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竹内大輔の写真日記(~2009)
ピアニスト竹内大輔の、2009年までの日々を綴った日記です。
旅日記 21.(奈良・吉野編…2008.4.13~4.14)
 どこか遠くへ桜を見に行きたい…。そう思ったのは今月(4月)に入ってからでした。もちろん、今年の桜を見逃したわけではなく、浅草〔春の気紛れ花見参照〕や吉祥寺〔桜井りこ的花見にて…参照〕等へと足を運ばせてはいるのですが、どうも花見としては消化不良になりがちな感じはありました(笑)。
 そんな時に思ったのは、日本一の桜の名所とも言われる“吉野”でした。もちろん名前的にも有名ですが、自分はまだ行った事が無い場所だったのです。…というか、この吉野がある奈良県自体が、自分はそんなに足を踏み入れてない地域でもあり、それなら吉野も含めて、奈良にでも行ってこようかなと思うようになってきたのです…。予定的には今月の13日(日)と14日(月)という日が空いていたのですが、これを逃がすと、今年はもう桜は見れないかもしれません…。という事で、自分の桜納め?も兼ねて、奈良に行ってきてしまいました♪


 ●最近お気に入りのスターフライヤー

 今回は1泊2日という行程だったのですが、1日目に奈良観光、2日目に吉野…という日程にしました。これは、吉野を1日目にすると日曜日と重なってしまい、恐ろしいほど混む予感がしたからです。つまり、最初は奈良県に向かったわけなのですが、ここは関西空港経由で飛行機で行かせて頂きました。航空会社は、最近お気に入りのスターフライヤーです。この会社の関西便というのは、旅・仕事問わず、羽田までの帰りには何度か使わせて頂きましたが〔夢輝のあソングショー at 宝塚ホテル参照〕、羽田から関西空港という便では初めて利用したかもしれません。今まで、この路線では全日空をよく使っていましたが、安く行くには朝一の便を選ばなければならない為〔旅日記 18.(熊野古道編…2007.11.6~11.7)参照〕、朝10:00発くらいの便でも10000円(事前購入タイプのチケット)で乗れるスターフライヤーはその面でも便利と考えたのです。

   今回は飛行機にカメラを向ける人が多かったです   手前側の雲は実は薄めで、地上もなんとか見えていました

 羽田~関西便は、まだ開設されてそんなに日も経ってないせいか、羽田側は飛行機はターミナルに直接横付けされず、駐機場までバスでの移動となっています(しかも、ターミナルから結構遠いです)。ですが、この“地上からタラップで機内へ”…という風情は旅気分的にも盛り上がるもので、今回は同じ事を考えていた人が多かったのか、これから乗り込む飛行機を手持ちのカメラや携帯で撮影している人が多かったです(自分もそれに便乗しましたし…笑)。これは飛行機旅?の醍醐味でもありますね。

   必殺技を繰り出す恒例の瞬間です(笑)   関西空港ではターミナルに直接横付けされます

 天候は薄曇りという感じでしたが、期待していた富士山も何とか見え、後はタリーズのコーヒーでも飲みながら、ビデオで流れていた『ぜんまいざむらい』を見ていれば(最近好きです…笑)フライトはあっという間です。最近、スターフライヤーのパーソナル・ディスプレイで流れる番組は、チャンネル数が6チャンネルから12チャンネルと倍増しており、ますますサービスの向上に務めている事が窺えます。そうなると、フライト時間が約1時間の羽田~関西便では勿体無い気もしますが、とりあえず、今回の目的は“奈良”と“吉野”の筈です。本来の目的を忘れないうちに、急いで奈良へと向かう事にしましょう!


 ●法隆寺と東大寺

 奈良県で最も有名なお寺と言えば、それは法隆寺と東大寺です。今回はそのどちらも行く事ができて(本当は、東大寺の近くにある春日大社にも行きたかったのですが、時間が無く断念…)、“奈良”という場所を満喫できたと思います。まずは関西空港から近い順に、法隆寺から見ていきたいと思います。
 JRで天王寺から関西本線に乗ると、10分ぐらいで(快速の場合)山が迫ってくる場所を通るのですが、そこを抜けて王寺という駅に着くと、また景色は一変して再度なだらかな地域を通る事になります。これは大阪平野から生駒山地の南を抜け、そして奈良盆地に入った為で、車窓からも奈良に入った事を窺わさせてくれるのですが、やはり寺の多さで奈良を感じさせてくれるものはあります。
 法隆寺の最寄駅は、その名も法隆寺駅で、駅からは徒歩20分くらいといったところでしょうか(バスも出ているようです)。歩いてみれば大した距離ではないので、その上空を飛ぶ伊丹空港への着陸態勢に入っている飛行機(結構目にします)でも見ながら散歩…というのも良いかもしれません(そんな人はなかなかいませんが…笑)。

   日中は約10分おきに電車は走っています   やはり五重塔がいい感じです

 言うまでもなく、法隆寺はあの聖徳太子が創建した寺院…というのが定説になっていますが、これはどうやら確証は無いようです(まあ、聖徳太子“自体”が存在しないという説もあるくらいですからね…)。それでも、現存する世界最古の木造建築群(五重塔等がある、西院伽藍がそうです)である事は間違いなく、日本で最初にユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されたというのも忘れてはいけません。
 個人的には、今回初めて法隆寺を見る事ができて良かったです。自分の学生時代の修学旅行先は奈良ではなかったので、東大寺と共に、奈良には殆ど足を踏み入れないという状態が続いていたのですが、これも少しは解消されそうです。さすがに歴史という観点からいくと、学生の頃よりもむしろ知識は劣っていそうですが、法隆寺内には幾つかの聖徳太子像というのも展示されており(これがまた、顔にも色々な説があったのですね…)、これらを見て歴史を習うのはまた違うだろうな…とも思いました。

   枝垂桜は少し見頃を越えてしまったようです…   中は意外にも新しい建物でした

 また、丁度今の時期は『法隆寺秘宝展』というものが行われており(今年の6月30日まで)、それは珍しい展示を見る事ができました(写真右上参照)。金堂四天王像などが見所らしいですが、それよりも自分は“玉虫厨子(たまむしのずし)”に感動しました。厨子とは、仏像や教典、位牌などを中に安置する仏具の一種ですが、飛鳥時代に造られたこの厨子は、透かし彫りの飾金具の下に本物の玉虫の羽を敷き詰めて装飾されていて、それは当時としては鮮やかな物だったに違いありません。現在、玉虫の羽は一部に残るだけなので、当時程の再現は難しいようですが、これで残念がってはいられません。何と、この秘宝展には“平成の玉虫厨子”と題して、現代の職人によって当時以上の鮮やかさを纏って造られた厨子も展示されているのです。これがまた昔以上に玉虫の羽を使用していて、それは美しい輝きを放っていたのは忘れられません。秘宝展は別料金で大人500円なのですが、この玉虫厨子を見るだけでも価値はあると思いました。

   春の喉かな感じも漂ってますね(笑)   実際は、更にピンク色が勝っていた感じでしょうか…

 ここまでが西院と呼ばれる場所ですが、法隆寺には東院と呼ばれる場所もあるので、そちらにも足を延ばしてみました。ここには回廊で囲まれた敷地に、“夢殿”という天平時代に建てられた建物があり(これも国宝です)、中には聖徳太子の等身像とされる救世観音像が安置されています。八角円堂なので、見た目的にも面白いのですが、ここではむしろ満開の枝垂桜に目が行ってしまいました。本当に色鮮やかで、この日が一番見頃だったのでは…と思ってしまいます。まあ、考える事は周りの人達も同じで、殆どの人が夢殿自体よりも、この枝垂桜と写真撮影を楽しんでいるようでした(笑)。

 さて、今度は東大寺です。ここは昨年の5月にも来ていて〔さばいばる伊藤、中部・関西ツアー(2007.5.2~5.6)参照〕、今回が2回目になりますが、前回はゴールデンウイークの最中という事で混雑必至の状態でした。しかし今回は天候も小雨、閉館直前の時間…という事もあって(笑)、人の流れはスムーズそのものでした。

   東大寺の前に着いた辺りから小雨が降ってきてしまいました   皆さんも経験有りの風景ではないでしょうか?

 前回殆ど見れなかった奈良公園名物“鹿”も見る事ができ(笑)、今回はわりとゆっくりできたと思います。それにしても…やはり東大寺の存在感は抜群ですね。大仏が大きいので当然と言えば当然なのですが、よくこれだけの物を造ったと思います。しかも、建立当時(奈良時代)は更に大きかったと言いますから(中世以降2度の大きな焼失があって、現在の建物は江戸時代に造られたものです)、日本の文化に与えた影響というのは想像に難くないところです。

   ホント、何なのでしょうこの大きさは…   今回は正面から撮影できました♪

 今回はゆっくり…とは言ったものの、やはり雨がネックになってしまいました…。訪れた頃は小雨だったものの、やがて雨は本降りとなってしまい、周辺探索の足取りが重くなってしまった事は否めません。それでも、なんとか奈良を代表する2つの寺院が見れた事で、少しは奈良という地域に対して遅れを取り戻したかな…という感じもあります。これなら、更に深い奈良を見る事も許されそうですね(笑)。


 ●奈良の食と言えば…

 …意外と思い付かないものです(笑)。パッと出てくるのは奈良漬けと柿の葉寿司ですが、どちらもお土産に持ち帰るようなもので、お昼にお店で食べられる物…と言われると、難しくなるものだと思いました。そんな時に目に付いたのが“梅そば(うどん)”と“茶粥”です。

   実はお新香も美味しかったです   こちらは山菜がいい“仕事”をしてました♪

 内容的には、写真の見たままなのですが(笑)、なかなか東京では目にする事の無い食べ物です。珍しさも手伝って、軽く完食してしまいました♪…そして個人的に思ったのが、奈良県は京都府と和歌山県の間に挟まれた位置関係になっているわけですが、和歌山の特産と言えば梅、そして京都と言えばお茶と、成程、奈良の名物は双方を踏襲している!…という事で、ひとり勝手に感動していた次第です(笑)。


 ●JRか近鉄か…

 奈良県を走っている鉄道というと、大体がJR西日本か近鉄(近畿日本鉄道)になるのですが、便利度で言えば格段に後者の方に軍配が上がります…。これは列車の本数を見れば明らかで、JRは大阪地区と結ばれている関西本線(1時間に6本運転)意外は、1時間に1、2本の運転が殆どで、この地域では完全にローカル線化されてしまっている事が分かります。対して近鉄は、奈良から大阪以外に向かう列車でも、1時間に急行が2本、普通が4本、そして有料特急も1~2本あたりは確保されているのです。この地域での近鉄はやはり強く、これは昨年訪れた伊勢付近でのJRと近鉄の関係〔旅日記 16.(伊勢編…2007.9.9~9.11)参照〕に近いものがあると思いましたね。

   高架化工事中だったJR奈良駅にて…   こちらは常に人が絶えない近鉄奈良駅にて…

 また、都市間の交通手段として競合関係にもあるJRと近鉄ですが、都市にある駅はお互いに隣接していないというのも特徴かもしれません。これは関西地区ではよくある事ですが、私鉄は私鉄で独自の場所にターミナルを造るため、JR側とは別の駅である場合が多いのです。
 奈良駅もその1つで、JR奈良駅から近鉄奈良駅へは、徒歩約15分という感じでしょうか。JR奈良駅で2003年まで使われていた駅舎は、1934年に建設された寺院風の建物で、これは高架化の際に取り壊される予定でしたが、市民の保全運動により、現在でも保存されているという経緯があります(しかも、元の場所から建物ごと動かして保存しているのです…写真左上参照)。このように荘厳な雰囲気が漂うJR側の奈良駅ですが、東大寺や官公庁に近いのは近鉄奈良駅で、常に賑わっているのもこちら側だと思います。
 場所的に近いのはもちろんですが、近鉄の特急列車が大阪(難波)からも京都からも発着があるというのは大きいと思います(JR線も双方から直通列車はあるのですが、特急という華やかなものではありません)。観光で奈良に行くには近鉄で!…というイメージが浸透していると言えそうです。
 ところで、近鉄奈良駅の前には行基の銅像が建つ噴水があるのですが(写真右上参照)、ここは奈良界隈では有名な待ち合わせ場所なのだとか…。そして、その背後には平城京の全体図と、現在地が記されているマークがあり、この絵はなかなか興味深かったですね。成程、昔のこの辺りに自分は今いるのか…という感じです。そう考えると、近鉄は思い切った所に線路を敷いたのですね(近鉄奈良駅は地下駅ですが…)。当時と現在の状況を比べるのも悪くないと思いました。

   方角的には、地図の上が南になります   吉野行きの近鉄列車にて…年配の方が多いのは平日の為

 奈良周辺はここまでで、この次は吉野に向かいますが、もちろんこの時利用したのも近鉄でした。奈良中心部からの移動になりましたが、それだけ近鉄は路線網が発達していると言えるのだと思います。


 ●吉野を満喫!

 というわけで、今回の本命の吉野です。奈良市内から近鉄で乗り継いで2時間弱といったところでしょうか(急行利用の場合)。電車は山と山の間にあるような場所が終点で、ここが吉野駅だそうです。この辺りには民家等は殆どなく、あるのはお土産屋さんとバス停とロープウェイ(ここでは“ケーブル”と呼んでいましたが…)乗り場だけです。正に、吉野山に行く人の為の駅とも言えます。

   正に“登山の駅”という感じです   駅前から吉野山側を望むと、こんな感じです…

 つまり、ここからはバスかロープウェイで上がる事になります。歩きという手もありますが、バスやロープウェイを使っても、結局は途中から歩かなくてはならないので、ここはどちらかの乗り物に頼った方が良さそうです。何となくロープウェイに乗りたい気持ちがありましたが(なんか、現存する日本最古のロープウェイなのだそうで)、バス停の前で、1人のおばさんが「バスの方が良いですよ」…と盛んに宣伝をしています。…バス会社関係の人なのでしょうが、歩いて山を下りるコースと言うのは、ロープウェイで上がってから更に上に行くコースと同じに道らしく、だったら違うルートを通るバス利用の方が“お得”と言っていました(笑)。バスもロープウェイも片道350円なので、どちらが“お得”…とかではないと思うのですが、やはり関西に来たという感じはしましたね。自分もその意見に負け、とりあえずはバスで山を上ることにしました。

   中千本のバス停付近   上千本辺りになると、桜も満開に近くなります

 ここで吉野山について説明をしておきます。…といっても、日本一の桜の名所というのは今更説明するまでもないですが、そう言われる理由として、標高455mの山の至る所に桜が存在するという事があるのではないかと思います。ここは山裾から順に、下・中・上・奥…と言われる4ヶ所に約3万本の桜が密集しているのですが、つまりは4月の上旬から5月の上旬まで、山下から山上へと順に開花していくわけで、桜のシーズンが長期間に亘っているわけです。確かに、この期間中に行けば、どこかしらが満開という“安心感”もあり、それが人を惹きつけている要因にもなっている気はします(自分もその内の1人です)。ついでに、行った時期の満開ポイントは上千本というエリアで(下・中・上・奥の地域は、それぞれ「一目千本」と呼ばれ、おのおの下千本、中千本、上千本、奥千本と称えられています)、わりと山の上部になるのですが、今回の目標は正にそこでもありました。
 近鉄吉野駅は、いわゆる下千本に位置しているわけですが、バスは一気に中千本まで上がっていけます(ついでに、ロープウェイは下千本内の移動でしかありません)。ここまで来ると若干桜も賑わい始め、いよいよ吉野に来たという実感が湧いてきます。この先、乗り換えて奥千本行きのバスもあったのですが、バス停に人が並び過ぎていて断念…、結局歩いて上千本まで行く事にしました。
 しかし、道は結構急で、これは本格的な山登りです。上千本に行ける道は車も通れる道なのですが、急な坂の為なのか、下りのみの一方通行で(きっと、上りの道は大回りなんかして、別にあるのでしょうね…)、しかも結構交通量が多いです。道が狭いので車が連続で来た時の遣り繰りは大変ですが、それ以上に人も多いので(平日なのに…、やはり人気なのですね)、どちらかというと車の方が肩身が狭そうな感じもしました。

   今回の最奥地点、吉野水分神社   水分神社の内部は厳かな感じでした

 そうして、中千本のバス停で降りてから約1時間、吉野水分(みくまり)神社という所に着きました。ここの本殿は重要文化財ともなっており(豊臣秀頼が創建したそうです)、見るからに奥ゆかしい雰囲気が漂っています。ここは上千本の上部付近に位置しますが、とりあえずはここを今回の目標地点とさせて頂きました。まだ奥千本という場所が残っていたのですが、そこまではどうも時間が無さそうだったのです。
 ただ、桜の方はというと、確かに結構咲いてはいたのですが、満開ピッタリかというと、そうでもなさそうというのが正直なところでした。桜の木によってバラつきがあるのか、目の前の桜が全て満開!…という状況は難しいようですね。また、自分は東京育ちのため、桜といったらソメイヨシノをまず思い浮かべるのですが、吉野の桜はシロヤマザクラという種類になる為(ややこしい…)、イメージと少し違うというのもあったと思います。それでも、山の斜面におびただしい数の桜が咲いている景色は素晴らしいの一言で、ここが平安時代から桜の名所として知られているのも分かる気はしました。

 ここからは下山という形になるのですが、それらの写真はダイジェストでご覧下さい。

   上千本から中千本を望む(金峯山寺も見えます)   上千本の桜は綺麗でした

   平日なのにこの混み様…車で訪れる人も多いのが特徴です   千利休が作庭した群芳園がある竹林院

 チューリップもまた素敵ですね…。というか…春らしさ満天ですね(笑)。

   群芳園がまた美しいの一言でした   チューリップもまた、桜に負けないくらい綺麗でした

   金峯山寺も、東大寺に負けないくらい立派です   金峯山寺側から見た上千本…よく歩いてきたなと思います

 だんだん標高も下がってきました。それに連れて、人の数も多く(…というか若く?)なってきました(笑)。

   金峯山寺の総門である、通称“黒門”です   下千本辺りでは桜も散り、その代わり地面が桜の絨毯に!

   吉野駅では特急と急行(途中まで各駅停車)列車が30分毎に運転されていました…特急は臨時便も多数あったようです   吉野駅を出て暫くすると、その名も吉野川(笑)を渡ります

 …そんなわけで、15:00には吉野駅に戻ってきました。若干早い時間なのかもしれませんが、自分は大阪に帰るわけではなく、今日中に東京に戻らなくてはならないので、余裕を見るならばこれくらいの時間が必要なのです。帰りは混雑が予想されていたので、この日最初に吉野駅に着いた時に特急券を買っておきました(案の定、この時間帯の特急は全て満席となっていました)。

   橿原神宮前駅で、京都行きの特急に乗り換えます   それにしても先頭部分が長いこと…

 帰りは東海道新幹線経由で帰りましたが、近鉄は京都にも路線が通っているので、またまた便利です(1回の乗り換えが必要ですが、特急券は通しで買えます)。吉野からの所要時間は特急利用で約2時間といったところでしょうか。そして、もちろん東海道新幹線はN700系…。こちらは敢えて選ばさせて頂きましたが、ここに桜以上の拘りを見せる自分が好きです(笑)。今年の桜の見納めにぴったりの演出となりました♪

 ☆スターフライヤーのHP…http://www.starflyer.jp/index.html

 ☆法隆寺のHP…http://www.horyuji.or.jp/

 ☆東大寺のHP…http://www.todaiji.or.jp/

 ☆近鉄(近畿日本鉄道)のHP…http://www.kintetsu.co.jp/

 ☆吉野山(桜情報)のHP…http://www.sakura.yoshino.jp/

テーマ:近畿の旅 - ジャンル:旅行

旅日記 20.(アメリカ、ニューヨーク編…2008.3.5~3.14)
 お待たせしました。旅日記のニューヨーク編、いよいよ始まりです。この地を始めて訪れたのは、やはり2年前の同じ時期〔旅日記 2.(アメリカ、ニューヨーク編…2006.3.8~3.17)参照〕で、今回で2度目の訪問になります。恐らく前回よりは慣れている部分があると思うのですが、逆に、前回と被らないように見て回るというのも、なかなか高度ではあります。しかし、今回の同行者はベースの池田暢夫君という事もあり、前回とはまた一味違った旅行になりそう…というのは明白でした(笑)。そんな旅日記ですが、それではどうぞお楽しみ下さい!


