暢夫
(Ds)佐々木俊之



竹内大輔トリオCD発売中(試聴可)!

   cd-pictures-mini.jpg
       Pictures

     ☆試聴はこちら



カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



ブログ内検索



竹内大輔までのメールはこちらへどうぞ!

名前:
メール:
件名:
本文:



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。