 ●エアカナダでトロント経由、ニューヨーク入り

 旅行当日、池田君と待ち合わせたのは成田空港の駅の外にてでした。都心の方で待ち合わせても良かったのですが、空港までの道のりの時間を大切にする…という判断から、敢えて空港待ち合わせにしたという経緯があります。…とは言っても、空港行きの電車は同じだったらしく、駅の改札を出てから、お互いすぐに会う事はできました。池田君はコートにマスクに眼鏡(花粉症らしいので)…というスタイルで、いきなり怪しい雰囲気を醸し出しています。なかなか面白い旅行になりそうです。とりあえず空港では、最後の日本食(讃岐うどんをチョイス)を堪能させて頂きました。

   成田空港駅の改札口を出た辺りです   何故にこんな瞬間になったのやら…

 今回利用した飛行機はエアカナダという、名前の通りカナダの航空会社なのですが、つまりはニューヨークまでは直行便ではなく、途中のトロントで乗り継いでの便という事です。冬季はカナダ自体がオフシーズンにあたるので、この時期はアメリカ行きの安いチケットが出回っていたりするのです。時間が掛かるのは仕方無いとしても、個人的には初めて乗る航空会社なので、変にワクワクしている自分はいたように思います(笑)。
 エアカナダの成田~トロント線に導入されている機体は、ボーイング777-300ERという非常に新しいもので、これは導入されてからまだ1年ぐらいしか経っていません。外観的には、日本航空や全日空も既に導入しているボーイング777-300〔夢輝のあソングショー at 宝塚ホテル参照〕と同じなのですが、性能は格段にER型の方が上で、それは日本から北米の東海岸までも難なく飛べてしまう程です。また、最新型という事で機内の設備も豪華になっており、エアカナダの国際線の顔とも言って良いと思います。まあ、単純にこの機体に乗るのは初めてなので、その嬉しさというものもありましたが…(笑)。

   ワイド画面の個人モニターが並ぶ機内は壮観です   機内食にサーモンが出るとは、さすがエアカナダ…

 最近は、エコノミークラスでも個人の座席にディスプレイが並んでいるのは珍しくないですが、エアカナダで驚いたのは、そのディスプレイが全てワイド画面になっていたという事でした(そしてタッチパネル式)。明らかに、今まで乗ってきた飛行機よりずっと大きいディスプレイであり、そして画質の綺麗さも見逃せない感じです。この画面で映画、音楽などが全てオンデマンド(早送り、巻き戻し等が可能)で鑑賞できてしまうのですから、トロントまでのフライトも退屈知らず…という事になるでしょう(ただ、自分の好きなルートマップが“準備中”だったのは残念でした)。実際、成田からトロントまでは12時間~13時間くらいは掛かるのですが、自分はそんなに長く感じませんでしたし…。いい時代になったものですね。
 ただ、サービス面はと言うと、まあ普通かな…という感じが強いでしょうか。やはりアメリカとも近いせいか、飛行機というもの自体が特別な存在ではないのでしょうね。まあ、基本的にはフレンドリーに接するCAは多いような気はします。…そう言えば、エアカナダの日本路線には、必ず日本人CAが常務しているのですが、その人達に池田君はまず英語で話し掛けられていたのが印象的でしたね(笑)。その隣りに座っていた自分には、まず日本語で話し掛けていたので、これはやはり顔立ちの問題なのでしょう…。これからニューヨークに行くにあたって、良い経験をしたように思いました。

 さて、飛行機は現地時間の17:10、乗り継ぎ地であるカナダのトロント・ピアソン空港に到着しました。成田空港を出たのが19:25…。この時期のトロントは、日本より14時間遅いという時差があるので、約12時間のフライトだったという事になります。ここでニューヨーク行きの飛行機の乗り換えるのですが、カナダ経由のアメリカ行きという行程は、予想以上に特殊なものでした。

   トロント空港に到着…背後にトロントのダウンタウンも見えます   大きい空港ながら、かなり暇を持て余してました…

 飛行機のチケットは既にニューヨークまで発行して貰っているので、改めて搭乗手続きをする必要は無いのですが、カナダで乗り継いでアメリカに行く乗客は、いったん預けた荷物のピックアップが必要となっています。そしてピックアップ後には、アメリカの入国審査を行うブースを通らなくてはいけません。これは、カナダ~アメリカ間は実質国内線扱いなので、それ以外の国から来た乗客はここでアメリカの入国審査が必要となるのです。カナダの空港でアメリカの入国審査を行うというのは不思議なものですが、カナダとアメリカの関係が特殊なものである為の措置で、よく考えたらアメリカの入国審査官(公務員扱い)は、わざわざアメリカからここまで出張に来ているわけで、成程、なかなか興味深いものだと思いました。
 つまりは、アメリカ入国審査の書類をここで書いておかなくてはならないのですが、何故かそこに置かれていたのはフランス語バージョンのみで(カナダは英語とフランス語が公用語です)、これは書くのに苦労しました。どうやら英語バージョンの書類が切らしていたみたいですが、ここは持ってきたガイドブックと照らし合わせて書く他ありません。日本からアメリカの直行便だと、機内で日本語バージョンの入国書類が渡されて簡単なのですが、カナダ経由ではそうはいきません(カナダの入国書類は渡されましたが、これはアメリカ行きである自分達には“今は”不要でした)…。しかし、これはこれで旅気分に浸れるのが不思議なところです(笑)。
 無事アメリカの入国書類は書き終わりましたが、現在アメリカの入国審査は慎重なものになっていて、1人1人に掛ける時間が長いので、そう簡単に人が流れていきません。やっとの事で自分の番が来ても、なかなか質問要項が多かったです。池田君に至っては「何でフランス語の書類に書いたんだ、お前はフランス語が分かるのか」…とか言われる始末です(笑)。アメリカ入国は何かと苦労も多いですね…。
 そして、その後再度荷物を預け返し(ニューヨークまでのタグが既に荷物には貼られているので、大した手続きは必要ありません)、改めて手荷物検査を受けて、やっとこれから乗る飛行機のゲートの前まで来れました。ここまで、トロントに到着してから約1時間掛かりましたが、自分達の乗る飛行機は20:15発なので、まだまだ余裕があります。…というか、元々乗り継ぎに3時間も時間を取っていたので、この後はもう暇でしょうがありませんでした。ピアソン空港は広大な空港なのですが、大して見るべきものは無く、小さな空港の施設をそのまま大きくした…という印象も拭えません。エアカナダが使っている建物はターミナル1で、ここは新しく出来たばかりの場所なのですが(2004年4月に使用開始)、やはり空港という場所に特別な意識が無いのでしょうか…。色々と探索はしたものの、特に面白そうな場所は見当たらないまま、飛行機の出発時刻を迎えました。

   一番手前の飛行機がエンブラエル190です   短距離機でこの仕様は、結構豪華です…

 今度乗る飛行機はエンブラエル190という機体で、馴染みの無い名前だとは思いますが、これはブラジル製の飛行機です。100人乗りくらいの、いわゆる小型機ですが、このサイズの旅客機でのシェア率は高くて、最近では日本航空でも導入を決めている等(エンブラエル170という、もう少しサイズの小さい飛行機です)、ブラジルを代表する企業でもあるのだとか…。それもそのはずで、何気に航空機製造会社としては、世界第4位のシェアを保持しているのです。日本での知名度は低いですが、これからその名が知られていくのかもしれませんね。
 今回は飛行機の到着が遅れ、30分ぐらいのディレイが発生してしまったのですが、機内に入って驚きました。成田からここまで乗ってきたボーイング777-300ER型は、国際線だからこその高水準の機内仕様だったと思うのですが、このエンブラエル機にも、先程と同じ様な個人モニターがそれぞれの席に設置されていたのです。エンブラエル190は元々短距離仕様の飛行機なのに、こういった装備を施したエアカナダには脱帽でした。選べる番組は若干少なくなっていたものの、やはりワイド画面で、画質も綺麗です。相当コストを掛けているのと思われるのですが、元は取れるのかと、こちらが心配になってしまう程でした…。
 結局この飛行機が離陸したのは21:00頃で、これでニューヨーク到着は深夜だな…と思ったのですが、機内から見たトロントの夜景は声が出てしまうくらい美しく、その思いも忘れてしまう程でした…。トロントからニューヨークへは約1時間半。あともう少しで着くという思いを大事に、静かに機内では過ごしていました。

 そして現地時間の22:30、飛行機は無事ニューヨークのラガーディア空港に到着しました。ここはニューヨークの主要空港の中では最も小さい空港で、いわゆる小型機しか発着しない所なのですが、アメリカ国内線を中心に、カナダの便からも基本的にはここに到着します(故に、この空港には入国審査場が設けてありません)。そして、実はマンハッタンから最も近い空港でもあるので(約13km)、意外にも便利な空港ではあるのです。ただ、空港に鉄道は乗り入れておらず、安く行くにはバスで地下鉄の駅まで行くという手段ぐらいしかありませんが…。
 …というわけで、自分達はその手段でマンハッタンまで向かいました(笑)。バスも地下鉄も均一2$(約200円)なので、要するに4$でマンハッタンまで行けてしまうわけです。しかし、バスはお札が使えなく(要するに、1$札が使えないのです)、事前に両替が必要と分かり、1本見送ったのは残念でした…。これでまたホテル到着が遅くなってしまいますね。とにかく、そのバスで地下鉄⑦番の82ストリート、ジャクソン・ハイツ駅まで行き、そのままマンハッタンへと向かいました(地下鉄のチケットを買おうとした時、通りすがりの人に「私、このチケットもう使わないからあげるわ」…と言われ、4回券の残り1回分を頂いてしまったのが変に嬉しかったです…笑)。
 そんなこんなで、今回のホテルの最寄駅、地下鉄①②③番の79ストリート駅に着いたのは、もう夜の24:00を過ぎようかという頃でした。しかしここからが大変で、自分はまだしも、予約をしてくれた池田君まで、ホテルの場所は住所しか調べてこなかったという適当さでここまで来てしまったので、当のホテルがなかなか見つからないという事態になってしまいました…。スーツケースを引っ張りながらの探索はやはり厳しく、結局、駅から徒歩2~3分の場所にも関わらず、タクシーでその場所まで行って貰うという破目になりました。やはり、泊まるホテルくらいは事前に調べておいた方が良さそうですね。
 ホテルに着いた時は24:30を過ぎており、何とかチェックインを済ませ部屋に入ったのですが、ここで予想外の事が起きてしまいました。部屋には、1つのベットしか無かったのです。そして、その上には枕が2つ並んでいて…。ああ、そういえば、予約確認書には“ダブル”と書いてあったかもしれません。池田君…、ダブルとツインの知識が頭に入っていなかったようです。しかし、今更変更も面倒と思ってしまう自分がいたのも事実であり、この時点で日本時間に直せば次の日の15:00になるところだったので、これは自宅を出てから約24時間経っているという事を示しています…。とにかくもう休みたいという気持ちが先行し、この日から8泊程、池田君と1つ同じベットの上で過ごす事になりました(笑)。何だかよく分からない状況になってきてしまいましたが、ニューヨークの旅はまだまだ始まったばかりです(投げやり…笑)!


 ●ニューヨーク観光は、まず高い所から

 前回もそうでしたが、今回は8泊10日という比較的長い期間の滞在が出来たので、いわゆるガイドブックに載っているようなエリアには全てと言って良いくらい行く事が出来てしまいました。それは改めて順に紹介するとして、こういった広いエリアでの観光を始める時には、まずは高い場所から眺めてみるのが一番です。それぞれの場所が目視で(大体ですが)確認できますし、土地勘も生まれてくるからです。
 ニューヨークで高い場所というと、エンパイア・ステート・ビルが代表的ですが、これは前回に自分は行ってしまいました(ブログには載せてませんでしたが…)〔帰ってきました!参照〕。池田君には悪いですが、同じ所に2回行くのもあれなので(笑)、今回はロックフェラー・センターに行く事にしました。
 ロックフェラー・センターは、マンハッタンのど真ん中に位置するビルの複合施設の事を指しますが、その中に、あの有名なNBCスタジオが入っている G.E. ビルという建物があって、そこの屋上が2005年に“トップ・オブ・ザ・ロック”としてオープンされたのです。高さは259m、70階になるそうですが、エンパイア・ステート・ビルは86階と102階に展望台があるので、標高という面では負けてしまうかもしれません…。しかし、こちらの展望台はガラス張りとなっているのが目新しく、眺めはなかなかのものです。また、セントラル・パークはこちらからしか見れませんし、何よりエンパイア・ステート・ビルそのものを眺める事が出来るのは大きいのではないでしょうか。

   ニューヨークは飛行機のコントレールもよく見かけます   遠くに見える川がイーストリバーです

   セントラルパークの形状がよく分かります…北側を望む   目の良い人なら、自由の女神も発見できるかも…南側を望む

 この日はよく晴れてて、先日自分達が降り立ったラガーディア空港や、2年前に降り立ったニューアーク空港、そして遥か遠くには、小さく自由の女神までも望む事が出来ました。エンパイア・ステート・ビルの展望台に比べて広く開放的で、午前中だった為か人もまばらだったのが良かったです。もちろん人気(定番)の面ではエンパイアの方が上らしいのですが、通の人に言わせると、ロックフェラー・センターの方が良いとの事で、何となく分かる気もしました。
 ニューヨークに何度か来て、エンパイア・ステート・ビルにも行ってしまった方には是非お勧めですね。もし訪れる事があったら、まず上面がガラス張りのエレベーターに驚き(頭上を見上げると、約70階分の吹き抜けが見れるわけです…しかも照明効果付き…笑)、そして屋上からの景色にも感動する事でしょう。夜景も綺麗だとは思いますが、やはり空いているのは午前中でしょうか。…ついでに、ここの展望台と、後に紹介するニューヨーク近代美術館(MOMA)の入場券がセットになった割引券が売っていたので、午前中はロックフェラー・センター、午後は MOMA というのも一興かもしれません(通常、トップ・オブ・ザ・ロックの入場料は17,5$、MOMA は20$ですが、“RockMOMA Combo”という割引チケットだと、両方使えて30$でした)。


 ●マンハッタン内を観光

 マンハッタン…と一口に言っても、その表情はエリア毎にかなり異なります。地形的にはハドソン川とイースト川(イースト・リバーと言いたいですね…)に囲まれていて、御存知のように南北に細長い形をしているのですが、幅は4km、長さは20kmほどで、面積的には東京の山手線の内側とほぼ同じくらいだそうです。それなのに、地域ごとの特色は東京とは比べ物にならないくらいに存在し、それは自然にそれぞれの地域が愛称で呼び分けられている事からも分かります。つまり、以下に出てくる“ソーホー”や“チャイナタウン”…というのはあくまでも愛称であり、そのエリアの範囲というのも、特に行政によって区分されているものではないのです。しかし、これらの名称は一般的であり、地域に広く浸透しているわけですが、この事は、ここが“移民の街”というのをニューヨーカー自身が自負しているからなのだと思います。
 現在、ニューヨークの住民の3,5人に1人がアメリカ以外での国で生まれて移住してきた人達らしく、親の世代まで入れるとその数は更に多くなります。その元の民族の種類も100を越え、言語も120種類以上が話されているのだとか。こういった人達は、自分達を“アメリカ人”であると共に、“○○系アメリカ人”である事を誇りに持っています。むしろ、敢えて自分達の民族性への拘りを強調する傾向もあるそうです。そして、こういった人達は互いに仲間同士で集まって、昔からコミュニティを作ったりしているわけですが、その結果、今のような地域毎の特色が出てきたとも言えると思うのです。もちろん、それとは関係無く決められているエリアもありますが、こういった人達の考えによって支えられているとも言え、地域別に探索すれば探索する程、ニューヨークの面白さが見えてくると思うのです。今回は8泊10日も滞在しただけに、ほぼ全てのエリアを回る事が出来ました。順に見ていきたいと思います。

   ・ミッドタウン、イースト・ウエスト

   タイムズスクエアは、常に人と車で一杯です   こういったお店もタイムズスクエア周辺に集まっています

   タイムズスクエアの地下鉄の駅は…派手です(笑)   ミュージカルの看板が目立ちます

 やはりマンハッタン観光はミッドタウンから始めたいものです。ニューヨークの顔とも言えるこのエリアは、ただ単に足を踏み入れただけでもニューヨークに来た事を実感出来るはずです。特に、ミッドタウン・ウエストに位置するタイムズスクエアは、ニューヨークの街並みで一番有名な光景であるとも言え、ここは絶対に外せませんね。まあ、考える事は皆同じで(笑)、ここは24時間人の動きが絶えない所なのですが、周辺にミュージカルの劇場も多いので、ミッドタウンの西側はエンターテイメント色が強いとも言えるでしょう。もちろんそれに関係して、土産物屋やレストラン(しかもテーマ的なお店が多い気がします)も事の他多いです。

   真ん中の尖がった建物がクライスラー・ビルです   国連本部前ですが、旗は既に畳まれていました

 景観は変わって、ビジネス色が強いのがイースト側です。こちらには国連本部やオフィス街が存在し、正に世界の中心として成り立っているニューヨークの部分を見る事が出来るかもしれません。平日には忙しそうにしているビジネスマンが目立ち、その人達の国籍もまた千差万別なので、やはりニューヨークは経済的にも中心の役割があると思ってしまうのです。

   ヴィトンの建物の右奥は、ティファニーのニューヨーク本店です   噂の(笑)チョコレート屋は、3番街沿いです

 そして、それらのエリアの真ん中に位置するのが、皆さん御存知の5番街です(笑)。5番街とは、いわゆる 5th Avenue(マンハッタンでは南北に走る通りを“Avenue”、東西に走る通りを“Street”と呼びます…また、アベニューは東に行くほど数が少なくなり、住所は5番街を境に左がウエスト、右がイーストと呼ばれ、ストリートは南から北に行くにつれ、数が大きくなっていく等、基本的には住所の数字でどの辺りかは検討が付くようになっています)という道の名前で、この通り沿いに有名ブランドの店が並ぶ姿は壮観です…。これらは、日本のように百貨店の中等に入っているわけではなく、全て専門店というように、独自のビルを持っています。特に、ニューヨークが本店のティファニーはフロアが6階まであり(たぶん…)、その堂々たる店構えは素晴らしいの一言です(エレベーターに専門のスタッフがいますからね)。それぞれの建物は特徴的な造りにもなっているので、ウインドウショッピングをするだけでも楽しめると思います。

   リニューアルはされたものの、1913年に造られた建物です   グランドセントラル駅構内…天井には星座が描かれています

 ニューヨークを発着する鉄道で、一番大きいターミナルがここ、グランドセントラル駅です。中・長距離列車はもちろんの事、地下鉄も発着する巨大な駅です。歴史ある重厚なデザインの駅舎が特徴で、よく映画にも登場する駅でもあります。ホームは全て地下にある為に、その全容を掴むのは難しいのですが、地下鉄を除いてもホームは2層になっていて、その数は60番線ぐらいあるそうです(確認していないので詳しくは分かりません)…。また、駅構内にはアメリカの駅としては珍しく、ショッピングエリアやレストラン等も充実していて、ここが単なる列車の発着場だけでなく、巨大ショッピングモールとしての側面も持っているという事が窺えました。

   この通り沿いの狭いエリアがコリアンタウン   ハングルが氾濫しているのが面白いです

 ミッドタウンの一番南くらいのエリアになりますが(5番街の、32丁目~34丁目辺り)、ここにはコリアンタウンと呼ばれる、ちょっとした韓国人街風の場所があります。…とはいえ、ここで生活している韓国人はあまりいないそうですが、ハングル文字の看板がずらりと並んでいる光景は面白いものです…。ここでは、韓国料理レストランやスーパー、雑貨店等が並んでいて、もちろん韓国本場の物が手頃な値段で手に入ってしまいます。これこそが「さすが移民の街ニューヨーク」なのですが、これはまだ序の口で、他のエリアにもこうした場所が幾つもあるという事を考えると、人種の渦…と言われるのも分かる気はしますね。

   ・チェルシー、グラマシー

   池田君、頑張って成り切っています(笑)   正面の道の一番奥にはグランドセントラル駅が…

 タイムズスクエアのある42丁目から南下し、14丁目~34丁目辺りがチェルシー、そしてグラマシーです。これも5番街を境に東がグラマシー、西がチェルシーという感じで分けられていますが、その5番街沿いに建つフラットアイアン・ビルは有名です。1902年と、かなり古い時期に建ったビルで高さは90mぐらいですが、これでも当時世界一高いビルだったそうです。フラットアイアン…というのは、正にアイロンの事で、その特異な形からいつの間にこう呼ばれるようになったのだとか…。

   ギャラリーが多い為か、こういったお店も目に付きます   ギャラリーのある地区には、気になる物が一杯!

 この辺りは出版社が多いそうですが、グラマシーは基本的には、閑静な住宅街といった感じです…。それとは逆に、チェルシーには前衛的なギャラリーが集まっており、最新アートの発信地としても知られていますが、特にこれといった観光ポイントはありません。まだ誰にも知られていない作品をギャラリーで見つつ、のんびりとした雰囲気を楽しむというのが良い方法だと思います。

   ・グリニッチ・ビレッジ、イースト・ビレッジ

   夕方以降に来ると、何となく怪しさも倍増します(笑)   ここはインド料理屋ですが、生演奏付など、かなり本格的です

 更に南下すると、かつては詩人や劇作家など、自由を謳歌する文人達が多く住んでいた地域になります。ここは元々英国人が多く住み着いていた所ですが、今尚、ヨーロッパ風の建物が多く残っているのが特徴です。そういった背景がある為か、西側に位置するグリニッチ・ビレッジにはライブハウスが多く、特にジャズのライブハウスの名門であるビレッジ・バンガードやブルーノート等はこの付近にあります。…というか、色々あり過ぎてびっくりしたくらいなのですが、これは後々に紹介したいと思います。
 また、東側に位置するイースト・ビレッジは、昔から様々な民族が混じり合っていて、それぞれのコミュニティが出来上がっている地域でもあります(小さいですが、“リトルウクライナ”、“リトルインディア”と呼ばれている地域もあります)。ただ、昔からの美しさを好む一方で、時代を先取りする試みが常に行われている所でもあり、文化というのを垣間見れる点では一番面白い所だと思います。アンダーグラウンド的なお店も多く、ニューヨークを観光するなら、最終的にはここを拠点にするのが良いという意見もあるほどです。

   ・ソーホー、ノリータ

   石畳の道路が特徴のソーホー   ニューヨーク・ブランドのアナ・スイは必見です

  最新ファッションをリードするブティックやカフェ、ギャラリー等が集まっているのがソーホーです。石畳の街並みが残り、歩いているだけでも楽しいエリアですが、やはり歴史的建造様式であるカースト・アイアン(19世紀中頃にイギリスから伝えられた、鋳型で作った鉄の骨組み)が数多く残る地区でもあり、こちらも見逃してはいけません。マンハッタンでは、新しいビルを新築するというよりは、古いビルをリニューアルして活用するというパターンが多いのですが、ここソーホーでは特にそうで、お店は新しいものの、建物自体は古くて味わいがある場合が殆どです。ソーホーには意外にもユニクロも出店しているのですが、建物と相まってお洒落に見えてしまうのが不思議でした。

   地下1階~2階までと、わりと広々としていました   ユニクロ店内にて…色々なデザインがあって面白いです

 残念ながらここでは購入していませんが、ニューヨーク(アメリカ?)オリジナルデザインも幾つかあったりして、池田君はギリギリで買いそうな勢いでした。日本よりデザインが豊富だったような気もするのですが、如何なのでしょうか…。

   日曜日だけに、殆どの店が閉まっていたのは残念…   注目のお店がひしめく中で、こういった教会も見かけます

 このソーホーの東側に位置するのがノリータという地域です。ノリータとは、North Little Italy の略で、この後に紹介するリトル・イタリーの北側に位置するのですが、家賃が高騰したソーホーから若手のデザイナー等が流れてきて、今やマスコミを騒がすショップやカフェが建ち並ぶ地域になってしまいました。狭いエリアですが、奥は深そうな感じです。人の多い平日(探索した日は休日で、休みの店が多かったのです)や夏場にもう一度来てみたい所でした。

   ・リトル・イタリー

   赤・白・緑…カラーは正にイタリア!   写真左奥はイタリアっぽいのに、手前側では完全に中国です

 そして、ソーホーの東南側にあるリトル・イタリーです。ここは1890年頃、南部イタリアから移民達が住み着いたエリアですが、近年では人口が減少して、少し寂れた印象も拭えない感じでした。もちろん、イタリア料理ならではの店はまだ残っていて、イタリアの街の一角…という感じもしないでもないですが、すぐ南にはチャイナタウンが迫っており、こちらは逆に年々拡大する傾向にあるらしいので(笑)、少し今後が心配なエリアでもありました。イタリアは個人的にも好きな国だけに、頑張って貰いたいですね。

   ・トライベッカ

   右にあるジジーノというレストランは、映画“ディナー・ラッシュ”の舞台とされているレストランで、前回行かせて頂きました   ロウアー・マンハッタンからも近い距離だという事が分かります

 トライベッカとは Triangle Below Canal の略だそうです。ソーホーの南側に位置し、元々工業地帯だった為に倉庫が多かった地域なのですが、近年ではこの建物を利用したショップも多く、少し下町的な情緒が楽しめる所でもあります。家具などのギャラリーも多いですが、むしろこの地域で特筆したいのは、話題のレストランが多いという事です。街のあちこちに有名シェフが経営するレストランがあり、最新の料理を売り物にしています。また、現在マンハッタンで流行しているレストランは、この地域からオープンしたものばかりなのだとか…。これこそ知る人ぞ知るエリア…なのかもしれませんね。

   ・チャイナタウン

   チャイナタウンでは、citibank 等も漢字で書かれてしまいます   通り名にも漢字表記がなされています

 相変わらずパワーが漲っているのがチャイナタウンです。ここは中国か?と思わせるほど街の中は漢字で埋め尽くされていて、それは外資系のビル(銀行等)においても例外ではありません。レストラン、市場、土産屋等も、中を覗いてみると正に中国そのもので、この周辺に“英語”というものは存在しないのかと思ってしまうほどです。

   マクドナルドもやっぱり中国語!   ロウアー・マンハッタンから至近距離にあるのですが…別世界

 それはつまり、本国そのものの雰囲気を楽しめるわけであり、レストランにしても、美味しい上に値段が安い…という素晴らしい環境で自分達を迎えてくれるわけです(しかし、サービスに関しても本国のまま?…笑)。日本にもチャイナタウンはありますが、ここまで中国色に染まっているとやはり驚いてしまいます。レストランの例をとると、建物の外観はもちろん中国そのものなのですが、店員にしても、“席に案内する人”、“注文を取る人”、“食事を運ぶ人”、“会計をする人”等が別々で、中国らしく人海戦術に頼っているのです。こういった中国文化までもが、ここでは当たり前のようになされているので、恐らく中国本土から来た人でも違和感無く溶け込める事でしょう…。自分のイメージでは、アメリカに住んでいる日本人というのは、良い意味でも悪い意味でも“アメリカナイズ”されているように思うのですが、チャイナタウンに住んでいる中国系の人は、これに当て嵌まるのかどうか…。やはり中国のパワーは凄いなと思わされました。

   ・ロウアー・マンハッタン

   州裁判所がある地域です   ロウアー・マンハッタン全景

 ウォール街を中心とし、大手銀行や証券会社が集まっているエリアで、正に“金融街”と言うのに相応しいのがロウアー・マンハッタンです。その名の通り、マンハッタンの一番南に位置しており、高層ビルが建ち並んでいる姿は圧巻ものです。ニューヨーク市庁舎もここにあり、経済の中心である事を意識させますが、実は街の至る所に現代アートの作品を見かけ、殺伐な風景に華を添えいているというのも見逃せません。

   2年前とは少し様子が違っていました   工事たけなわ…という感じです(下のカーブは鉄道路線です)

 そして、やはりワールド・トレード・センター跡地には行っておきたいです。ここは前回も訪れましたが、少し様子は変わっていて、もう普通の工事現場みたいな感じでした。いつの間に『トリビュートWTCビジターセンター』なる建物が出来ていて、10$で見学できるようになっていましたが、思えば自分が生きている中で起きた惨事に纏わる記念館というのは今まで無かったかもしれません。今回は見送りましたが、やはり重い気持ちになってしまう事は必至で、違う機会にまた来ようと心に決めた場所でもありました。

 ここからは、ミッドタウンより北のエリアを紹介していきます。

   ・アッパー・イースト・サイド

   何となくハイソな雰囲気がある感じです   こちらにも高級ブランドショップが並びます

 ミッドタウンのある59丁目より北の東側がアッパー・イースト・サイドです。ここには高級アパートが建ち並び、周囲には世界の一流ブランドが店を連ね、言うならば(笑)上流階級の生活を垣間見れる事が出来る地域でもあります。カジュアル系のショップもあるにはあるのですが、やはり存在感があるのは高級系であり、5番街から道を1本東に行ったマディソン・アベニューでは、その5番街よりもハイソな雰囲気が漂っています。確かに、行き交う人達を見てもそれは感じられ、何だか背中がシャキッとするような場所でもありました(笑)。また、美術館が多いというのも特徴の1つでしょう。

   ・アッパー・ウエスト・サイド

   ニューヨーク初心者の池田君にも過ごしやすい環境です   見ているだけでも楽しい、老舗スーパー、ゼイバーズ

 こちらも高級住宅地が並ぶ地域ですが、庶民的なレストランやショップも多い為、自分には過ごしやすい空気が流れているように感じました。美しい建築物に囲まれ、ゆったりと時間が流れているので、暮らすように滞在するにはお勧めのエリアだとか。自分達が今回(前回も…笑)泊まったホテルはこのエリアにあったのですが、ミッドタウンに近い割りには治安も良く、入りやすいお店も多いというのは、ホテル選びの基準の1つにはなっていたと思います(それでいて、ホテルの値段もそこまで高くはありません)。自分はニューヨークを訪れた2回ともこの付近に泊まっていた為、このエリアに近付くと変に安心感を覚えるようにもなっていたくらいです(笑)。

   ・セントラルパーク

   夏になればニューヨーカーの憩いの場となるシープ・メドウ   冬場にも関わらず、人の行き来は多いです

 マンハッタン内に存在する、巨大且つ美しい公園、それがセントラルパークです。位置的にはアッパー・イーストとウエストの間に挟まれている形になりますが、東西約800m、南北に約4kmと、マンハッタン内にしては巨大と言って良いと思います。また、ここは四季折々の表情を見せ、ニューヨークで最も人気のある公園と言って良いのですが、自分はまだ3月にしか来ていないので、その表情を全て体感出来ていないのが残念です。公園…とはいえ、中には小さな動物園をはじめ、ボート遊びのできる湖、テニスコート、グラウンド、レストラン等があり、また年中様々なイベントも行われています。緑豊かな季節のセントラルパークを体験してみたいですね。

   中心には“IMAGINE”と彫られてあります   左にある屋根が緑の建物が、有名なダコタ・アパートです

 ここには、ジョン・レノンの死後、オノ・ヨーコによってデザインされた“ストロベリー・フィールズ”というモザイクがあり、今でもここに立ち寄る観光客は後を絶ちません。たまに花を添えていく人も見かけ、ジョン・レノンは今でも世界中の人に愛されている…と思わずにはいられない場所でもありました。

   ・ハーレム

   アポロシアターは、若手ミュージシャンの登竜門的存在です   ハーレムには大小様々な教会が建ち並んでいます

 そして、マンハッタンの一番北側に位置する地域がハーレムです。ここは他のどの地域とも違う雰囲気があり、訪れただけで黒人達のコミュニティが出来ているエリアなのだと実感させられます。教会が多く、日曜にもなればミサが行われ、本場のゴスペルを聞く事も出来るのですが、これはあくまでも信仰の1つなので、軽い気持ちで覗いてはいけません。
 実際、ここは犯罪発生率も他の地域に比べて高いのですが、今ではメインストリート(125丁目)沿いでは観光客だけでも歩けるほど安全になりました。…とは言え、変に緊張する空気は依然漂っているので、観光するにも気を付けたい場所でもあります。しかし、生のゴスペルの迫力は凄まじく、黒人文化を直に体験できる場所でもあるので、ニューヨーク滞在中には1度は行っておきたいエリアでもありますね。

 ざっと急ぎ足で見てきましたが、地域的には細かく分ければ、この他にも色々あります(スパニッシュ・ハーレムやロウアー・イーストサイド…等)。ただ、これらは観光ポイントもそう無いばかりか、(色んな意味で)観光客が行くような場所でもありません…。それらは取り合えず置いておくとして、これだけマンハッタンを回れたのは幸運でした。そして、短い期間で全て訪れたからこそ、地域ごとの特徴が垣間見れて面白かったのです。そして、この探索はマンハッタン外にも及ぶ事になってしまいました…。


 ●マンハッタン“外”も観光

 マンハッタン内を大体網羅してしまった自分達でしたが(笑)、ニューヨークにはまだまだ行ける地域が残っています。そもそもニューヨーク市には5つの区があって、その1つがマンハッタンというわけなのですが、その他にもブロンクス、クイーンズ、ブルックリン、スタテン島という地域でニューヨーク市は形成されているのです。これらはマンハッタン“外”という事になりますが、地下鉄や船などで簡単に行ける場所でもあるため、これは行かないわけにはいきません。一部の地域はかなり掻い摘んでいる部分はありますが、こちらも順にご覧下さいませ。

   ・ブロンクス

   正面が新スタジアムで、右はグラウンドを作るのだとか…   こちらが現在のスタジアムです…YANKEE の文字が見えます

 マンハッタンの北東に位置するのがブロンクスです。ここは元々は富裕階級の為のアパートが建ち並ぶエリアでもあったのですが、最近はあまり治安の良い場所ではなくなっているとのだとか…。つまりは旅行者が立ち入るような場所ではないのですが、何故この場所が地名が有名なのかというと、メジャーリーグのヤンキースが本拠地としている“ヤンキースタジアム”がここにあるからなのです。
 ヤンキースタジアムは、地下鉄BD④線の“161丁目・ヤンキースタジアム”駅の目の前に位置し、これなら周囲の治安を心配する必要も無さそうですね。自分達もブロンクスで立ち寄ったのはここだけで、一応はスタジアムの周りを探索してみたのですが、驚いたのは現在あるヤンキースタジアムの隣りに、もう1つ新しいスタジアムを造っていたという事です。

   特に買うわけではないですが、ヤンキース・グッズを物色中   ヤンキー・スタジアムは、地下鉄の駅の目の前にあります

 これは2009年に使用開始予定の“新ヤンキースタジアム”で、現在のスタジアムは2008年のシーズン終了後に取り壊されてしまうようです。日本に帰ってからその事を知ったので今更驚きませんが、何の知識無しに向こうで新しいスタジアムを見た時の衝撃といったらありませんでした(笑)。とにかく、自分達は貴重な時期に行ったのかもしれませんね。ブロンクスは治安が良くないと聞いていたので、若干足取りが鈍っていた部分はあったのですが、訪れて良かったと思っています。

   ・クイーンズ

   クイーンズへの足にもなる、ロング・アイランド・レイルロード   ちょっと奇妙な寺院(たぶん)ですね…

   2006年12月28日の記事の写真と同じ場所での撮影です   日本の物が揃っている、その名もファミリー・マーケット(笑)

 ニューヨーク市を形成する上で、最も大きい面積を持つのがクイーンズです。マンハッタンからイースト川を越えて東に位置し、多くの民族文化が根強く残っているエリアでもあります。ここはかなり広いので、移動手段として地下鉄以外にロング・アイランド・レイルロード(LIRR)という鉄道も走っており(経営母体は地下鉄と同じです)、地元民の足の助けにもなっています。
 多くの民族文化が残っていると言いましたが、それが広い範囲に亘っているので、地域によっては別世界の光景が広がっているという事もよくあるのです…。ギリシア、イタリア系のコミュニティが集まるアストリア他、インド、韓国、ラテンのミックスカルチャーが集まるジャクソン・ハイツ(自分達が着いたラガーディア空港の最寄駅でもありますね…)、中南米系と中国系の混住するエルムハースト、ヨーロッパの町並みを思わせるフォレスト・ヒルズ、そして韓国系、台湾系のフラッシング(下写真参照)等、本当に別の国のように感じます。特にアストリアは在住日本人も多く、その為か日本さながらのコンビニ・スタイルのお店まであったりもするのです(右上写真参照)。

   ロング・アイランド・レイルロードの駅はかなり小さいです…   マンハッタンから離れても、こういった場所は存在するのです

 フラッシングでは実際自分も歩いてみましたが、確かに中国語と韓国語が飛び交っていて、アジアの郊外の街にでも来てしまったような印象さえ受けました。ここは実際に生活をしている人の街でもあるため、マンハッタンのチャイナタウンとはまた違ったディープさを感じました。また、食べ物などがマンハッタン内より格安であったのも特筆すべき事でしょう。
 ここに揚げた地域は、大体が地下鉄⑦線沿いに集まっているのですが(他、NW線やRGV線等)、その為⑦線の乗客の顔といったら本当に千差万別で、乗るだけで不思議な体験が出来てしまう感じでした…。それ故、⑦線は“インターナショナル・ライン”とも呼ばれているらしく、クイーンズの側面が表れているようでしたね(ついでに、ニューヨーク・メッツのシェイ・スタジアムも⑦線沿いに位置しています)。

   ・ブルックリン

   ブルックリン側から、ロウアー・マンハッタンを望んでいます   こちらは背後がブルックリンになります

   霧が濃くて何も見えなかったコニー・アイランド駅   コニー・アイランドの駅自体はとても大きいです

 マンハッタンとブルックリンを結ぶブルックリン・ブリッジでも有名なこの地域は、マンハッタンから見て東南の位置にあり、ニューヨークのベッドタウンとしての性格も強いエリアです。前回ニューヨークに来た時は、ブルックリンの中心とも言えるダウンタウンに足を運んだのですが、今回はブルックリン・ブリッジと、ブルックリンの南端に位置するコニーアイランド(しかも駅だけ…笑)に行くだけに留まりました。基本的には観光地ではなく住宅地なので、地元の人達の住んでいる雰囲気を楽しむ…ぐらいにしておくのが良いのかもしれません。ただ、最近は地域によってはギャラリーも増え、新たな若者文化が形成されつつあるようです。

   ・スタテン島

   意外にも、これだけで自由の女神を見てきた気分になれます   フェリーに乗り慣れている人は、殆ど外なんか見ません

 唯一地下鉄で行けないのが(ブルックリン等とは道路橋で繋がっている為、バスなら可能です)、マンハッタンから南西に位置する島、スタテン島です。周囲約70kmですが、ニューヨーク市の独立区の中で人口が一番少ないエリアでもあります。マンハッタンの南端にあるバッテリー・パークからフェリーで25分程で着きますが(この時、“自由の女神”を程好い距離で望む事が出来るので、混雑した場所が嫌いならこのフェリーをお勧めします…しかもこのフェリーは無料で乗れます)、こちらのフェリーターミナルの先には丘陵や湖、緑が沢山あって、初期のニューヨークの姿を残す建物もあったりします。
 ここにはマンハッタン同様の地下鉄(地下に潜らないので、厳密には地下鉄ではないですが…)が走っていて、利用方法も同じなので使いやすいです(バスも同様です)。細かく言うとマンハッタンの地下鉄の経営母体の子会社にあたるらしく、一応“スタテン・アイランド・レイルロード”という名前が付けられていました。そして、それらの頭文字を取って“SIR(サー)”と呼ばれているようで、本当にアメリカン人は頭文字を並べるのが好きだなあと思ってしまいます(笑)。

   フェリーの降り場からすぐの所です   乗客もすくなく、のんびりとした列車旅となりました

 この鉄道はスタテン島をほぼ縦断しているそうなので、せっかくなので乗ってみました(自分達は1週間乗り放題のメトロカードを事前に買っていた為、いくら乗ろうが料金の心配をする必要が無いのです)。列車は4両編成で、本数も日中は30分に1本とローカル体質でしたが(朝、夕は大体10分~20分毎)、これが鈍行列車の旅をしているような気分にさせられ、なかなか良い時間を過ごせたと思いました。

   この地図の、右上から左下までを往復しました   終点トッテンヴィル駅…川の向こうはニュージャージー州です

 車窓を見ても典型的なアメリカの住宅地という感じで、何だかニューヨークにいる感じがしませんでした。乗客も終点に近くなると殆どいなくなってしまい、これぞ本当にローカル列車の旅です(笑)。片道40分程度でしたが、ニューヨークでまさかこんな経験が出来るとは思ってもみませんでした…。

   ちょっとお散歩♪背後の赤い建物が駅です   ローカル線途中下車の旅をしているような感じでした

 終点のトッテンヴィル駅の周りは住宅地以外は何も無く、駅舎の小ささも相まって、正にローカル線の終着駅という感じでしたが、目の前には川が迫り、向こうがニュージャージー州だと分かると、列車の旅もし甲斐があるなと思ってしまいます。ここからはフェリー乗り場まで折り返すしかありませんが、ニューヨーク中のエリアに行っていた自分達の、ちょっとした癒しの時間にはなっていたように思いました。

   ・ホーボーケン

   夜の街は幻想的で良いですね!   笑顔ですが、この時は風が強くて相当寒い筈です(笑)

 今回行った中で、唯一ニューヨーク市ではない場所になりますが、マンハッタンからパス・トレインという鉄道で、片道1,75$で簡単にアクセス出来るので行ってきました。ここはマンハッタンからハドソン川を挟んで西側に位置する、ニュージャージー州に位置する街の名前です。
 ここはフランク・シナトラの生誕地としても有名のようですが、学生も多く、近年はウォーターフロント地区を中心に地区の開発等が進んで、古い物と新しい物が程好く共存しているよな感じでしょうか。ニュージャージーという場所柄、どこかマンハッタンよりも穏やかな空気の流れを感じる事も出来ます。
 ホーボーケンもまたハドソン川に面しているのですが、そのハドソン川越しに見たマンハッタンのビル群は美しいの一言です。ここは前回にも訪れた場所なのですが、その時は夕方だったので、今回は夜景を見に行ってみた次第なのです。

   やはりエンパイアー・ステート・ビルの存在感は凄いですね   ロウアー・マンハッタンもまたニューヨークらしくて◎です

 これはもう写真の通りで、何も言う事はありません!…こんなに綺麗な景色が望める割りには夜には殆ど人がいないので、恐らく穴場的な場所だと思うのですが、マンハッタンだけに居ては決して望めない風景ここにはあるのです。時間があるなら是非行って頂きたい所でもありますね(冬は寒いですが…笑)。

 …というわけで、これが今回行ったエリア全てです。これらはニューヨークのガイドブックで説明されている地域の全てでもあり、大まかに見れば本当に網羅してしまった事になります。こうなると、後は気になるお店とか、もっと狭い範囲に特定して探索する事になるのだと思いますが、それが本当のニューヨークの楽しみ方だとも思うのです。今、自分はやっと、ニューヨーク探索のスタート地点に立っているのかもしれません。地域性が分かったところで色々な場所に行くのも、また面白さが倍増する事でしょう。つまりは、更に病み付きになってしまうところがニューヨークの凄さだという事ですね…。


 ●ニューヨーク地下鉄の魅力

   路線を吟味すべし!   あまりに隙を見せて乗るのも考えものかも…?

 前回に引き続き、こちらもまた行ってしまいました(笑)。今回も、“個人行動”というものを取らせて頂いたため、前回以上に色々な路線に乗る事が出来ましたが、やはり全路線の全長が1000kmを超えるだけに、完乗というわけにはいきませんでした(目指しているのか自分でも分かりませんが…笑)。
 ニューヨーク地下鉄は、現在はニューヨーク市によって運営されていますが、実はその成り立ちは少々複雑のようで、元々は3つの鉄道会社が独自に路線を展開していたようです。ニューヨークに最初に地下鉄が開業したのは1904年の事(!)で、これはニューヨーク市によるものではありませんでした。また、1913年にも別会社が発足、開業し、その後1932年にニューヨーク市も独自に路線を開業します。ちなみに、この時の路線があの有名な“A Train”(現在のA線)です。
 このように、ニューヨーク市においては3つの異なる鉄道会社が、地下鉄と高架鉄道を中心として、路線を拡大していったのですが、それが1940年に、ニューヨーク市は始めの2社を買収し、全ての路線が公営化される事になるのです。この時、最初に発足した会社の路線は小型車両を用いており、それらは“Division A”と呼ばれ、これが現在の①~⑦線になります。それ以外が“Division B”で、これらは路線名がアルファベットのものになるようです(但し、一部のS線は除く)。最初にニューヨークに来た時に、何故数字とアルファベットの路線があるのかと思っていたのですけど、そういう経緯があったのですね。ちなみに、小型車の車両全長は1両が約15mで、これは東京メトロの銀座線よりも小さいサイズです。その他の車両は1両が約23mと大きく(たまに古い車両で、18m級くらいのもありますが…)、日本の鉄道車両の一般的な長さが20mなので、その大きな車両が急カーブを曲がる姿は凄い物があります。

   複数の路線が絡んでいる駅は、列車はすぐに来たりします   小さな窓から車掌が顔を出しています

 前回の時にも言いましたが、これらの路線はAとか①とかなっているものの、たまに枝分かれして他の路線と交わる時もあるので、どちらかというと“路線”より“系統”と思った方が良いかもしれません。ユーヨーク地下鉄の路線図を見て頂ければ分かると思いますが(http://www.mta.nyc.ny.us/nyct/maps/submap.htm)、例えばBという路線を北から南に辿っていくと、暫くはD線と並行して走っていますが、この時はD線が急行で、B線が各停なのです。それは途中からA線(急行)、C線(各停)と交わっても変わらず、B線は各停なのでC線と線路を共有しています。やがてそれはAC線と分かれ、今度はFV線と合流、並行して走る事になります。そしてマンハッタン島を抜ける前にFV線と分かれ、そのままブルックリンに入り、ついにD線と分かれた後、今度はQ線と合流し、そのまま終点に向かう…と、こんな感じです。分かったような分からないような?…まあそうでしょうね(笑)。これは実際に使う事で慣れていくものだとは思います。
 また気付いた事があります。ニューヨークの地下鉄では運転士の他にもちろん車掌も乗務しているのですが、その乗務位置というのが、日本のように編成の最後尾ではなくて、編成の真ん中にいるのです。何故かはよく分かりませんが、確かにセキュリティーの面からすると、編成の端より真ん中に乗務していた方が、乗客の目に届く範囲…という意味では良いのかもしれません。それ故、ドアを閉める時には、まず車掌室より前と後ろをそれぞれ閉める動作をしていたのが面白かったです。車掌があまり、車掌っぽくない格好をしているのも興味深かかったですね(なんか作業員みたいな感じです)。

   こういった光景は珍しくはありません   この無骨さが個人的にはたまりません

 そして、よく起きていたのが“運休”です(笑)。これは、24時間運行をしている身なので仕方無い事なのかもしれませんが、線路の補修、点検は必要な事なので何とも言えません。ただ、独立した路線が運休する事はあまりなく、よくあるのは、急行、各停の両方が存在する部分で、急行線だけ運休になる…というものです。そして、その逆が前回ニューヨークに来た時に起こってしまい、ホテルに帰るのに一苦労したというのは周知の通りです。
 ニューヨークの地下鉄に乗って特に好きなのは、特に地上部分です。マンハッタン内中心ではあまり外に出ないものの、クイーンズ等、その他の地域では地上を走る事が多いのです。その時の高架橋といったら、設備が古い事この上ない為、見た目が相当無骨な感じになっているのですが、これが何だかそそられます(笑)。…というか、ここにアメリカの地下鉄らしい部分が出ているような気もしなくはありません。高架橋を走る地下鉄というと、個人的にはアメリカのシカゴを走る地下鉄が思い浮かぶのですが、そちらも結構惹かれるところを見ると、自分は鉄骨フェチなのでしょうか(笑)。まあ、それらは取りあえず置いとくとして、この後は地下鉄探索で乗った車両達の紹介でもする事にしましょう。ただ、形式名はよく分かりません(笑)。


   Sは恐らく“シャトル”の意味だと思います   オレンジ色の座席が目立ちますね

 路線名が数字の方、つまり“Division A”の方でよく見る車両です。①③⑦線とS線の一部では、大体がこの車両を使用しています。今回泊まった(前回も)ホテルの最寄の駅が①線だったので、ニューヨーク旅行で一番お世話になっている車両でもありますね。

   車両は新しくなっても、デザインは継承されている感じです   新車では、更に車内が明るくなったイメージです

 “Division A”の新型車両です。雰囲気が全体的に明るくなり、車内の路線図として、パネルによってその路線全駅を表示し、その駅名部分が光るものを掲載しています(東京メトロの銀座線と同じ感じです)。②④⑤⑥で使用されているようで、利用する機会は少なかったものの、②線は①線の急行にあたる為、遠くに行く時に使いたいイメージが、自分の中では出来てしまっています。


   ニューヨーク地下鉄で一番よく見る車両かもしれません   やはりオレンジ色の座席が特徴的です

 ここからは“Division B”の車両達です。路線名がアルファベットの方で広く使われていて、広い車内を生かし、座席の一部がボックス席になっているのが特徴です。ただ、個人的に細かく見ていくと、車両によって些細な違いがあるのも事実で、まだまだ地下鉄探索は必要だと思い知らせてくれた車両でもあります(笑)。

   デザイン的にも無骨なのが印象的です   先頭車両が展望がきくのは良いところかも…

 N線で見た、明らかに古そうな車両です。調べてみると1967年~1969年に掛けて造られたそうなので、確かに古いですね。…という事は、ニューヨークの地下鉄が犯罪の温床として問題となっていた時代も経験している車両という事になります…。そう考えると、何だか奥ゆかしく思えてしまいますね。あまり見る機会が無かった車両だけに、廃車が進行しているのかもしれませんね。

   新しい車両はブラックのマスクが特徴です   やはり車内は明るい感じになっています

 恐らくニューヨーク地下鉄で、一番新しい車両ではないでしょうか。調べてみると、2006年から走り始めたらしいです。L線は全てこのタイプの車両になっていると思われ、その他、M線やN線でも見かけました。乗客の評判も良いらしく、今後の“Division B”の主役になるのは間違いないだろうと思われます。こちらの車両にもパネル式の路線図が掲載されているのですが、それは、現在の地点より先の部分が順に駅名表示されていくもので、これは日本には無いタイプの物なので、ついつい目が奪われてしまいました…。今度ニューヨークに行った時に、このタイプの車両がどれだけ増えているのか…楽しみです。

 ニューヨーク地下鉄に関しては、こんな感じでしょうか。乗り心地は決して良いものとは言えないですし、騒音は凄いですし、時刻通りに来ませんし(あって無いようなもの…笑)、たまに浮浪者がうろついていてますし、施設が古いので駅は階段ばかりですし、そんな駅には冷暖房も効いてませんし、、、しかし、何だか魅力的なのです…。治安も、良い…まではいきませんが、他の諸外国に比べたら良い方だとは思います。
 個人的にここの地下鉄というのは、ニューヨークの景色の一部に盛り込まれているような気がしてなりません。正直、ニューヨークという街を堪能したいなら、まずは地下鉄に乗る!というのを勧めたいくらいです。アメリカでは珍しく、鉄道によるネットワークが発達している街…それがニューヨークでもあるのです。1乗車が2$均一で、降りない限りどこまで乗っても同じですから(ついでに、1週間乗り放題で25$というのもあります)、移動の為だけではなく、ニューヨークの“素”の表情を見る為に乗ってみては如何でしょうか?


 ●ニューヨークこそグルメの街!

 いきなりですが、ニューヨークの食べ物はレベルが高いと思います。アメリカというと、やはり食べ物に関しては二の次…というようなイメージがあると思うのですが、ニューヨークに関しては別格な気がします。やはり、移民で構築された街でもあるせいか、各国の郷土料理?が本格的に楽しめ、また新たな世界観を作り出しているようにも感じさせます。チャイナタウンでは本格的な中華料理が食べられますし、日本が誇るお寿司も、ここでは少しはニューヨーク風にアレンジされていますが、これはこれで美味しかった記憶があります。

   今のうちに美味しい物を食べておこう作戦です(笑)   やはり量が…多いです

 もちろん、それらはピンからキリまであるというのが前提です。写真左上のものは、後に紹介するMoMA 美術館内にある、かなり洗練されたレストランですが、全てが美味しかったですし(その代わり、ランチなのに1人40$弱は掛かりましたが…笑)、右上写真のものはミッドタウン界隈にあったイタリアン・レストランですが、量は多くて本格的な感じはしたものの、味に関してはまあ普通かな…という感じでした。

   アジアン・テイストが嬉しいです   表情で、如何に美味しいかが分かるというものです♪

 それでもニューヨークだけに、食べ物のバラエティーさは日本よりも上かもしれません。左上写真はクイーンズに行った際、適当に入ったショッピング・モールのフードコート内のものですが、ここでは照焼きベースのチキンが売っていましたし(ライス付き!)、右上写真は、チャイナタウン内で食べているエッグタルトです。それぞれの地域で、それぞれの名産?を見付けるのも、ニューヨークを探索していて面白い事かもしれませんね。

   ・グレート・NY・ヌードルタウン

   チャイナタウンらしい外観です   やはり、こういった食べ物は落ち着きますね!

 ここからは個別に紹介していきます。まずはチャイナタウンにある人気ヌードル屋、グレート・NY・ヌードルタウンです。漢字では“利口福”と表記されていますが、よく意味は分かりません…(笑)。まあ、チャイナタウン内にあるレストランは、大抵どこでも間違い無い味を提供してくれるとは思うのですが、ここは取りあえず気に入ったので載せておきます。
 チャイナタウンのレストラン全般に言えるのが、殆ど本格的に中国的なところです。これは何かと言うと、例えば日本にある中華料理屋に行っても、そんなに中国的な文化は露骨には感じられませんが、こちらの中華料理屋では、本当に本国か?と思うほど、中国文化が垣間見られるのです。
 前述もしましたが、値段は安く、定員はまず全員中国人、故にそんなに愛想が良いわけでもなく、必要最低限のやり取りしかしない感じです。ここでも人海戦術なのか、やたら店員の数が多いですし、それぞれに決まった仕事があるようです。こんな雰囲気は、日本ではあまり見られないのではないでしょうか。ニューヨークでのアメリカ的な食べ物に飽きた時は、とりあえずチャイナタウンへ…という感じですね。遅くまでやっているお店も多いですし(ちなみに、この店は明け方4時までやっているそうです…笑)。

   ・マナズ

   正にソウル・フードと書いてあります   ちょっと取り過ぎた顔でしょうか…笑

 ソウルフードという食べ物をご存知でしょうか。これは、アメリカの奴隷制度下で生まれた、アフリカ系アメリカ人の伝統料理の事です。アフリカ系アメリカ人の事柄を指す時に“ソウル(魂)”という言葉がよく用いられるために、このような名前になったそうですが、やはり経歴が経歴だけに、ニューヨークではハーレムでこの手のお店をよく見かけます。
 マナズもその1つで、量り売りのデリ・スタイルでソウルフードが堪能できます。また、観光客も多い店で、安心して入れます。この食べ物は奴隷化で生まれてきたものだけに、素朴なわりには量が多いのが特徴で、その分安く食べられるのが嬉しいところです。ここでは1ポンド(約463g)が3,99$で、既にお腹一杯な感じになってしまいますが、どうも色々と欲張って、結局食べきれなかったりするんですよね(笑)。これこそディープなアメリカの食文化と言えそうです。

   ・ゼイバーズ

   意外に美味しかったサーモンの寿司パック

 ここは、ホテルの近くにあったので(外観はアッパー・ウェスト・サイドを参照)、何度となく寄っていたのですが、調べてみると、ニューヨークでも老舗の人気スーパーマーケットである事が分かりました。つまりはレストランではなく、1階がお惣菜屋さん、2階はキッチン用品売り場…というような感じなのですが(笑)、ちょっとしたカフェ?も併設されており、ここは朝ご飯的にも重宝した場所でした。
 そして写真の通り、パックに入ったお寿司も売っていたのですが、これが結構美味しかったのです。かなり意外な感じでしたが、周りにも結構買っている人がいて、人気の商品なのだと思いました。何度も言ったお店ですが、レジにはいつも列が出来ていたようなイメージですね…。そして、このお店ではエコバッグや、オリジナル・ブランドのコーヒー豆など、グッズも結構充実していて、お土産品としての使えるお店だなと思いましたね。ホテルに近い場所でラッキーだったと思いました。

   ・H&Hベーグル

   ベーグル屋さんは、あちこちで見かけます   中にサーモンを挟んでみました!

 ニューヨークに来たら、ベーグルは食べなければ意味がありません。全国的なベーグルでも、ここのは結構特徴があるらしく、それはニューヨークの水を使っているのが鍵だそうですが、フレーバーにも色々な種類があるのがニューヨークスタイルと言っても良いでしょう。とりあえず“H&Hベーグル”はチェーン店っぽいですが、本当に色々なベーグル屋があるので、お気に入りのお店を見付けるのも良いかもしれません♪…特に何も入れなければ1つ1$~2$ぐらいと気軽な上、大きさが結構あるので、1つでお腹は膨れてしまいます(笑)。

   ・ベンダー

   天気の良い日に食べ歩きをしたいプレッツェル   メットの前でホットドッグをほうばります

   屋台は何もホットドッグだけではありません!   フィリー・ステーキ・サンドは食事にもなりますね

 これもニューヨークに来たら試して貰いたいもの、ベンダー(屋台)です。ニューヨークは本当にベンダーがあちこちに出ており、何回も見かける施設の内の1つです。やはり有名なのは、プレッツェルやホットドッグだと思いますが、中には写真上のようなフィリー・ステーキ・サンド等(フィリーは、フィラデルフィア風…という意味です…)、食事代わりにさえなるメニューまで存在します。そして、最近は屋台の1台1台に個性が見えてきたりして、知れば知るほど奥が深いのがベンダー・フードかもしれません。

   ・ケンカ

   日本人なら…必見です(笑)   こういうのを「苦笑」と表現するのでしょうな…

 話しのオチ…ではないですけど、こんな日本風居酒屋があったので紹介させて頂きます。もう名前からして突っ込み所満載の“ケンカ”です。グリニッチ・ビレッジにそれはありまして、看板からしてかなり目立ちます(笑)。
 中に入ると、そこは日本語が行き交う感じで、普通に「いらっしゃいませ!」とか言われたりします(笑)。店内も正に日本の居酒屋の感じなのですが、メニュー等、どこか可笑しいアイテムが一杯のお店でもあるのです。電気の笠は、恐らく永谷園のものですし、BGMには何故かあの“モスラ”がかかっており、それはスピーカーからではなく、よく見たら大きな拡声器から流れていました…。
 こんな感じですが、メニューには日本のビールからお摘み等、結構充実しており(石狩鍋があったのには驚きました…)、しかも、それぞれがレベルの高い味だったのです(塩辛がまた…絶品でした…笑)。ニューヨークに長期滞在している日本人には、本当に懐かしい雰囲気でお店を楽しめると思いますし、自分は普通に今回観光で来ているわけですが、珍し物見たさに2回ほど寄ってしまいました(笑)。

   言わなければ完璧に日本ですよね(笑)   締め括りには綿菓子(セルフ)が提供されます

 何故か帰り際には、1人1人に綿菓子の素を渡され、店の外にある綿菓子器で自由に作って食べて良いみたいなのですが、作り方とか、これは地元の外人さん達は理解出来ているのでしょうか(笑)。ある意味ニューヨークらしい、とてもエキサイティングなお店だと思いました。


 ●コンテンポラリーな美術館へ

 ニューヨークには世界屈指の芸術作品が集まっていると言っても過言ではないですが、特にコンテンポラリーな分野においては他を寄せ付けない勢いがあるように思います。今回自分は“MoMA”と“P.S.1”という2つの美術館に行きましたが(ニューヨークには、あの有名なメトロポリタン美術館もあるのですが、自分は前回行ってしまっていたので、そこは池田君1人で行かせました…笑)、どちらも現代アートというか、挑戦的な意味合いが強い作品ばかりが集まっています。MoMA に関しては今回2回目の訪問になりますが、ここは素人的にも優しい?作品が多く展示されているので、何度行っても良いと思ったのです。

   ・MoMA(ニューヨーク近代美術館)

   MOMA は吹き抜けのフロアがあるので開放的です   奥には2脚の椅子が壁に取り付けられているだけなのですが…

   高層ビルに囲まれている様子が分かります…MOMA 内部から   モネの代表作『睡蓮』は MoMA にもあります

 ミッドタウンに位置するという、凄く便利な場所にある MoMA ですが、その名に恥じず世界のモダンアートを見せてくれる美術館です。常設展にしても、作品の位置などを変えたりしているので、2回目の自分でも十分楽しむ事が出来ました。また、2階はコンテンポラリー・フロアになっているのですが、ここにある作品は、以前来た時と全面的に入れ替わっている感じでした。もちろん、意味が分からないものも沢山あるのですが、そもそも意味なんか考えてはいけないのです。それは存在自体が作品だから…という事なのですが、そういった考えを抜きにしても色々なアートに触れられる感覚は刺激になるような気がしました。

   ・P.S.1 コンテンポラリー・アート・センター

   外観からも前衛的な雰囲気が伝わってきます   フロアの見取り図は黒板に書いてありました…エントランスにて

 P.S.1 とは、Public School Number 1…つまり日本風に言えば第1小学校の事で、元々小学校だった校舎を改築利用してオープンさせたという経緯があるアート・センターです。“美術館”…となっていないのは、ここが非営利目的だからだと思いますが、一応、大人が5$(任意)という設定にはなっています。
 1971年に設立と、その歴史は意外にも古いのですが、常に革新的、実験的な企画がなされていて、数多くの有名アーティストを生み出してきました。その為、型破りな作品が多く(まあ、建物的に既に型破りですが…笑)、MoMA のコンテンポラリーな部分を更に深く絞り込んだ感じとでも言いましょうか…とても興味深い作品ばかりが集まっています。
 学校を改築利用しているだけに、作品が展示されているフロアは元々の“教室”を流用しており、全体的に校舎をうまく利用して、新しいアートにチャレンジしている精神が窺えます。現在は MoMA とパートナーシップを結んでいますが、こちらに与える影響というのも少なからず気になります。ただ、こちらは残念ながら館内の撮影は禁止されていたのですが、確かに際どい(いや、際どいと言うか…)作品も数知れず。まあ、その理由も納得がいくぐらい、作品の表現度合いに関しては妥協していない感じですね。とにかく、これは一度で良いので是非訪れてみて下さい。人間の考えって面白いなあ…と思う事でしょう(笑)。


 ●これこそライブ三昧!

 ニューヨークに遊びに来て、ライブを見ないで帰るという人はいるのでしょうか…。ここはエンターテーメントの街なのですから、ライブやコンサートの本場とも言えるところなのです。そして、ミュージカルも見逃す事は出来ません。前回は、1日に尽き1回…というペースでライブに行っていましたが、今回はそれどころか、ライブを梯子していくような日も見られ、正にライブ三昧を楽しんでた感じでした。ここでは、今回行ったお店を順に紹介していきたいと思います。

   ・Chicago(3月6日)

   夜のネオンが“Chicago”には似合います   かなり盛況していました!

 最初に足を運んだのは、ミュージカルで有名な『Chicago』でした。自分は映画でも見た事があって(新しい方のやつです)、是非生で見てみたいミュージカルの1つでもありました。“tkts(チケッツ)”という、当日券を安く買えるところでチケットを購入したものの、用意された席は悪くなく、ステージを全体的に楽しめた感じでした。…やはり、映画で見るよりこちらの方が、音楽とダンスの融合部分が直に体験できたので面白かったです。また、テンポの良いセリフ(殆ど聞き取れませんが…笑)には圧倒されるばかりでしたね。…と、横に座っている池田君を見ると、うつらうつら眠ってしまっています…。ニューヨーク最初の日(到着の次の日)という事もあって、疲れがピークに達していたのかもしれません。なかなか惜しい事をしたなと思います(笑)。

   ここには情報が沢山詰まっています   伝える物だけ伝える…といったシンプルな内容です

 さて、次の日からはジャズライブを立て続けに見ましたが、それにはこの“Hot House”というジャズ冊子が役に立ちました。これは、大体のジャズ・クラブなら置いてあるもので(自分は後に紹介する Smoke というお店で手に入れました)、ニューヨーク周辺(ニュージャージー、更にはペンシルバニアも)のジャズ・ライブのスケジュールが殆ど載っているというものです。しかも無料です。

   真剣にフリーペーパーに目を通す池田君

 これは使わない手はなく、他に手に入れたフリーペーパーと併せて、自分達のニューヨーク滞在中に行われるジャズ・ライブのスケジュールと、常ににらめっこっをしているような状態で過ごしていたように思います。この時の池田君はかなり頼りになり、1軒行っても満足せず、「次、行きましょう!」という感じでグイグイ引っ張ってくれたのは面白い以外の何ものでもありませんでした(笑)。それでは、続きを紹介していきます。

   ・Smoke(3月7日…ジョージ・コールマン・カルテット)

   この時はピアノがまた凄かった   池田君、影のようになってます(笑)

 一昨年にも訪れた事のある、ニューヨークでも人気のジャズ・クラブです。予約は無しで行ったところ、店員には少し苦い顔をされながらも、お店の端で「ここでお待ち下さい」と言われ、ある程度お客さんが来てからカウンター席に通されました。優先的に予約の人を通すのかもしれません。
 ここで見たのはサックスの大御所、ジョージ・コールマンのライブです。とは言え、自分が今まで聴いてきた彼のCDというのはサポートで吹いている作品ばかりで、ここでリーダー・ライブを見る事になるのは興味深い事でもありました。さすがベテランの味というか、お店の雰囲気とも相まって、一音一音に説得力があるライブでしたね。ピアノの人も良かったものの、ベースとドラムは若いせいか(他の2人に比べたら…)、少し微妙と思う部分もありました…。それでも、また来たいお店である事には間違いはありませんね!

   ・Dizzy's Club Coca Cola(3月8日…テナー・マッドネス・クインテット)

   この建物の一角に Dizzy's Club はあります   洗練された、ニューヨークらしい音楽を聴けました

 ここは、セントラル・パークに面したコロンバス・サークルという所にある、ジャズ・アット・リンカーン・センターという建物内にあるジャズ・クラブで、結構大きめで新しいお店です。ここは予約無しと有りで入場の仕方が異なっているようで、予約無し用の行列がそこには出来上がっていました(もちろん、予約の人が全て入ってから案内されました…)。用意された席は、壁に面したカウンター席風の場所で、壁と逆側を向けばステージを見られる感じでしたが、特に悪い気はしませんでした。今回はエリック・リードというピアニストがリーダーのライブようで、2人の若手サックス・プレイヤーをフューチャーしたライブになっていましたが、これぞニューヨークの洗練されたジャズという感じがしました。遠くから見る形になったものの、お店は綺麗で、場所そのものを楽しめたので良かったと思います。大御所も多く出る場所のようですが、それに相応しい形式のお店のようにも思いましたね。

   ・Arthur's Tavern(3月8日…出演者不明)

   これくらいの雰囲気が、ジャズには丁度良い感じがします   暗いですが、店内はド派手でした(笑)

 先程のライブ後、場所をジャズのメッカ、グリニッジ・ビレッジに移して、この日2軒目のお店に行きました。ここは、もっとカジュアルにジャズを楽しめるお店として知られていて、ミュージック・チャージは無料になっています(ただし、ドリンクは要注文)。「お祝いするのに祝日はいらない、毎日を祝うべき」…というのがお店のモットーらしく、店内は派手な事になっていますが、自分達が行った時には既にお客さんで一杯という感じになっていました。料理は出ない店なので(お店の入口にガチャガチャみたいなのがあり、そこで25¢でナッツが買えますが…)、皆お酒を飲みに楽しみに来たのかもしれません。
 ここでは毎週曜日ごとに出演者が決まっていて、その中には山本恵理トリオという、日本の方も出演されていたのには驚きました。ただ、自分達が行った時間帯というのはレギュラーでの演奏が終わった後で、若干セッション的な雰囲気になっていましたが、ステージには若めの人が何人も上がっていて、どんな曲をやるのか気になる感じではありました。
 そして、そこでやり始めた曲は、ハービー・ハンコックの Cantaloupe Island でした。日本では当たり前すぎて、自分はズッコケそうになりましたが、その後 What's Going On 等が続き、ジャズというかファンク系の選曲になっている気もしました(ピアノではなくてキーボードでしたしね)。…という事で、見た感じ自分達がニューヨークに求めていたものと違ったので、ビールを1,2杯飲んで退散してしまいました。こういったライブもあるのですね。

   ・Sweet Rhythm(3月8日…出演者不明)

   お店は1階にあるので、外から中の様子が覗けます   奴ら凄すぎでした…

 …どうも消化不良な感じだったので、この後、どこかしらのライブハウスに行こうという事になりました。ここでは池田君が色々なお店を物色して(グリニッジ・ビレッジにはジャズのライブハウスが多く、しかも殆どが外から店内が覗けたりするので、少し音を聴いてからとか、その日の気分でお店を選ぶという事も出来るのです)、そしてついに「竹内さん、この店ヤバいっす!」という所を発見してくれました。
 そこがここ、Sweet Rhythm でした。先程の Arthur's Tavern とは徒歩で1分ぐらいの距離にあり、ここ界隈でのジャズクラブの多さを感じさせてくれるものでしたが、ステージ上ではサックスのカルテットが熱演しており、何やら凄い感じになっています。サックスもピアノもベースもドラムも…皆熱い演奏です。ベースなんて、常に目が虚ろです…(笑)。ピアノなんて、どこまでアドリブで行ってしまうんだ!…という感じです。サックスなんて、ジーンズにジャケットです。ドラムなんて、赤いタンクトップです(笑)。
 とにかく、絵的にも音的にも、もう吸い込まれてしまう程の演奏でした。凄すぎて、池田君や自分は途中で本当に笑ってしまうくらいでした。人間というものは、あまりに凄い物を見ると笑うしか無くなってしまうんですね…、よく分かりました。実はこれが、今回のニューヨーク旅行で一番印象的だったライブだったかもしれません。この後は暫く、自分達の中でこのバンドの話しで持ちきりになりましたし、池田君のバンド名も Sweet Rhythm にしたら?とまで発展したくらいです(笑)。池田君のバンドと、目指しているものが近いように感じられたのも大きかったもしれませんね。これがライブ・チャージ10$ぐらい(ドリンク別)でしたから(しかし、お客さんは少なかった…)、本当にニューヨークは凄いなと思います。大満足で1日を終えた、ライブ梯子の夜でした!

   ・Garage(3月9日…出演者不明)

   気軽に入れる雰囲気がありました   アップライト・ピアノだったのが意外な感じでした

 この日も夜はグリニッジ・ビレッジに行って、何となくでジャズ・ライブハウスを探すという感じになっていました。昨晩の Sweet Rhythm も覗いてみたのですが、なんとステージ上では劇のようなものが行われていて、一夜ごとに表情を変える店だなと思ったものです(笑)。
 そこで、この日はその Sweet Rhythm の向かいにあるお店、Garage に足を運びました。特に誰目当てとかではなく入ったので、料金が安いカウンター席に座りましたが、これが意外にも良い雰囲気で、お酒を楽しみながら音楽を聴けたという感じがしました。ニューヨークは本当に色々なスタイルでジャズが聴けるなと思ったものです。

   ・Smalls(3月10日…レイ・ギャロン・トリオ)

   その名の通り、狭い入口でもある Smalls   正に“ジャズのお店”という感じですね

 この日もまたまた、グリニッジ・ビレッジにあるお店でライブハウス探索です。これも先の3軒と目と鼻の先にあるような場所に位置するお店なのですが、この時期になると誰かを目当てに…というより、そこにジャズのお店があるから行ってみる!…という感覚でお店に入っていたので、ちょっとでも心を擽らないと、すぐに飽きてしまうという傾向が出てくるようになってしまいました。
 その為か分かりませんが、この時の自分は眠くて眠くて、それはもう Chicago の時の池田君状態でした。お酒を飲んで、心地良い音楽だったから…とも言えるのかもしれませんが、正直あまり覚えていません(笑)。少し申し訳無い気持ちで、店を後にしてしまいました。

   ・Blue Note(3月10日…ラドレッシュ・マハンサッパ・カルテット)

 この日2軒目に行ったのは、いわずと知れた有名店、Blue Note です。先程の Smalls や Sweet Rhythm からは歩いて10分弱くらいの場所でしょうか。

   店の前に行列が出来てますが、この日はダイアン・シュアーのライブで、自分が行った日とは別の日に撮影したものです   久しぶりにフリー音楽的なステージを見せられました…

 お店は大きく、洗練されていて、やはり大御所が出るライブハウスは一味違うと思いましたが、それでも客席とステージの近さは日本では味わう事の出来ないものだと思います。ここで見たのはインド系アメリカ人のアルト・サックス奏者である、ラドレッシュ・マハンサッパという人のカルテット演奏でしたが、これも凄まじかったです…。今まで見た人とは違うアプローチでソロを吹きまくり、これはフリーの域に達していますが、周りのメンバーも普通についてきているところが凄いです。特にこの時のドラマーには目を奪われるばかりでした。自分は皆、全然知らないアーティストでしたが、それでも Blue Note に出演する人というだけあって、刺激を受けるモノを見せてくれるなと思いましたね(しかし、これでミュージック・チャージが10$とは安い…)。
 また、ライブばかりに目が行きがちになってしまいますが、ここで食べたニューヨーク・チーズケーキは意外にも美味しかったです。確か8$くらいで、決して安い値段ではないですが、日本の Blue Note よりは気軽に頼めるでしょう。帰りにはミーハー的にも、お店の2階にあるグッズ売り場にも寄ったりしまして…(笑)。普通に観光客でも楽しめるお店だなと思いましたね。

   ・RENT(3月11日)

   今まで映像でしか見れなかった風景が蘇えってきます   開演前のステージにはドキドキものでした(笑)

 ついに来ましたね!…もしかしたら、今回の旅行の第1の目的だったのではないでしょうか。ミュージカルの『RENT』です。このミュージカルを始めて知ったのは、一昨年のニューヨークから日本に帰る時の機内映画にてで、その後、元々これはミュージカルだというのを知り、気になる作品ではあったのです。そして、挿入歌である“Seasons of Love”等を演奏する機会もあり〔“愛のうた”を歌う参照〕、いつか本場ニューヨークで生で見てみたいという思いは確信に変わりました。しかも、この『RENT』は、今年の7月1日で閉幕となってしまうというのです。これは今しかありません…。そして、自分は今その舞台の真ん前に立っているのです。
 ニューヨークに着いた次の日くらいにチケットは購入しておき、通された席は前の方。ステージ全体が見渡せるなかなか良い席です。客はほぼ満席といった感じでしょうか。ステージ上では音楽担当の人達が(やはり生演奏なのですね!)最終チェックをしているようでした。そして、2時間半に亘るステージが始まったのです。
 セリフはもちろん全てが英語ですが、日本語のオーディオの貸し出しも有料であるのだとか…。しかし、自分はストーリーは何となく覚えているので、その必要はありません。むしろ出演者の生の声が聴きたいと思いました。それにしても…、お馴染みの登場人物が出てきて(実は、映画の出演者とほぼ同じなのです)、自分の目の前でストーリーを繰り広げていくというのは、迫力以外の何物でもありません。完全にステージに引き込まれている自分がいます…。
 そして、“Seasons of Love”は2幕の最初で歌われました。1幕と2幕の休憩時間中では、客席は結構ざわついている感じだったのですが、いきなりピアノのイントロが流れた瞬間、会場はシーンとなります。そして、出演者が集合して皆で歌い出すのですが、やはり世界的に超人気曲なのでしょうね。この歌が終わった後には、皆で拍手大喝采という感じでした。辺りを見渡すと、現地の人はもちろんだと思いますが、世界からこのステージを観に集まってきているという事が分かります。曲の良さはもちろんですが、この世界から集まってきた人達と、感動を共感できたのが、実は本当に嬉しかった事なのかもしれません。音楽に国境は無いですね…。そして、それを実現させてくれた『RENT』に感謝でした。

   ・Birdland(3月12日…スティーブ・キューン・トリオ)

   今回も来てしまった Birdland   Birdland では、食事をしながら…というのもいい感じです

 さて、ついにニューヨーク最後の夜となってしまいましたが、ここはジャズクラブの老舗である Birdland に向かう事にしました。実は、昨日の『RENT』から、池田君の知り合いの人と行動を共にしており(日本人の女性ですが、現在イタリアのフィレンツェに住んでおり、偶然にもアメリカを旅行中?で、今回せっかくなので落ち合う事になっていたのです)、特にジャズを知るわけでもないのですが、この Birdland にも連れて行ってしまいました。
 ピアノがスティーブ・キューン、ベースがロン・カーター、ドラムがアル・フォスターと、言わずと知れたベテラン揃いが今日のメンバーとなっていましたが、池田君が「姉さん、もうゴールじゃないですか!」(池田君は、その女性を何故か「姉さん」と呼んでいます)と言っていたのが面白かったです。まあ…確かに…(笑)。

   有名ミュージシャンのトリオには、ベテランの香りが漂います   残念ながら、ロン・カーターは楽屋から出てこず…(笑)

 スティーブ・キューン・トリオでは、やはりスタンダードの曲を多く取り上げていて、聴きやすかったですね。その中でも自分らしさを発揮してくれるメンバーには脱帽でしたが、このお店の雰囲気とも相まって、良いジャズを聴かせる事が出来たのではと思いますね。帰りにはスティーブ・キューンの新作アルバムを買い、ミーハー的にもサインと写真撮影を敢行させて頂きました。これニューヨークらしい思い出ですな…(笑)。

   ・Village Vanguard(3月12日…マリリン・クリスペル・トリオ)

   ライブ時間外の写真となっているのは致し方無いところです   お店の前で喋っていた男性に「Do Something !」と言って、撮らせて貰った写真です…海外の方は本当にノリが良いです(笑)

 最後の夜という事で、この日もライブの梯子です(笑)。ニューヨークに来たからには、やはり数々のジャズの名演が生まれた Village Vanguard は外す事が出来ません。ここではマリリン・クリスペルという女性のピアノトリオのライブがやっていましたが、ドラムが大御所のポール・モチアンという事もあって、これは見に行かなくては!と訪れたものです。
 ポール・モチアンはもう80歳近いのですが、まだまだ叩ける!といった感じで、目の前で素晴らしいドラミングを披露してくれました。自分の中では、ピアニストのビル・エバンスや、キース・ジャレットのトリオのドラムでもお馴染みの人なので、その人が今目の前で演奏しているというのは不思議な気分になりましたが、それが実現できるのがニューヨークなのです。ジャズをやる人にとって、本当にニューヨークは聖地みたいな所だ…と思わせてくれたお店もありました。ただ、演奏中の撮影は、ここでは珍しく禁止との事…。まあ、この際わがままは言ってられませんよね!

   ・Garage(3月12日…出演者不明)

   また来てしまった Garage(笑)

 先程の Village Vanguard でのライブが終わったのが23:30過ぎ頃でしたが、このまま終わってしまうのも何だか勿体無い気がしてしまいます。そして、また歩いてすぐの所にある Garage に来てしまいました(笑)。ここでは既に本元の演奏は終了しており、適当に残っているメンバーでセッションをしている様子だったので、こちらも適当にバー・カウンターで飲んでいる事にしてました。
 ここではお互いに旅行の話しをしたり、色々な国の話しをしたり…。何だかお酒も入ってて詳しい事まで思い出せないのが残念なのですが(笑)、楽しい時間を過ごせたような気がしました。ついに時間は夜の2:00を回ってしまい、セッションをしていたメンバーも帰り支度を始めているようでした。ここで流石に自分達も帰りましたが、それでも動いているニューヨーク地下鉄は本当に頼もしいです。ニューヨークだからこそ実現できる遊びを、思う存分満喫した…という感じでしたね。

   ライブ三昧、お疲れ様でした!…地下鉄車内にて

 このように、見に行ったライブは(のべ)10本、ミュージカル2本、そして合間にハーレムでゴスペルも見ていますから、8泊10日で、合計13本の音楽鑑賞が実現したという事になりました。観光もしつつこの数字、なかなか良いのではないですか。これらは、ミュージカルを除くと全て予約無しで見る事が出来たというのも、“手短に音楽が楽しめる街ニューヨーク”を象徴しているように思います。
 恐らく、今回足を運んだ店も、また違う出演者の時に訪れれば、その時とは異なった雰囲気でライブを楽しめる事でしょう。自分は今回の旅行で、ニューヨークの主だった敢行ポイントには殆ど行ってしまった為、今度訪れる時には本当にライブ三昧…という事になるのかもしれません。それでも、来る者を満足させてくれるニューヨーク。この街のエンターテーメントの魅力は永遠です。


 ●ついに帰国へ…!

 さて、こうして長い長いニューヨークの珍道中?に別れを告げ、ついに日本に帰る時がやってきました。しかし、帰るとは言っても、行きと同じくトロント経由の為、まだ丸1日掛かり行程は残っているというのが現状です。旅の思い出を良くする為にも、ここは楽しみつつ、しっかりと帰りたいところです。

   この日最後に見た、池田君のスーツケースでした(笑)   ラガーディア空港にて、余裕の表情です(笑)

 最初の日と同じく、ラガーディア空港へと向かったわけですが、この時はかなり余裕を持ってホテルを出発しました。お陰で、ラガーディア空港発はお昼前くらいの便だったのですが、それよりも3時間は早く到着してしまったようです。…というか、むしろ早過ぎですね(笑)。
 …とりあえず、大きな荷物は預けたかった為、早過ぎなもののチェックインをしてみたのですが、その時の受付の人から「Stand By?」という言葉を言われました。これには最初意味が分からず、何となくハイハイと言っていたのですが(笑)、ある程度時間が経ってから再び自分達は呼ばれ、トロント行きの1本前の便に乗せてくれる事になったのです。
 どうやら“Stand By”はキャンセル待ち…みたいな意味らしく、自分達が早く着き過ぎていたようなので、前の便が満席ではなかったら、振り替えが可能だったという事です。たまに、有料だと確実に振り替えれて、無料だと空席があった時のもい振り替えが可能…なんて話しを聞いた事がありますが、取りあえずはラッキーでした。帰国時ながら、また1つ勉強させて貰いましたね。
 まあ、1本早く乗ったところで、トロントから成田行きの便は1日に1便しか飛んでいないので、結局は時間的に同じなわけですが、トロントの空港で時間に余裕があるというのは嬉しいものです。早速飛行機に乗り込み、一足早くニューヨークに別れを告げる事になりました。

   離陸待ちの飛行機の列が見えました…   クイーンズ上空からマンハッタンが見えました!

 しかし、飛行機は滑走路に向かっているものの、すぐ停止したり、また少し前へと進んだりの繰り返しで、なかなか先へと進んでくれません。そんな中、窓の外を覗いてみると、なんと10機以上もの飛行機が列を作り、離陸待ちを行っているではありませんか…。
 これは、頻繁に離発着を行うアメリカの空港では珍しくない光景ですが、特にラガーディア空港は、離陸用と着陸用の滑走路がそれぞれ1本しかなく、更にそれらは先端で交差をしているので、なかなか1本1本がスムーズに離陸できないのです。いつしか機内アナウンスで、「当機はただいま離陸待ちを行っておりまして…えー、このあと14番目の離陸になります」とか言っているではありませんか…。結局、ゲートを出てから離陸するまで、冗談ではなく40~50分ぐらい掛かった気がしますが(笑)、早めの便にして貰い良かったと思いましたね。そして離陸後の機内から見えたマンハッタンは最高でした!

 トロント行きの飛行機は、方角的には北へと向かっているので、地上の景色も、徐々に雪模様へと変わっていきました。やはり3月でも、この地域は冬真っただ中なのでしょうね。道中はとても天気が良いフライトだったので、正に白銀の世界の上を飛んでいる感じだったのですが、その後トロント空港への着陸時には雲が出てしまって、全てが青い空の下で…というわけにはいきませんでした。さあ、8日振りのトロント・ピアソン空港に到着です。
 ここは行きの時、入国審査等がやや面倒な感じでしたが、帰りは意外にも簡単で、預けた荷物はスルーされ、出国審査的なものも書類を1枚渡しただけでした(そういえば、アメリカには出国審査は無いんですよね…だから楽なのかもしれません…)。故に乗り継ぎ時間まで、大幅に時間を余らせる事になってしったのですが(笑)、この空港、巨大国際空港のわりには、言うほど見ていて面白いものはなく(さすがに免税店くらいはありますが…)、何だかまったりと過ごしてしまいました。まあ、今まで慌ただしすぎましたから、旅の最後くらいはゆっくりしていきなさい…という事なのかもしれませんね。

   やはり大型機は頼りになりそうな感じですね   トロント・ピアソン空港を離陸しました!

 そして、定刻通り飛行機は成田に向け離陸していきました。飛行機は、行きと同じボーイング777-300ER型で、やはり大型機は頼りになる存在です。ここでは空港設備が巨大で、離陸待ちなんて事は皆無でしたが、ここに来て若干名残惜しい感じもしてしまいました。今度来るのはいつになる事かやら…。色々な思いを巡り合わせながら、飛行機は上昇を続けていきました。
 あとは黙っていれば成田空港に着きます。フライト時間は、約13時間半…とか言っていましたが、この機内の最新のビデオ・プログラムを見ていれば、そんな時間はあっという間です。また、離陸して3、4時間くらい経った辺りでしょうか、何となく窓のシェードを開けてみると(皆、映画を見ているので、基本的には窓のシェードは閉めているのです)、こんな風景も望めましたし…。素晴らしかったです。これもまた今回の旅で心に焼き付いた光景でしたね(ルートマップが表示されなかったので、どの辺りか分からなかったのが残念ですが…)。

   幻想的な光景です   忘れられない機窓の内の1つです!

 …というわけで、元気に自分達は成田空港に到着しました!…マンハッタンのホテルを出た時間から考えると、やはり丸1日弱の長い行程であった事は確かです。このあと荷物のピックアップをしている時に、池田君に最大の災難が訪れた事は周知の通りです(笑)〔ニューヨーク帰りのオチ参照〕。
 そして、何とも呆気無く池田君と別れを告げ(笑)、自分はこの日の夜には仕事が入っている為、その足で渋谷へと向かいました。成田空港から渋谷に行くには、いつも使っている京成電鉄よりは、JRの成田エクスプレスの方が便利で、この列車に使われている253系という車両も、そろそろ置き換えが決まっているというので、敢えてこの列車を選ばさせて頂きました(笑)。

   一気に日本に戻ってきましたね   このまま渋谷へと向かいました!

 まだまだ拘りを見せていた、日本への帰国過程(笑)。またニューヨークには元気を貰いましたね。とてつもない時間を掛けて、やっとこの記事を仕上げられましたが、改めて、ニューヨークを旅している気分になれたのが嬉しかったです。さあ、今度はどのタイミングで向かう事にしましょうか…(笑)。最後まで読んで頂き、どうもありがとうございました!恐らく記事の長さ、写真掲載枚数(約160枚!…笑)とも、大幅に更新されたような気がします。

 ☆エアカナダのHP…http://www.aircanada.jp/

 ※今回は紹介した場所が多過ぎるので、リンク先はカットさせて下さい!

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旅日記 19.(マレーシア、クアラ・ルンプール編…2008.1.28~2.1)
 毎年この時期になると、決まって東南アジア方面への旅行を計画する自分ですが、今年も例外ではなく、今回はマレーシアへと行ってきました。本当は当初ベトナムに行きたかったのですが、希望の飛行機が取れずこちらは断念し、マレーシアになったのです。赤道にかなり近い場所で、日中は30℃を越える日が殆ど…。まさに寒い日本を飛び出して向かうには打ってつけの国だとは思いました。
 しかし、何故マレーシア?…と言われると困ってしまいますが、まずはこの辺りの近隣の国には殆ど行ってしまったというのが挙げられると思います。韓国、中国、台湾、香港、マカオ、タイ、シンガポール、インドネシア…と、確かに、これらとベトナムを除くと、近隣の主要な国で行ってないのは、フィリピン、カンボジア、マレーシアぐらいしか残らないのです(モンゴルとかブルネイとかはやはり行きにくいので…)。フィリピンは個人的にまだ行く気にはなれず(笑)、カンボジアも普通はタイとかベトナムとセットで行く場所なので、もしかしたらマレーシアには行くべくして行く状況になっていたのかもしれません。
 ただ、何もそんな消極的な理由だけでマレーシアに決めたわけではないです。前から興味を持っていた国ではありました。自分は以前シンガポールに行った事があるのですが、ここはマレーシアから独立した国ですから、雰囲気的には近いものがあるのかもしれません(実際には全然違いましたが…)。ここでの印象というと、“大都市”というものと、“本当に色々な民族が住んでいる”というもので、殆どが華人と言われる中国系なものの、マレー系はいますし、インド系も多いですし、歴史的背景からイギリス人も多いですし、場所柄オーストラリア人もよく見ました(欧米人は観光客が殆どかも)。そして驚いたのが、宗教的にもそれぞれがしっかりとしたものを持っていて、それらが上手く共存しているという事でした。華人が多いので、割合的には仏教徒が多いのですが、イスラム教やヒンドゥー教も結構いますし、もちろんキリスト教の人も多いです。しかし、これらに対する争いは聞いた事がありません。何よりも街中で、モスクの隣に仏教の寺院があっても成り立っていましたから、これこそが“共存”だと強く思ったものです。
 こういった文化は日本では見られないので、当時凄く新鮮に映った事を憶えています。そして、多民族ではなく“複合民族〔マレーシアでまず驚いた事参照〕”という事にとても興味を惹かれました…。マレーシアではもちろんマレー系の人達が半分以上を占めるので、国教はイスラム教となっているのですが、よく考えたらイスラムの国というのも自分はまだ未経験でした(インドネシアはイスラムの国ですが、自分が行ったのはバリ島で、ここだけはヒンドゥー教の文化なのです)。そして、色々な宗教がこの国では共存しているわけで、、、と考えると、やはりこの目で見てみたいという気持ちが生まれてくるのも当然です。心をゼロにして、マレーシア文化を体験してみる事にしましょう!


 ●成田空港『ナリタ5番街』

 …とは言っても、最初の話題はというと成田空港からです(笑)。今回成田空港では第2ターミナルを使わせて頂きましたが、そしたら昨年の4月にオープンした『ナリタ5番街』は紹介せざるを得ないでしょう。以前このブログで新しくなった第1ターミナルを紹介しましたが〔旅日記 7.(韓国編・…2006.10.18~10.21)参照〕、今度は第2の方のターミナルがリニューアル・オープン…という事です。

   洗練された空間が特徴です

 本館の出国審査場を出たエリアにそれはあり、世界的に有名なブランド・ブティックや総合免税店が新たに16店舗も増え、それは一大ショッピングゾーンと言っても差し支えない程の充実さです。その名の通りニューヨーク5番街を連想させる華やかな雰囲気が特徴で、第1ターミナルの免税エリアの雰囲気が『和』ならば、こちらは『洋』といった感じでしょう。曲線を生かした配置は特に新鮮で、あの奥には何があるのだろう…と、訪れる人の興味を惹きたてる事にも貢献しているかのようです。そしてその曲線に沿って、グッチ、バーバリー、ティファニー、エルメス、カルティエ…。キリがありません(ついでに、グッチ、バーバリーは国内の空港では初出店だとか)。
 もちろんタバコや香水等を扱う免税店も充実してますし(個人的には、日本の空港の免税店というのは世界でもトップレベルの安さだと思っています)、カフェやバー、マッサージの店などもあります。また、中にはネットカフェもあり、無料でパソコンをチェック出来るというのは良い進化かもしれません。よく、国際線の空港では出発時刻の2時間前に到着するように…等といわれますが、これらを全て見回るには2時間では絶対足りません。日本人はどうやら、空港にはギリギリで着くパターンが多いようですが、海外では空港で長時間を過ごすというのが当たり前だったりします。これは、そんなに急がない性格だから…というのもありますが、何よりも空港の施設が充実しているからです。海外の主要空港では、空港自体を儲かるビジネスと捉えていて、集客の為の施設拡充への投資を積極的に行っています。空港を“ただ過ぎる所”…ではなく、“飽きさせない場所”…と考えており、世界中のトラベラーからも評価の対象となっていたりするのです。
 その点では、日本の空港はかなり出遅れていた感があったのですが、ここにきて第1、第2ターミナルの双方のショップが完成した事で、少しずつ世界の標準に近付いてきたのではないでしょうか。しかし、これも利用する人がいなくては意味がありません。もし今度成田空港を使われる事があるならば、少し早めに出掛けてみては如何でしょうか?


 ●マレーシア航空でマレーシアへ…

 今回利用した航空会社は、現地マレーシアのフラッグキャリアでもあるマレーシア航空でした。飛行機もわりと新型のものを使い、設備も高品質、サービスも世界的に評価が高いのですが、どうも地味なイメージが離れないというのが一般的な印象らしいです(笑)。元々同じ航空会社だったシンガポール航空が、世界的にトップの人気を保っているというのは、やはり宣伝効果の違いなのでしょうか。マレーシア航空は今回初めてで、シンガポール航空は自分はまだ乗った事がないのですが、マレーシア航空のサービスは結構良かったと思いました(…また、日本ではその航空券の安さと路線数の充実さから、格安航空券の友としても親しまれています)。

   尾翼のデザインは、マレーシア凧がモチーフ   到着前の、軽食サービス中

 機内に入った瞬間に、何となくエスニック的な匂いを感じたのですが、これもマレーシア航空ならではなのかもしれません(笑)。成田線に投入されている機材は全てパーソナル・モニターが設置されていて、映画や音楽等、全てオンデマンド方式(早送りや巻き戻しが可能)が楽しめるのも嬉しい事です。音楽ではCDのアルバム自体がプログラムに入っており、自分で好みの曲順で聴けるというのも素晴らしいです(ジャズのカテゴリー全14作品の中で、チック・コリアのアルバムが唯一2作品もあったのが気になりました…笑)。
 そして機内食も見逃せません。イスラム教のお国柄、豚は一切使ってないようですが、この日はエコノミーでも3種類から選べ、2種類選択が基本の機内食からすると、他社よりも1歩リードしているのではないでしょうか…。飲み物も、運ばれてきたトレイから自分で選ぶというスタイルがあり(食事時は普通にワゴンで来ます)、こちらはイギリス的な感じとでも言いましょうか…。乗ってて気持ち良いサービスだったように思います。

   自分は飲み物に白ワインを選択しました♪

 ところで、自分は今マレーシアのクアラ・ルンプールに向かってはいますが、この便は直行便ではありませんでした。マレーシアという国は、大きく分けるとクアラ・ルンプールのあるマレー半島と、ブルネイとインドネシアも国土を所有するボルネオ島という、2つの地域から成り立っているのですが、この飛行機はまずボルネオ島にあるマレーシア第2の都市、コタ・キナバルに寄航し、その後クアラ・ルンプールに向かうというスケジュールになっていました。成田からのマレーシア航空便は1日2便が設定されており、後に出発する1便のうち週に2日だけがこのコタ・キナバルを経由するのですが、自分は丁度それに当たってしまったわけです。もちろん直行便よりも時間は掛かってしまいますが(3時間ぐらい余計に掛かります)、今回は特に急いだ旅行でもなかった為、むしろ色々な場所(空港だけですが)に行けて面白そうだと思ってしまいました(笑)。
 そんなこんなで成田から約6時間でコタ・キナバルに着きましたが、降りた瞬間に(乗り継ぎ客も、空港内なら飛行機から降りても良いのです)熱気と湿気が自分を襲いました。こちらの気温は、日が沈んだにも関わらず30℃を超えようとしていて、自分の身体も驚いてしまった感じでしょうか。空港ターミナル自体は小さな感じで、出発までの1時間強を持て余してしまいそうでしたが、こういった気だるい雰囲気も悪くなく(そんなにクーラーも効いていない感じでしたし…)、気分転換がてら、まったりと過ごさせて頂きました。

   アジアの雰囲気が満点だったコタ・キナバル国際空港

 そして、やがてクアラ・ルンプールへ向けての準備も整い、コタ・キナバルを後にしましたが、ここから乗ってきた乗客もいたものの、降りた乗客の方が多く(その殆どが、ゴルフバックを抱えた日本人観光客でした)、機内はかなり空いた状態になってしまいました。この飛行機は、横に2・5・2人の座席配置をしていますが、自分は5人掛けの部分に座っていたものの(つまり窓側ではなかった…)、同じ5人掛けの列には他に誰もいなくなってしまいました。これは、やろうと思えば座席の手すりを上げて、この横1列を使って横になる…という行為も可能でしたが、とりあえず止めておきました(笑)。また、後ろを見てみると、自分の列から4、5列後ろまでの5人掛けも、殆ど誰もいなかったようで、久しぶりに空いている飛行機を堪能することが出来ました。なんだか心にも余裕が生まれ、気持ちだけではありますが、なかなか優雅な時間を過ごせたと思います。

   久しぶりに、こんなに空いた飛行機に乗りました   巨大なターミナルを持つ、クアラ・ルンプール国際空港

 さて、コタ・キナバルを出てから約2時間半、機体はクアラ・ルンプール国際空港へと無事到着しました。ここはあの建築家の故・黒川紀章氏がデザインした空港としても有名なのですが、とにかく大きい空港…という印象も負けじと強く残りました…。ターミナルの天井には、ランダムに置かれた照明が空間を明るく見せており、その天井も木目調のものなのか、どこか暖かいものを感じさせてくれます。この空港については最後に触れるとして、まずはクアラ・ルンプール市内へと足を進める事にしましょう!

 空港に着いたのは定刻の22:15。若干ウロウロ(笑)していたのと荷物受け取りの関係で、空港を出れたのは何だかんだで22:45頃でした。この空港はクアラ・ルンプール市街から約77kmも離れているので、ホテルに着くのはかなり遅くなりそうだな…と思っていたのですが、予想に反して約50分ぐらいでホテルに着いてしまいました。一体迎えの車はどれくらいの速度で飛ばしていたのやら…。
 ホテルの部屋に入って、少し落ち着いてきた頃には、時計は既に24:00を回っている頃でした。さすがにこの日は10時間以上の長い行程だったため、身体には疲れが出ていましたが、ここは頑張って夜の屋台にでも繰り出す事にしましょう。幸いホテルの近くには屋台が沢山出ている場所があり、ここでマレーシアでの最初のご飯を頂く事にしました。

   夜でも賑やかだったアロー通りの屋台街   このビールの1杯が最高の時間なのです(笑)

 深夜という事で少し軽め?にし、自分はチャーハンと鳥?のスープ、そしてビールをチョイスしました。暑い気温の中で飲むビールというのは最高で、それはこの日の疲れを忘れるぐらいと言っても過言ではありませんでした(本当、頑張って良かった…笑)。ほんの数時間前までは寒い気候にいたわけですから、この感動はマレーシアに来た初日でしか味わえないでしょう。思う存分“初日”を満喫し、次の日からの探索に備えました。さあ、いよいよマレーシアの観光の始まりです!


 ●KL観光

 クアラ・ルンプールは、マレーシア語で『泥の川の合流地』という意味で、国内では通称“KL”という呼び名で親しまれています。ここからはここでも地元風に、“KL”と呼ぶ事にしてしまいましょう…(笑)。人口は約180万人を数え、マレーシアの首都として、国の中心的役割を果たしています。19世紀中頃、クラン川とゴンバック川という川の合流地でスズが見つかり、以来KLはスズ鉱山の町として栄えるのですが、その掘り出された鉱石を川の水で洗ったため、川には泥水が流れるようになったそうです。市街の中心を流れるこの2つの川は、KL発祥の地に立つマスジット・ジャメのある所で交わり、それがこの町の名の由来となっているのだとか…。マスジット・ジャメは市内最古のイスラム寺院で、1909年に建設されたものだそうです。

   ヤシの木に囲まれているのが何とも南国らしいです

 このマスジット・ジャメがある地域は、イギリス統治時代の面影が色濃く残っていて、19世紀後半~20世紀初頭に掛けて造られた、歴史的・文化的な建物が集まっています。マスジット・ジャメもイギリス人建築家によるものですし、現在は最高裁判所として使われているスルタン・アブドゥル・サマド・ビルもそうです(さすがに同じ人ではありませんが…)。また、この建物の道を挟んで反対側には、広々としたムルデカ・スクエア(独立広場)があり、マレーシアの国旗がはためいているのを見る事が出来ます。独立が宣言されたのは1957年8月31日の事ですから、マレーシア独自としては新しい国なんですよね。だからこそ、これからが楽しみとも言えると思います。

   異文化たっぷりのスルタン・アブドゥル・サマド・ビル   少々分かりにくいですが、掲揚塔の高さは100mにもなります

 近代のKLを象徴する建物として、ペトロナス・ツイン・タワーは見逃せません。高さは452mを誇り、1998年の完成から2003年までの5年間は、世界で最も高いビルでした(世界一に取って代わられたのは、台湾の台北に出来た“TAIPEI101”でした〔旅日記 1.(台湾、台北編…2006.2.19~2.23)参照〕)。ただ、2本のビルが対になっている“ツインタワー”としては、現在でも世界一の高さです。
 ビル自体はオフィスビルなのですが、地上41階で2つの塔が結ばれているスカイブリッジは見学ができ、しかも無料で上れます。しかし、無料だけにここの人気は相当のもので、その日の朝8:00から入場整理券が配られるのですが、人数限定なので9:00頃には無くなってしまう日もあるのだそうです。確かに、自分がここに出向いたのはお昼前の事でしたが、既に配布終了との案内がなされていました…。

   “ISETAN”の表示に注目です!

 KLの町のシンボルだけに、ここを訪れる人は多く、観光客はもちろん、地元の人も常に一杯いう感じです。この建物の6階までがスリアKLCC(Kuala Lumpur City Center)という巨大なショッピング・センターになっているのも人が集まる理由の1つかもしれません。このスリアKLCCには、日系の伊勢丹や紀伊国屋も入っているのですが、KLの象徴であるツインタワーと“ISETAN”の文字の組み合わせは、何となく面白くも感じました(伊勢丹の買い物袋も、日本と同じ物でした…笑)。
 このビルを見て分かるように、今マレーシアは物凄い勢いで発展が進んでいるのですが、それによる問題点も無いわけではありません。今回それを強く感じたのが“渋滞”です。特に夕方の時間帯が酷く、信号が変わっても進めない車が現れてしまう始末です。道のどちらか一方だったらまだ分かるのですが、場所によっては両車線で渋滞という事もしばしばあり、交通機能の向上にも力を注いで欲しい感じはしましたね…。

   救いようのない渋滞です…   これも生活の知恵なのか…?

 この渋滞には、大通りをちょこまかと走行している多量のバイクの存在も無視できません。ところで、このバイクに乗っている人をよく観察してみると、ジャンパーを後ろ前に羽織って運転している人達が多いのに気付きます。これが実は“マレーシア流”のバイクの乗り方らしく、普通に着たら走行中にジャンパーに空気が入って膨らんでしまう…とか、腕や身体の前面部を覆う事で、雨や風を避ける為…とか、その理由には色々な説があるようです。基本的に、マレーシアの車やバイクは運転が荒いのですが、どうやら自分の身を守る…という考えは一応あるようですね(笑)。大都市以外では横断歩道などは滅多に無く、赤信号でも人は道を渡ってしまいますし(…最初は躊躇しますが、慣れたのかいつの間に自分でも当たり前のようにやってました…笑)、仮に渡っていた人がいたとしても、車はスピードを緩める事はあまり無い…という交通事情ですが…、1つ勉強になりました。

   後ろに見えるのはKLタワーと呼ばれる通信タワーです

 これを見て分かるように、マレーシア、特にKLは発展途上の段階にあると言っても良いでしょう。ただ、近代的なビルは建ち並んでいるものの、人々の意識はまだ追い付いていない…といった感じもありました。マレーシアは2020年に先進国の仲間入りを目指すとしており、確かに、それは視覚的にはもう実現してしまったかのようです。しかし、今後はソフト面での充実が課題となってくる事でしょう。色々な問題を抱えていそうではありますが、だからこそ将来を見てみたいという気持ちもあります。今後、想像以上の魅力を引き出せる程の潜在能力を秘めている…KLはそんな町だと思いましたね。


 ●複合民族国家

 何度も書いていますが、マレーシアの国の事情を表す言葉として、“複合民族国家”というものがあります。とにかく色々な人がいて、そしてそれぞれに独自の宗教(教え)があり、独自の文化が形成されているという世界…。KLを観光しているだけでも、それらの文化が垣間見える瞬間が幾つもありました。ここではそれらをまとめて紹介していきたいと思います。

   ・バトゥ洞窟

   確かに神々しいものを感じます…   この段数はもう苦行に近い…?

 KLから北に13kmの所にあるこの洞窟は、ヒンドゥー教の聖地ともなっています。入口にも寺院があるのですが(ここの横に建てられたムルガン神像の高さは42,7mで、世界一の大きさだとか…)、そこを抜けて272段のキツい階段を上がると、予想外の大鍾乳洞が待ち構えています。ここの内部には至る所にヒンドゥーの神々が祀られており、聖者スブラマニアンも奥のメインの寺院に祀られています。
 階段はキツい意外の何ものでも無いものの、この先の大鍾乳洞には驚かされます。あまりにも広いその空間の中ではコウモリ(恐らく)が右へ左へと飛び交い、所々に陽光が差していて、なかなか幻想的な雰囲気を醸し出しています。更には内部ではヒンドゥーっぽい音楽が常に流れていて(宗教音楽なんですかね…)、階段を上り終えた疲労感もあって、天界にでも来たのではないかという錯覚を起こします(笑)。

   正に“大”鍾乳洞です   左奥に見えるビル群の更に左にツインタワーがあります

 参拝客はもちろんインド人が多いのですが、欧米人や中国人など、観光客が結構多かったのは印象的でした。中にはタイのお坊さんっぽい人までいて、デジカメ持参で階段を頑張って上っているという姿は自分は忘れられません(笑)。とにかく、KLの定番の観光地となっているのは確かでした。
 バスでも行ける場所ですが、タクシーが安いのでこちらで行く事をお勧めします(マレーシアの路線バスは本当に分かりにくいです)。メーターで行くと安いのですが、なかなかそういったタクシーも少ないので、言い値の半額ぐらいで交渉すると良いと思います(特に観光地では、かなりの値段を吹っ掛けられるので)。ついでに、タクシーの初乗りは2RM(マレーシア・リンギット…1RM=約33円)…。日本に比べると相当安いですよね。
 自分はまず、後述するKLモノレールでティティワングサ駅という、KLでも北側の方に位置する駅に抜け、そこからタクシーを拾って向かいました。この時はメーターで行ってくれて、約10RM(約330円)でしたが、帰りは案の定客待ちのタクシーと交渉になってしまい、次に向かう予定だったツインタワーまで25RM(約830円)と言われてしまいます…。自分はまだまだ交渉能力に乏しく、なんとか20RMには下げましたが、距離的には15RMで行けたと思います。道が混んでいたので仕方が無い…という前向きな思いは抜きにして、これはアジアを旅する上で、自分の今後の課題になりそうですね(笑)。

   ・スルタン・サラフディン・アブドゥル・アジズ・シャー・モスク

   ローカルな雰囲気が漂っていたKTMのシャー・アラム駅   前に停まっている車と比べると、その大きさがよく分かります

 KLセントラル駅からKTMコミューター(マレーシア国鉄の近距離鉄道部門)で約40分(2,5RM…約80円)。シャー・アラムという所にある“スルタン・サラフディン・アブドゥル・アジズ・シャー・モスク(長いので、以下は通称でもある“ブルー・モスク”と書きます)”は、マレーシアでは最大の、世界でも4番目の規模を誇るモスクです。
 ガイドブックにはKTMのシャー・アラム駅から徒歩20分…と書かれていたのですが、これはかなり大きな間違いで、軽く40~50分は要しました…。しかも、歩行者用の道があるのか無いのかよく分からず、時には車道のみの道の脇を歩かざるを得ない場面もあり(しかも日中は30℃を越える炎天下)、やはり駅からはタクシーがお勧めでしょう。10分弱で着きますし、5RM(約160円)前後で行ってくれると思います。
 このモスクは大きい事もそうですが、ブルー・モスクと言われているだけに、美しい!…というのがやはり第一の印象でしょうか。青と白で造られた外観と、周囲の緑の風景が相まって、より建物を目だ立たせます。高さ100mを越えるドームを囲む4本のミナレットの高さは約140mで、これは世界一の高さだとか…(何だかマレーシアって世界一の大きさとか高さとか…好きですよね…笑)。
 ここの礼拝堂はイスラム教徒以外は見学できないのですが、その他の場所なら可能です。ただ、イスラム教のドレスコード、即ち女性は肌や髪を隠し、男性も半パンやタンクトップ等ではいけないというルールに従わなくてはなりません(入口でガウンを借りられます)。ただ、入口にいた人はわりと感じの良い方だったので、そんなに神経を尖らせる必要もないと思います。
 周囲は静かな町という感じで、建物の内部を歩いているだけでも心が顕れる気がしました。時折り礼拝をしに来ている人も見受けられましたが、基本的には静寂がそこを支配している感じでした。ただ、このブルー・モスクの収容人数は24000人が可能という事ですから、やはり大きなモスクには違いありません。イスラム教というものがマレーシア人々の生活に根ざしている…というのを直接肌で感じる事が出来る場所だと思います。

   ・関帝廟

   チャイナタウンに忽然と現われる関帝廟   線香の煙が辺りを覆います

 こちらはKLのチャイナタウンにある中国風の建物“関帝廟”です。三国志を知っている方なら御存知かと思いますが、関帝廟というのは三国志の英雄・関羽を祀った廟で、いわば商売の神様です。日本にも横浜中華街等にあるので、お馴染みかもしれません。ここにも参拝に来ている人は多く、やはり華人だけに留まらなかったのが興味深かったです。

   ・スリ・マハ・マリアマン寺院

   また夕刻だと違った趣きがありますね   何となく自分は場違いとも感じてしまいます…

 ここは1873年に建てられた、マレーシア最大のヒンドゥー寺院です(現在の建物は1999年に改装されたものです)。極めつけなのは、先ほどの関帝廟のほぼ対面にこの寺院があるという事で、これこそ複合民族国家の象徴なのではと思ってしまいます。
 ここではさすがにインド人ばかりでしたが、もちろんそれ以外の人も見学できます。ただ、ヒンドゥーのルールに則り、山門の前で靴を脱いで入らなくてはいけません。中にはもちろん色々な神が祀られていて、ヒンドゥーの事に関しては予備知識が少なかったので、自分は訳も分からず的な感じが強かったのですが、参拝に来ている人はそれは皆熱心に祈りを捧げているようで、とても興味深かったです。
 毎年1~2月には(今年は1月22日から3日間、)ヒンドゥーの祭りで“タイプーサム”というものがあり、ここからバトゥ洞窟まで、信者達が体のあちこちに針や串鉄を刺して行列を行うのですが、これは説明するまでも無く強烈です…。自分は写真でしか見ませんでしたが、自虐的としか思えないほどに肉体を痛めつけ、徳、勇気、若さ、美を象徴するムルガの神に祈りを捧げるという行為…カルチャー・ショックとは正にこの事かと思いました。

 このように、マレーシアに3日間いただけでも異なる3つの宗教の文化を垣間見れた分けですが、やはりお互いを尊重しているというか、特に争いが起きていない状況には感心させられました。イスラム教の女性と中国系の女性では、見た目にも全然違うのですが(イスラムの女性は髪を隠し、体のラインが出ない服を着るのに対し、中国人女性はわりとタイトな服を着ています…例外もバンバンいますが…)、そんな外見は気にせず、誰もが普通に色々な言葉で会話しているというのはある意味新鮮でした。…というか、すぐに見た目に偏見を持ってしまう自分達(日本人)が恥ずかしくなるくらいでした。もちろん国民性というのもあるのだと思いますが、そこは自分達も見習うべき点なのかもしれません。

   KLのショッピング・センター、“ベルジャヤ・タイムズ・スクエア”にて…ついでに、オブジェの耳とまぶたは動きます(笑)

 そして、マレーシアの各地で見られたのが旧正月(中国の正月…今年は2月7日)の装飾です。デパートや街中など、本当に派手に飾られていましたが、これらは皆が楽しんでいる雰囲気がありました。もちろんイスラム暦の新年(今年は1月10日)もあり、マレーシアには民族毎に祝祭日があるのも特徴だと思います。ヒンドゥー教の祝日もありますし、もちろんキリスト教であるクリスマスも祝います。これらは、自分の祀る神様でなくてもお互いに祝福しあうのが“マレーシア流”らしく、日本とは異なる事情があるにしろ、羨ましい環境だとも思いましたね。


 ●KLの鉄道

 KLの移動手段で、最もお世話になるのは鉄道でしょう。詳細な路線図が無いバスや、時には値段交渉も必要なタクシーよりは格段に使いやすいです。その鉄道には色々な路線がありますが、どれもわりと新しい時期に開通しており、乗り方も日本と似ている部分がある為、自分は安心して何回も乗っていました。それらを見ていきたいと思います。

   ・KLモノレール

   KLらしい光景をおさめました!   KLモノレール駅での“お知らせ”表示は5ヶ国語で…

 2003年に開通した、KL市内では最も新しい鉄道です。モノレールという特殊な形態ではありますが、これまで鉄道が通ってなかったブキッ・ビンタン周辺(KL一の繁華街です…日本人がよく利用するホテルも、大体がこのエリアにあります)を網羅しているので、観光客は一番お世話になる路線だと思います。また、道路の上を滑るように走り、殆どが高架路線になっていて眺めが良いので、これに乗るだけでKL観光が出来てしまうような気もしました。
 実際、駅構内の案内には日本語も書かれており、かなり観光客を意識した路線である事も窺わせてくれます。ただ、車内は狭く、時間帯によってはかなり混むので、大きな荷物を持っている人には不向きかもしれません…。それでも、ブキッ・ビンタン駅からKLセントラル駅までを約8分で結ぶというインパクトは大きく、それまで頼っていた路線バスより大幅に時間は短縮されたと思うので、大いに“使える”交通手段だと思いました。

   ・LRT

   プトラLRTのパサール・スニ駅にて   こちらの列車はスターLRT

 LRTは“Light Rail Transit System”の事で、あまり日本には馴染みの無い名前ですが、日本流に言うならば“新交通システム”という感じでしょうか。KLには“スターLRT”と“プトラLRT”の2路線があり、前者が1996年、後者が1998年と、やはりどちらも最近の開通となっています。
 どちらもよく混雑しており(特に、“プトラLRT”は観光地を幾つか通るのですが、2両編成の為に常に混んでいるイメージがあります)、沢山の利用がある路線に成長しているようです。プトラLRTは開通が新しい事もあってか無人運転で、高架を走ったり地下を走ったりと、乗っていてなかなか面白い路線だとも思いました(もちろん前面展望もOKなので…)。

   ・KTMコミューター

   KTMコミューターのシャー・アラム駅にて   KL近郊でお世話になるのが、このKTMコミューターです

 KL市内から少し外れて、シャー・アラム等に行くのにお世話になるのがKTMコミューターです。これは、後述するマレー鉄道(マレーシアの国鉄…正式にはマラヤ鉄道と言います)の近郊路線部門で、東京で言えば高崎線や宇都宮線のイメージでしょうか。路線は2系統あり、KLセントラル付近では数駅分、同じ区間を走ります。大体1路線に付き15分~20分間隔で運転している為、KLセントラル駅では約10分間隔といった感じで、あまり待たされるイメージはありません(ついでに、KLモノレールやLRTは4分~8分の運転間隔です)。今のところ3種類の車両があるようで、全てが3両編成でした。車内はセミクロスシート(ロングシートとクロスシートの併用…)で、固定窓、冷房完備(若干寒いくらいですが…笑)と相まって、わりと清潔な車内で快適な乗り心地でした。

   駅ビル直下にあるので、地下駅のようなKLセントラル駅   こちらがかつてはメインだった、その名もクアラルンプール鉄道駅

 ところで、今でこそKLの中心駅はKLセントラル駅ですが、2001年までは別の駅が中心駅として機能していました。それがクアラルンプール駅で、KLセントラル駅からKTMで1駅のところにあります。1885年にマレーシアに初めて鉄道が通った時、ここクアラルンプール駅は開かれ、今の駅舎が完成したのが1911年の事…。その時から2001年にKLセントラル駅が完成するまで、国際列車(タイやシンガポールを結んでいます)や長距離列車の発着する駅として使われていて、KLのシンボル的存在でもあったそうです。今でこそKTMコミューターしか停車しない、ただの中間駅となってしまいましたが、優美な姿を見せる駅舎は未だ健在で、広々とした駅構内も当時を思わせてくれるには十分です。また、この駅舎にはホテルが入っていて、クラシカルな雰囲気でお客を迎えてくれるのですが、意外にも宿泊は100RM(約3300円)~と、なかなかリーズナブルな値段でした。

   クアラルンプール鉄道駅外観…歴史を感じさせます   駅舎内は、ちょっとした展示物も置いてありました

 KLセントラル駅が開業した背景には、当駅とKL国際空港を結ぶ“KLIAトランジット”…という鉄道の開業があると思うのですが、こちらは乗る機会が無かったので、今回はここまでの説明とさせて下さい。ただ、最高速度は実に160km/時を誇り、空港駅とKLセントラル駅を28分で結ぶ俊足っぷりは、いつか乗ってみたいと思わせるに相応しい路線だとも思いました(前述の通り、空港から市内は70km以上も離れています)。

 さて、このように色々な種類を見せる鉄道ですが、やはり不便と感じる部分も少なくなかったです。まず、利用すれば誰もが思うだろうという事が、切符購入の煩わしさです。一応、自動券売機という物はあるものの、2つに1つくらいの割り合いで壊れていて(お釣りが出ない、お札が使えない…等)、しかも、故障してなくてもお札が1枚しか使えないというシステムな為に、何とも使えない代物なのです。実際この自動券売機を見ていると、これらを利用している人など殆どいなく、大体が有人の窓口へと足を運んでいます。なので常にこれらの窓口は混んでいて、1回1回切符を買うのに、非常に面倒な思いをする事が多々あるのです(ついでに、KLモノレールは有人の窓口しかありません)。
 そして、ここに挙げたKLモノレール、スターLRT、プトラLRT、KTMコミューター、KLIAトランジットの各路線はは全て別部門で、乗り換える時にはいったん改札を出て、また新たに切符を買い直さないといけないのです…。これが本当に面倒臭く、特にKLモノレールの駅は他の路線と離れている場合が多いので、何とかならないか…といった感じです。どの路線もここ10年で完成したものばかりですが、ハードだけが進展していて、ソフト面では追い付いてない…といった印象も受けました。今後の発展に注目したいところですね。


 ●マレー鉄道でマラッカへ…

 マレーシアの観光地として“マラッカ”という町が有名なのは、今のマレーシアの原型を作ったマラッカ(ムラカ)朝の繁栄を支えた“マラッカ海峡”が背景としてあるからでしょう。季節風を利用した東西への貿易船がここを行き来し、マラッカもシルクロードに匹敵する海上の道として発展したのです。その代わり、アジア侵略を目指していたヨーロッパ勢の格好の標的になった事も事実で、今でもその名残を留める建物・文化が多くあるとか…。これは是非行ってみたい所だと、KLに着いた日から思っていたのですが(若干遅いですが…)、KLからの距離は南に約140kmといった感じで、気軽に…というわけにはいきません。それなりに行き方を自分なりに検討し、旅行中の3日目、行きは鉄道、帰りはバスという行程で周ってみる事にしてみたのです。

 140kmという距離は、東京を基点に考えると富士くらいまでの距離なので、まあ言うほど遠くはないかな…という感じですが、行きに使ったマレー鉄道というのは、そう気軽に乗れるものでもありません。無論、先ほど紹介したコミューター部門なら便利なのですが、他の長距離部門の列車はというと、とにかく本数が少ないのです。
 実際この日の運転本数を見ると、朝に1本、昼に1本、夕方に1本、夜に1本と、1日4本のみの運行です(ちなみに全て急行列車という種別です)。これでは乗り遅れては大変ですし、当日行って満席の場合はどうしたら良いのかという感じです(自由席もあるのですが、ちょっと豪華に行きたかったので…笑)。なので、乗車日の1日前に駅で事前に指定席券を購入し、当日は遅れないように心に決めて朝を迎えました。

   モノレールの線路が行き止まりになっている事が分かります   電光表示板にも1日分の列車全てがが表示できてしまいます…電光表示板の右側が出発時刻、左側が到着時刻です

 しかし、結果的には駅に着けたのはギリギリでした。ホテルの最寄駅はKLモノレールのブキッ・ビンタンという駅で、ここからKLセントラルまでは乗り換え無しで10分弱なのですが、KLモノレールがなかなか来なかったのと(時刻表等は無いのです…そして、急いでいる時に限って来ないという法則…笑)、KLセントラル駅はモノレールの駅だけ離れた所にあり、予想以上に時間が掛かってしまったのが理由です。まあ、朝起きたのが遅かったのが最大の理由だったのですが(笑)、とにかく間に合って良かったです。なにせ、自分が乗る8:15発の次の列車は、14:10発だったのですから…。

   タンピンまでのチケットと、車内で配られたミロ   1等車の車内

 今回自分は生意気にも1等車を選ばせて頂きました。この列車には1等車、2等車、エコノミー車が連結されているようで、一応この中では最上級のクラスの車両となってますが、これでも目的地までは27RM(約890円)と安いです。これで2時間ほど乗っているわけですから、やはり日本からしたらお得感がありますよね。ちなみに、それ以下の2等車だと18RM(約590円)ですから、更にお得なのは言うまでもありません。
 1等車は車内が豪華なだけではなく、飲み物のサービスまでありました。…とは言っても、一時期日本でも流行った“ミロ”のパックの物で、些か拍子抜けではありましたが、実はミロはマレーシアでは最もポピュラーな飲み物の1つなのです。へー…と思ったのも束の間、自分は昔からミロはあまり好きではないのを思い出しました。これは残念ながらシートポケットに封印です(笑)。
 さて、KLセントラル駅を出てから(ちなみに、この列車の行き先はシンガポールでした…何とも旅情を誘われてしまいますね…)、列車はしばらくKL市の郊外…という感じの所を走っていましたが、やがて車窓の風景は完全にジャングルの中になってしまいました。これは、マレー鉄道の発展がゴムの輸送だったという事を表しており、確かに、ヤシの林とゴムの林の繰り返しという感じでした。そして、時折り見えるマレー人集落と相まって、凄く癒される風景のように思えてきました。KLから約2時間。なかなか有意義な列車の旅だったと思います。

   タンピン駅にて   タンピン駅外観…のどか過ぎる雰囲気です(笑)

 さて、意外にも?列車は遅れず、所定の時刻でタンピン駅に着きました。…ん?マラッカに向かっていたのでは…と思うかもしれませんが、実はマラッカには鉄道は通っておらず、このタンピンという駅がマラッカの最寄の駅となっているのです。ここからマラッカへはまだ30~40km程南に進まなければならず、後はバスかタクシーという感じでした。
 ガイドブックにも、マレー鉄道を使ってマラッカへ行く方法として、このルートを紹介しており、タンピンという駅が如何にも重要そうな位置を示している感じだったのですが、これが予想以上に田舎…というか素朴な駅で、駅前にスタンド的なお店がある以外には、本当に何も無い感じのロケーションでした。
 そしてそんな駅前には、暇そうに客待ちをしているタクシーが1台…。しかもタンピン駅で降りた客は他に誰もいなかったので、案の定「どこに行く?マラッカか?」と声を掛けてきました。更に続けて、「(駅前の大きな地図を指して)マラッカはまだここから遠い、60RMでどうだ?」と、早速営業モードに入っているようでした。ただ、自分はここから少し歩いた所にバスターミナルがあるのを知っていて、確か2~3RMで行けたはずだったので、「いや、バスで行きたいから…バス・ステーションはどこにあるの?」と聞き返しました。すると「バスは遅いし不便だ」みたいな事を言ってきて、なかなか解放してくれません。この時ちょっと駅周辺を見渡したのですが、やはり見たところ本当に何も無く、少しタクシーに乗る気持ちも傾きかけてきました。そこで「バスだと全然安いよね?だから40RMにして!」と言うと、それだと自分の商売上がったりだ…みたいな顔をされたのですが、結局45RM(約1480円)で行ける事になりました。これでこのタクシーの運ちゃんも、今日の稼ぎが生まれたわけですね(笑)。

   タンピン駅近くの踏切にて…ジャングルの中を線路は走ってます   かなり速度をとばしていたタクシーにて

 しかしこのタクシー、一般道で片側1車線の道なのに相当スピードを出しています。道がすいているからまだ良いのですが、それでも100km/時は出てましたし、車もお古な感じがあって、とてもじゃないですが安全運転とは言い難かったです。やはりアジア特有のものなのですかね…。お陰でガイドブックでは約1時間と書いてあったところを、45分くらいで着く事が出来ましたが…(笑)。…とにかくマラッカに着く事が出来ました。予定では昼頃に着けば良いと思っていたのですが、この元気なタクシーのお陰で、まだ時刻は11:00過ぎくらいです。結果的にはなかなか順調な滑り出しだったように思います。

   マラッカの代表的な場所、オランダ広場にて   これがマラッカ式のトライショーです…とにかく派手です

 さて、タクシーで降ろして貰ったのはオランダ広場と呼ばれる場所で、マラッカ観光の拠点とも言える場所です。オランダ統治時代やポルトガル統治時代を偲ばせる建物が多く残っており、マラッカのシンボル的存在でもあるらしいです。ここはマラッカ名物のトライショー(人力車)が嫌でも目に入りますが(笑)、何と言ってもここのは派手にデコレイトされた車?が特徴です。そして、観光客を乗せると爆音で音楽を流しながら走っていくのがマラッカらしい…のですが(これは1台1台で曲が違って、その内容も様々です)、まあ単純に見ていて面白かったですね。
 そして、この近くの丘の上には、この町が西洋の宣教師達の活動拠点でもあった為か、セント・ポール教会と呼ばれていた教会の跡地があり、日本にも来たあのフランシスコ・ザビエルの像までが建てられています。ここで彼を目にするとは思いませんでしたが、とにかく異国文化が入り混じった町なのだと思いましたね。

   夕日の名所でもあるそうです   セント・ポール教会の内部では観光客もちらほらと…

   丘の上からサンチャゴ砦を見下ろします…そのさらに遠くには、大型ショッピング・ストアで有名なカルフールが…   この付近はちょっとした博物館になっているようです…

 丘の上からの眺めはなかなか良く、1511年にポルトガル軍によって造られた、オランダとの戦いに備え大砲まで造られていたサンチャゴ砦や、その先のマラッカ海峡まで見渡す事が出来ました。そして反対側の麓には博物館もあって、マレー鉄道の車両等が展示してあったのも興味深かったです。

 ここまでがマラッカの前半戦という感じでしょうか。ヨーロッパの雰囲気を漂わす建物が数多く見られたわけですが、もう1つのマラッカの見所としてチャイナタウンがあります。世界にはよくあるものなので、またか…という感じもしますが、ここのチャイナタウンは一味違っていて、やはり複合民族の中のチャイナタウン…という雰囲気になっているのです。付近はお寺や中国風の建物はもちろん、土産物やレストラン、そして実はアトリエをやっている場所も結構あり、特徴的なエリアだと思いました。ただ、今回はやはり街全体が旧正月のムードを漂わせており、やっぱり中国かな?という感じがしないでもありませんでしたが…(笑)。

   マラッカのチャイナタウンも、旧正月ムード満点でした

 そして、やはりマレーシアらしく、寺院は各エリアに色々ありました。予想通りマレーシア最古の寺院と言われるチェン・フン・テン寺院は立派でしたが、個人的に興味深かったのがカンポン・クリン・モスク(写真右下参照)という建物です。やはりマレーシア最古のイスラム寺院らしいですが、東西の建築様式を取り入れた結果、三角の屋根が特徴で、ミナレットまでもがアジアらしい雰囲気を漂わせています。何となく、インドネシア建築に近い印象も受けたのですが、やはり様々な文化の融合の結果なのだと思います。そういった建物が一様に見られるのがここチャイナタウンなわけで、マレーシアらしく、そしてマラッカらしいとも言える所以はこの辺りにあるのではないかと思いました。

   入口の前には露店が出ていたチェン・フン・テン寺院   イスラムのモスクに重要なミナレットがアジア的なのが特徴です

 さて、楽しかったマラッカですが、ご飯も食べ終えてしまうと(もちろん後述します)そろそろ帰る時間が迫ってきました。もちろん特に時間等は決めてないのですが、KLまで2時間以上掛かるのは必至で、この時が15:30ぐらいでしたから、余裕を見て丁度良かったかもしれません。今度はバスで帰ろうと思い、まずはバス・ステーションまで行くバスを探しました。
 バス・ステーションまで行くバス?と思うかもしれませんが、KL行きなど、いわゆる長距離バスと言われる路線はマラッカの街中までは入ってこなく、ここから車で10分ぐらいの所にあるバス・ステーションを発着所としているのです。これは全てのバスに於いてそうなので仕方無いのですが、このバス・ステーション行きのバスがいまいち分かりません。
 実は、先ほど行ったサンチャゴ砦の先には大通りがあって、そこに路線バスが走っているのを何回も見ていたのですが、そのバスの走り方というと、何も無い場所に停まって乗客を降ろし、そしてそのまま走り始める…という感じだったのです。その周辺にはどんなに見渡してもバス停らしき物など無く、要は地元の人ぐらいしか分からないような感じだったのです。そんな光景を見ていたので、これはちょっと上級者向きだなと思い、すごすごタクシーでバス・ステーションまで向かいました。料金は15RM(約460円)で、どうやらこれは正規で決まった料金のようです。ガイドブック通り、10分くらいでバス・ステーションに着く事が出来ました。

   長距離バス・ステーションはショッピング・センターのようでした

 ここはとても大きく、中にはレストランや色々なお店も入っていて、さながらショッピング・センターのようでした。もちろんバス乗り場も広く、KL行きのバスを探すのも大変でしたが、やがてチケット売り場を見つける事が出来ました。どうやらKLまでは数社のバス会社がそれぞれ運行していて、チケットブースには時刻、値段、バスの内装の写真等が見やすく掲載されており、競争が激しい事を思わせてくれました。その中でマレーシア最大のバス会社であるトランスナショナルはやはり人気が高かったですが(本数も30分に1本と、恐らく一番多いです…他社は1~2時間に1本という感じでした)、自分は何となく違うバス会社を選んでしまいました(笑)。値段は9,5RM(約300円)。やはり鉄道と比べると、安さも便利さもバスの方が上なのは否めませんね…。行きに使ったタンピン駅で他に降りる人がいなかった訳がようやく分かったような気もしました。

   バスのチケット売場…やはりトランスナショナルが人気か…   自分がお世話になった KKKL Express のバスです

 バスは予想以上に豪華で、2人掛けと1人掛けのシートが並んでいて、リクライニングの角度も半端ではありません。これで約2時間でKLの中心まで行けてしまうと考えると、確かに普通はバスを選ぶでしょう。道中は渋滞も殆ど無く(KL市内で少し…という感じでした)、途中でスコールにも見舞われましたが、それは快適な行程でした。しかもスコール後には虹も見れましたしね!

   バケツの水を引っくり返したような雨でした…   KL付近の料金所では虹も見えました!

 というわけで、KL市内に着いたのは大体18:40頃でした。マラッカのバス・ステーションを16:30に出たので、概ね2時間という感じでしょうか。バスはプドゥラヤ・バス・ステーションという所に到着し、ここはKLのチャイナタウンまで至近の距離にあります。このままお土産でも探しに行こうかという気分になりますね。

   プドゥラヤ・バス・ステーション付近は空気が悪かったですね

 喉かな町から一転、いきなりアジアの喧騒に迷い込んだという感じで、改めてKLという街の巨大さに驚かされますが、これもマレーシアの魅力と言って良いのだと思います。また、自分で行って、帰ってきたという試みも、KLとマラッカの距離の関係をより深く知る事が出来たという点で良かったと思います。ついでに、このようにマラッカまでの移動は大変と言えば大変なので、KL発のマラッカ日帰り観光ツアーも用意されているのですが、格安を売りにしている某旅行会社の料金を見てみると、日本語ガイド、昼食付きで1人320RM(約10560円)!…今までと桁が違い過ぎます!まあ、どちらが好みかは個々様々ですが…(笑)。


 ●料理もやはり複合民族的

 マレーシアの料理と言えばもちろんマレー料理であって、それはナシゴレン(インドネシアでも有名ですよね)やサテー等に代表されると思うのですが、実はマレーシア料理で大事なのは、マレー系、中国系、インド系に大別されているという事なのです。やはり民族が複合ならば、料理も複合なのでしょうか。つまりは中華っぽい料理が出てきたとしても、それはマレーシア料理の中国系の部分であり、マレーシア料理には違いないという事なのです。色々な民族を抱えるマレーシアならではですが、それらを踏まえて3軒ほど紹介したいと思います。

   ・漢記

   右のパンみたいなものと一緒に食べても良いみたいです   漢字と英語で書いてある看板を右に入ると“漢記”はあります

 これは“Hon Kee”と読むようですが、KLのチャイナタウンにある、お粥専門店の名前です。入口は写真のように非常に分かりにくくて(チャイタウン自体がゴチャゴチャしてますしね)、店内もまた狭く、薄暗い感じです。しかし、ここが有名なのはやはりその味にあるのでしょう。お粥は鶏がらスープで炊いてあり、確かに絶品でありました。ついでに、1杯の値段は3、5RM(約110円)であります。
 店内が混んでいると、注文後にお店の人に違う場所を案内されます。まあ、共用屋台スペースみたいな所に移動するのですが、それが今回は銀行の真ん前だった事に驚きました。窓の向こうでは(カーテンはありましたが)普通に銀行員が仕事しているのが見えるのです。要するに、銀行と通りの間のスペースを“座席”と割り当てているわけですが、この精神こそがチャイナタウンだとも思いましたね(笑)。

   ・Bijan

   大人の雰囲気も漂わせています   マレーシア料理でも上品な部類に入るかもしれません…

 漢記とは180度打って変わってこちらは、知る人ぞ知るマレーシア料理屋、“Bijan(ビジャン)”です。エリア的にはKLの繁華街と言われるブキッ・ビンタンになりますが、そこから更にチャンカット・ブキッ・ビンタンという通りを進むと、西洋風のお店が沢山並ぶエリアに入っていきます。この先に Bijan はあり、この辺りはKLに住んでいる欧米人達が多く利用している地域なのだとか…。急にお洒落なレストランやバーが出てくるので驚いてしまいますが、Bijan もまた雰囲気が良かったです。店内はバルコニー席もあり、夜風にあたりながら食事をするのも良いでしょう。都会の中にあるのに、喧騒とはまるで縁の無い世界のように思いました。値段はそれなりに掛かりますが(…と言っても、日本に比べたらやはり安いです)、それだけサービスが良かったのも事実です。こういう日が1日くらいはあっても良いと思いました。

   ・プラナカン

   マラッカのチャイナタウン内に位置します   入口からの写真ですが、この雰囲気…素晴らしいです!

 こちらはマラッカのチャイナタウンにある、プラナカンというレストランです。中国語表記だと“僑生餐館”…となります(何て読むのかは分かりません…笑)。ここは、マラッカと言えば欠かせない“ニョニャ料理”というものが楽しめるお店で、それ自体は色々な所で味わえるのですが、ここは特に雰囲気が素晴らしいのでお勧めに加えたいと思いました。
 マレーシアと中国の文化が混ざり合って産み落とされたのが“ババ・ニョニャ文化”で、マラッカは特にこの文化が色濃く根付いている地域です。その昔、中国から渡って来た男性と、地元のマレーシア女性とが結婚し、そして生まれた子孫のうちの男性をババ、女性をニョニャと呼んだみたいですが、彼らの生活スタイルで特徴的なのがマレーシア語を話し、食文化や衣服もマレースタイルを取り入れているのに、冠婚葬祭には中国古来のスタイルを取り上げるという事です。つまり、彼らはマレー人化してイスラム教徒になる事はなく、マレー文化を取り入れた華人…として生活しているのです。これこそマレーシアらしい文化とも言えるもので、そこから生まれるスタイルも独特なものが多いのだとそうです。ついでに、プラナカン…とは、ババとニョニャの総称だそうです。

   ニョニャ料理の一部です…そしてオレンジジュースが美味!

 そこで出てきたのがニョニャ料理です。見た目的には普通の中華料理、マレー料理なのですが、味付けが濃くなく、辛くなく(一部は辛いですが)、スパイシー以外の味に、酸味、甘み、そしてハーブの香り等が漂っていて、確かに融合料理なのだと思わせます。上の写真は、手前がチャプ・チャイという湯葉とキクラゲの味噌炒め、奥はニョニャ風のチキンカレーです。見た目以上にあっさりとしていて、最初は不思議な味だと思いますが、日本人には合うかもしれません。自分はクセになる好きな味…という感じで、とどめのオレンジジュースのフレッシュっぷりにも感動させられました(それはニョニャ料理とは関係無いですが…笑)。

 よく考えたら、マラッカのチャイナタウンのあの独特な雰囲気は、このババ・ニョニャ文化によるものなのかもしれません。中国っぽいんですけど、どこか小奇麗にまとまった感じがあるというか…。そういえば、建物の色使いもそんなに派手ではありませんでした。古き良き時代に思いを馳せながら、美味しいニョニャ料理を頂く。この街では時間が遅く流れている感覚もあって、最高の贅沢を味わえたように思えました。


 ●KLIA Airport

 さて、マレーシアという国も存分に楽しみ、いよいよKLを後にする時がやってきました。しかし最後の最後まで楽しませてくれるのがKLです。飛行機利用なら誰でも通る場所、クアラルンプール国際空港…、通称“KLIA”(Kuala Lumpur International Airport)を紹介しなければ、KLの旅日記は終われません!
 KLIAはセパン空港とも言われていますが(“成田”空港…的な呼び方で、ここも本来は新東京国際空港…と名付けられていますので…)、1998年に、それまで手狭だったスバン空港というものに代わって造られた空港で、とにかく広い!…というのが自慢の空港でもあります。実際、空港敷地面積は最終計画では1万ヘクタールになるそうで、これは成田空港の14倍の広さです。現在は4000mの滑走路が2本ですが、最終的には4本造られるとかで、100年先の需要にも対応できているのは日本からしたら羨ましい限りです。実際バスで空港に向かうと、バスは100km/時ぐらいの速度で飛ばしているにも関わらず、空港らしき建物が見えてから実際に着くまでに時間をかなり要します。

   実は柱は空調の吹き出し口の役目も果たしています   サテライトも相当遠くにある事が分かります

 広いのはターミナルなど、空港内の建物にしても同様で、まず管制塔の高さが118mで、建設当初は世界一(現在はタイのバンコクに新しく出来たスワンナプーム国際空港にある管制塔が132mで、こちらが世界一となっております)、ターミナルビルと国際線のサテライトはかなり離れていて、無人運転の新交通システムで移動する感じです。しかしこのゴムタイヤ駆動の車両は空港内にある乗り物としては相当速く、時速50~60km/時で走ります。東京都内の電車並みです(笑)。ついでに、成田空港の第2ターミナルにも同じ様な車両が行き来してますが、こちらは20km/時程度しか出しません。いかに速いかが分かります…というか、それくらいのスピードが要求されているくらいに広いという事です。
 そういえば、この空港に初めて飛行機で着いた時の事を思い出すと、通常飛行機の着陸後というのは、主翼上部に装備されたスポイラーと呼ばれる補助翼を立て揚力を完全に無くし、いわゆる逆噴射と呼ばれるシステムでブレーキを得たりするのですが、この時ばかりは着陸した余力でターミナルに向かう…という感じでした。滑走路進入の向きにもよりますが、とにかく飛行機に乗っていても広々としている感覚は伝わってきたのです。

   サテライトの中央部分は自然光で美しいです!…ついでに、左下のガラスの枠がターミナルビルへの列車乗り場です   広いが故に、閑散としているようにも見えてしまいます…

 何だか広さだけに目に行きがちですが、もちろん広いだけではありません。ターミナルビルを含む空港建設は、最初にも言った通り黒川紀章が担当、コンセプトは「森の中の空港、空港の中の森」で、ターミナル内には南国の木々が配されていて、特に国際線サテライトの中央部分にある“森”は見せ場の1つです。
 サテライトは十字の形になっていて、ターミナルビルからの車両はその中央付近に到着します。ここから搭乗客は案内に従って、それぞれの十字部分にあるゲートに向かって行けば良いので、動線的には非常にシンプルなのです。また、ゲート探しに迷っても、十字の中央部分に戻れば探せ直せますし、何よりも十字の中央に先の森がありますので、目印としても役に立っているわけです。デザインもさる事ながら、機能的にも考えられているのは素晴らしい事だと思いますね。
 ただ、実際空港を利用すると分かるのですが、まだまだ利用者数は少ないというのが第一印象で、せっかくの立派な施設を持て余し気味…という感じも受けました。ここで目にするのは、地元マレーシア航空とエア・アジア(アジアでは格安でとても有名な航空会社です…)が殆どで、乗り入れ本数も他のアジアの国々(シンガポール、タイ、香港)に比べると全然少ないです。
 それでいてターミナルは広いので、各々の場所(チェックイン、税関、免税店、レストラン等)で並ぶなんて事は皆無に等しく、どちらかというと常に閑散としているイメージの方が強いです(自分からしたら有り難い事ですが…笑)。しかし、今後はアジア内の空港のライバルに躍り出る事は必至で、2020年に先進国の仲間入りを果そうとしているマレーシアを象徴する空港だと、自信を持って言える事には間違いありませんでした!

 そんな事を書いていたら、2008年の2月25日(つまり、これを書いている4日前)に、国際空港評議会による世界の空港の利用者サービスの調査結果で、KLIAは世界2位に選ばれたそうです(ついでに1位は、韓国・ソウルの仁川国際空港だとか!)。世界の中でですよ!?…素晴らしいです。何だか良い感じで筆を置く事が出来そうです(笑)。これからは本当にマレーシアに注目なのかもしれませんよ!

 ☆マレーシア航空のHP(日本語)…http://jp.malaysiaairlines.com/

 ☆KLIAのHP…http://www.klia.com.my/

 ☆マレー(マラヤ)鉄道のHP…http://www.ktmb.com.my/

 ☆Bijan のHP…http://www.bijanrestaurant.com/

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旅日記 18.(熊野古道編…2007.11.6~11.7)
 今回、旅の目的地に選んだのは熊野古道でした。世界遺産に指定されて久しいですが、それ抜きに考えても“日本”の風景…と呼ぶに相応しい景色の連続で、また1つ自分の心に大きく刻まれた感じでした。日にち的には11月6日から7日の1泊2日という、本当に短すぎるぐらいの旅でしたが、観光ポイントを詰め込み、内容的には充実していたと思います。それではどうぞご覧下さい!


 ●新機材、ANAの737-700

 熊野古道は三重県から和歌山県にかけて存在していますが、今回は和歌山県の辺りを攻めようと思いました。和歌山…というのは、今までなかなか行かなかった場所でもありますし、大体三重県は今年の9月に行ったばかりです〔旅日記 16.(伊勢編…2007.9.9~9.11)〕。
 そうなると飛行機での関西空港利用が断然便利で、羽田を朝1番で発てば、8:00頃には関西空港に着いてしまいます。チケットもHPから(もちろんANAです…笑)11000円程度で購入でき、出発の日の当日、眠い目を擦りながら羽田空港に向かいました。
 この羽田~関西の朝1番の便は、以前大阪に遊びに行った時にも利用しましたが〔旅日記 13.(大阪編…2007.4.16~4.17)参照〕、飛行機が以前と変わって新しくなっていました。

   主翼の先端に注目です!

 …とは言っても、普通の方からすると同じに見えると思いますが、中身的には格段に進化しています。以前乗ったのはボーイング737-500という機種で、今回はボーイング737-700…。もちろん、ただ単に数字が変わっただけではありません。主翼は完全なる新設計で、燃料容量も増加、操縦的にも格段にデジタル化が進み…と、とにかく外観的には同じでも、会社側からしたら運用効率の進化が認められており、ANAでは保有する小型機を全てこの737-700にする事が決定されているそうです。ついでに、よく自分が利用するスカイマークの737は“-800”というもので〔旅日記 4.(関西編…2006.5.9~5.11)参照〕、これはこの“-700”の胴体延長型であり、共に“新世代737”と呼ばれていたりします(新世代737は、日本ではANAが初めて導入しました)。
 ANAの新世代737は、主翼の先端にブレンデッド・ウイングレットというものが装備されており、見た目にも新しい感じを受けるのですが、これを付ける事により空気抵抗の低下が得られるらしく、結果として燃費向上が図られるとの事です(付けるかどうかは、発注した航空会社の判断です)。また、航続距離の延長にも繋がる事でしょう。ついでに、スカイマークの737は国内線専用という位置付けの為、ウイングレットは装備されていないので(ANAの737は国際線にも使用されます)、尚更ANAの737が特別なように思えてしまいます。

   機内も新品らしく、綺麗に見えますね

 ソフト面としては、新しい機材…という事で、ANAでは座席が全て新しいものになっており、特に機内誌を入れる部分が座席の上に移動した事により、足元の部分が広くなっているというのは見逃せません(これは、既存の他の機種にも共通して装備していくようです)。また、天井からモニター・ディスプレイが現われるというのも、新世代っぽくて良い感じですね。この機材が登場したのは2005年とまだまだ新しいので、これからの活躍を期待するばかりです!
 この日の空は全体的に曇りがちで、機内からの眺めは期待できないと思っていたのですが、離陸後に見えた関東平野は幻想的で、逆に曇っていて良かったとさえ思いました。そして、雲に入ってから抜けた後の壮快感!…これが飛行機旅行の醍醐味でもあったりするのです。とりあえずは真新しい機材に身を託し、モニターから流れるANAの情報番組(この日は沖縄について放送していました)でも見ている事にしましょう♪

   遠くにはかすかに富士山の姿も…!   何だかモヤモヤが吹っ飛んだ感じですね(笑)


 ●紀伊半島へは紀勢本線で…

 関空に着いたのが朝の8:00頃でしたが、ここからはかなりタイトな乗り継ぎをやってのけ、JRの和歌山駅に着いたのが8:45頃という快挙を成し遂げました。さすがに今この駅の中で、今朝東京からやって来たという人は自分くらいなものでしょう(笑)。
 ここから紀伊路に入りますが、路線としては紀勢本線…というものを使います。紀勢本線は、いわゆる“紀伊”の国と“伊勢”の国を結ぶ…というのが名前の由来でもありますので、ここから三重県の亀山という所まで、紀伊半島をぐるっと南回りに結んでいます。今回は途中の新宮という所まで(行きは紀伊田辺まで)利用しましたが、この和歌山~新宮間がJR西日本の管内でもあり、そしてその先の新宮~亀山間はJR東海の受け持ちとなっています。運転形態も新宮を境に大きく変わり、基本的にJR東海圏内は非電化です。また、特急列車(南紀号)も名古屋を目的地として運行されています。
 今回自分が乗ったのは特急“スーパーくろしお”号。新大阪、天王寺から和歌山を経て(自分はもちろん和歌山駅から乗りました)新宮まで運転されており、中には京都始発のものも何本かある、紀伊半島を巡るには便利な列車です。車両によって、“くろしお”号、“スーパーくろしお号”、“オーシャンアロー”号等に分かれていますが、今回は“スーパーくろしお”号のみの利用となりました。“オーシャンアロー”号はJR化後に出来た比較的新しい特急で、全く違う車両なので興味があったのですが、今回は断念しました。また来れたらと思います。

   曇っていたものの、なかなか惹かれる景色です   紀勢本線の特急といえば“くろしお”号…紀伊田辺にて

 途中の御坊という所までは、和歌山への近郊区間という感じで、比較的本数も多いのですが(…とはいっても、普通電車は1時間に2本程の運転です)、そこを過ぎるとローカル度が増していき、車窓にも変化が富み始めてきます。新宮行きの列車であれば右側の席が抜群で、紀伊水道と呼ばれる海が望める事でしょう。今回は特急にも関わらず(特急だから…かもしれません)、眺めの良い場所では減速するというサービスが行われており、なかなか観光気分を味わえて良かったです。
 ところで、この“くろしお”、“スーパーくろしお”号に使われる車両は381系というのですが、これは国鉄時代に造られた車両で、“振子装置”なるものが装備されている車両でもあります。
 振子装置というのは、カーブの時に車体を傾けられる装置なのですが、元々日本の鉄道というのはその地形からカーブの多い路線が多くて、なかなか思うようにスピードが出せませんでした。この装置を使うと、カーブの時に更に車体を傾けさせる事で重心を下げ、速度を落とさずに走行が出来るのです。
 確かに紀勢本線はカーブが多く、この振子装置付き列車(振子列車といいます)が向いている線とも言えそうですが、“くろしお”号は振子列車の初期とも言える列車なのでそのシステムは簡単で、カーブによる遠心力をコロに伝達して車体を傾ける…という方法をとっています。
 しかし、どうもこの方法ではカーブしてから車体を傾けるまでの間に時間差が生じてしまうようで、いわゆる“振り遅れ”と言われる不自然な揺れが起こり、乗物酔いになってしまう乗客が多いのだそうです。今回自分は大丈夫でしたが、確かに乗り心地の面で気になるところは少なからずあった感じでした。
 現在の新しい振子列車というのは制御付き振子列車と呼ばれ、予めカーブの情報を車両にインプットさせ、振り遅れが起きないようにしています。正に“オーシャンアロー”号がそうだったのですが、その乗り心地の違いも体験してみたかったですね。とにかく、“くろしお”系統の特急は、色々と話題も豊富なのです(笑)。

   2両編成で…空いています…新宮にて

 特急ばかりの話題になってしまいましたが、普通電車も新宮~紀伊勝浦間で乗りました。この辺りの区間まで来ると、本当に普通の本数は少なく、2、3時間に1本で、しかも全て2両編成という陣容です。しかし、それらの輸送力でも事足りてしまうのが悲しいところです…。ここで幅を利かせている乗客というのは“学生”で、確かに新宮19:09発の紀伊勝浦方面行きの列車は、その車内の殆どが学生で占められていた(新宮に大きな高校でもあるのでしょうね…)感じでしたが、逆方向の列車に乗ると、1両あたりに3、4人しか乗っていません。これがローカル線の現実でもあるのでしょうね。
 やはり、その路線の特性というのは、特急だけに乗っていては分かりません。地元の人が使う普通列車を使ってこそ、その路線の深い部分が見えてくる…改めてそう思った乗車体験になりました。


   ●熊野古道ダイジェスト

 やっと本題…という感じですが(笑)、今回は2日間かけて、和歌山県内の熊野古道をピックアップして探索しました。熊野古道…と一口に言っても、その全てを2日間で見るのは到底不可能で、とりあえずは見所を掻い摘んでいくしかなかったのですが、それでも道の“雰囲気”は感じ取れ、周囲の風景と相まって、印象的な観光になったと思います。とりあえずは自分の辿った道を振り返ってみるとしましょう。

   右は武蔵坊弁慶の像です   どんどん旅も奥まっていく感じがしますね(笑)

 まず旅の拠点になったのは紀勢本線の紀伊田辺駅。ここは和歌山から特急で1時間強ぐらいの場所ですが、いよいよ紀伊路が本格的に迫ってきたという雰囲気があり、旅の始まりに相応しい場所となっていました。ここから熊野古道に入れる場所まで、まず紀伊田辺発のバスで1時間揺られ、さらに乗り換えて20分ぐらい進むのですが、このバスの乗り換えを余儀なくされる…というのが、熊野古道への道のりの険しさを物語り、旅の意欲が湧くというものです(便によっては乗り換え無しでも行けますが…)。

   熊野古道に入る道では、至る所に杖が置いてあります   一般道と分かれて、熊野古道は上に抜けていきます

 バスは牛馬童子口という所で降りました。その名の通り、牛馬童子像という像を見に行く為ですが、それは停留所から熊野古道を20分くらい歩いた場所にあり、まずは古道探索の小手調べ…という感じで、熊野古道の中では良い選択だったと思います。さてこの熊野古道、小辺路(高野山~熊野三山、約70km) 、中辺路(田辺~熊野三山) 、大辺路(田辺~串本~熊野三山、約120km) 、伊勢路(伊勢神宮~熊野三山、約160km) 、大峯奥駈道(吉野~前鬼~熊野三山、約140km) と、大きく5つに分けられるのですが、ここは中辺路の途中にあたり、古くから熊野三山への修験・参拝の道として利用されていたようです。もちろん、歴史と共にその道は様子を変え、ある所は国道のようにアスファルトで舗装された部分もありますが、そこから抜け道のように枝分かれをし、獣道みたいなのが熊野古道…という部分も多いです。

   想像以上に小さくて可愛いのです♪   石畳風になっているのが特徴です

 牛馬童子像は本当に小さく、これだけでも来て良かったと感じさせるものでした。実はこの場所は人気が高く、ひっそりとした場所の割りには5、6人程の観光客が既にいましたが、恐らくその殆どが車利用だと思われます。熊野古道はあまりにも規模が大きい為、自分のような電車・バス利用は不向きで、自由が利くという面では車利用には到底太刀打ちできません。しかし、この本数の限られたバスで移動をするというのが、旅の醍醐味でもあったりするのです。もちろん、バスの時刻を元に旅の“プラン”を立てなければならないのですが、この作業が結構楽しく、これこそが自分好みの旅でもあり、それは他とは比べ物にならないくらいだと思っております。

   どこか懐かしくなるようなバス停の風景   お客さんは他に1人しかいませんでした

 次に向かったのは熊野本宮ですが、プランとしては、バスで本宮を通り越し、その先の発心門王子という所から山を下って(もちろん熊野古道を通ってです)本宮に至る…というルートを通ってみる事にしました。実はこれ、車無しの人にとっては、なかなか上級者向きのルートだったようにも思えます。
 さて、牛馬童子像を見終えた後、自分は先ほどのバス停には戻らず、さらに先にあるバス停へと足を向かわせました。この辺りの熊野古道は、バス通りの国道とほぼ並行しており、せっかくなので通った事のない道を歩きたいものでした。
 そうやって着いたのが近露王子という所です。この“王子”…というのは、参詣の途上で儀礼を行う場所であり、熊野古道沿いには至る所にあります。それぞれ特徴的な雰囲気を醸し出しており、熊野古道探索では必ず見るべき所でもあります。近辺を探索してからバス停に行き、発心門王子行きのバスに乗り込みました。
 この近露王子からのバスは、先ほどの紀伊田辺駅から出ているバスですが、この先発心門王子まで向かうのは1日に4本という少なさで、しかもこのバスを含め、その内2本は冬期運休という、何ともスケジュール的に組みにくい路線でした。しかし、そのバスからの風景(お客は他に1人だけでしたから、バスの中の風景も…ですね)を見れば納得という感じで、いよいよバスは山の中に入り、バスの経路にしては相当細い道を通っていきます…。人が乗り降りする様子も無く、秘湯的な温泉場(ここでもう1人のお客さんは降りていきました)を通ってから山を越え、熊野本宮(ここまでは1日6本くらいはあります)を通過し、終点の発心門王子にと着きました。もちろん他には誰もいません。

 ここから熊野本宮へは、経路的には高野山からの道となるので“小辺路”となりますが、先程より“山道”という印象が強く、雰囲気も異なる部分はありました。この付近は山域の住民の生活道としての性格もある為か、集落の中を通っていくような部分もあって、不思議な感覚が味わえました。それでも、人出が少ない(いない…と言っていいです)のは先程と変わらずで、随分と静かな所…という印象が強く残りました。

   これが夜道だったらと考えると…恐ろし過ぎます…   随分遠くまでやってきたという感じはあります

 そんな状況なのに、この左上の写真の人形は怖過ぎです。何となく遠くから見て、怪しいとは思っていたのですけど、よく見ると分かるように、人形の後ろには紐が付いていて、これが井戸のようなものと繋がっており、そこに水が一定量溜まると人形が動く仕掛けになっているのです。時間にすると20秒~30秒に1回…という感じでしょうか。自分の場合、何だろう?…と思って近付いた矢先に動いたので、本気でびっくりしました。もしかしたら住民達がグルになって、どこか遠くから見てるのでは?…と思いましたが(笑)、本当に不思議な所でした。

   右に抜けていくのが熊野古道です   この辺りの石畳はしっかりしていました

 集落はありますが、山の中の集落という感じで、基本的に道は山を下りていっているという感じです。下り坂は結構足にきて、これは次の日は大丈夫かと思いましたが、それでも周囲の風景を見ると安らぐから不思議です。途中、休憩場のような建物がありましたが、どうやら新しい感じで、明らかに世界遺産登録後に造られた建物のような気がしました。世界遺産登録により、観光産業に力を入れ、施設的には便利になったものが多いようですが(バス停も新しく造り替えられていた感じでしたし…)、どうも複雑な思いです。施設も全て本来のまま…というのはやはり難しいのかもしれません。

   ここまで来るのが長かった…   “本宮”という文字に思いを馳せます

 そんなこんなで、やっと熊野本宮に着きました。ここを目指して拓かれた道を辿り、本宮に着くというのは感無量でしたが、その苦労に見合うのに相応しい、立派な拝殿が自分を迎えてくれました。この日歩いたのは約10km…といったところだと思いますが、もちろん当時の人はこれ以上の距離を歩いて、ここまでやって来ているわけです(さすがに何日も掛かっていると思いますが…)。流石にそこまでは再現できませんが、少しでも当時の人の気持ちに近付ければ…と思いましたね。この本宮には観光客は沢山いましたが、自分のようなルートを辿って来た人など皆無でしょう。何だか、自分に自信が持てた旅にもなっていたような気もしました。


 …ここまでが1日目で、この日は熊野本宮から新宮へ行くバスに乗り、そこで1泊しました。
 そして次の日の2日目には、また異なるルートの熊野古道を辿る事になります。


   2日目の旅の拠点となった那智駅   熊野古道の経路は、なんとここから左に曲がります

 2日目の拠点にしたのは、紀勢本線の那智駅でした。ここは、新宮から普通電車で20分くらい南に行った所に位置していて、有名な“那智の滝”、“那智大社神社”の最寄り駅でもあります。一般的には、ここから電車で1つ先に行った紀伊勝浦駅が拠点とされているのですが、これは特急も停まる主要駅な為で(那智駅は普通電車しか停まりません)、実際に距離的に近いのは那智駅です。
 ここから歩いて那智大社神社まで向かおうとしているのですが、これがまた前日の熊野古道とは雰囲気を異にしていて、とても興味深かったです。那智駅は海に面している土地であり、道程としてはそこから川に沿って山に上って行く…という感じなのですが、いわゆる山の中の道ではないので、普通に田舎を散歩している感覚に近かったです。
 ある時はバス通りの道であり、ある時は集落の中の小道であり、そしてある時は竹薮の中のあぜ道だったり…。変化に富むという意味では、むしろこちらの方が上なのかもしれません。中には、これが熊野古道!?と思うような頼りない道も多々ありましたが、それこそが“昔のまま”という感じもあり、より魅力的に映るのだと思いました。

   幻想的な雰囲気が続きます   周囲が竹薮になるだけで、雰囲気は随分と変わります

 そんなこんなで約2時間ほど歩きましたが、熊野古道は再びバス通りと合流し、観光バスの駐車場に近い辺りに出てきました。ここは観光客も何人かいて、いきなりどうしたのかと思いましたが、成程、この先には“大門坂”という坂があり、那智大社神社観光の定番のコースともなっている所でした。
 ここから467段の長い階段を上ると、那智大社神社が待っているわけですが、観光客の殆どは上から下りてくるコースを辿っており(那智大社神社は車でも行ける為)、自分のように“上りコース”を辿る人は、この時点では全くいませんでした。しかし、那智駅からここまで頑張って歩いてきたにも関わらず、あとはバスで楽に上って…というわけにはいきません。昔の人の雰囲気を味わう為にも、自分はこの467段の階段に挑みました。

   大門坂の途中の風景…まだまだ先は長いです   一生この坂が続くのではないかと思わせてくれます(笑)

 バス通りから分かれて、いきなり急な坂になりますが、本番は道の両側にそびえ立つ巨大な杉“夫婦杉”を潜ってからです。ここからは森林の中に入る感じで、熊野古道らしい雰囲気も出てきますが、その先には永遠と続きそうな石の階段が視界に入ってきます。幻想的な雰囲気ではありますが、階段を実際に上っている身からすると、冷静な自分を保たなくては…という面もあり、ここはマイペースに歩いてきます。
 途中、木々の間から、かなり遠くの方に那智の滝らしき光景が見えましたが、まだまだ遥か彼方という印象しか受けられません…。しかも、それは目線よりずっと高い所にあるような気がします。まだまだ上に行かなくてはならないわけですね…。坂を半分くらい上りきった所で、再びバス通りと接近しますが、向こうの道は急カーブが続いている感じで、車でもキツそうな場所だと思いましたね。よく見ると、そこにはバス停も設置されていたのですが、もちろんここでギブアップ…なんて事はしませんでした。後は気力で上るのみです!

 そして、大門坂を上り始めてから20分強くらいでしょうか。ついに階段の一番上まで来ました。やった!と思いましたが、ここで驚いたのが、那智大社神社は更に上にあるという事実でした。周りには土産屋や旅館、食事処等が立ち並んでいましたが、そこを掻き分け道しるべの方に進んでいくと、さらに上へと進める階段があり、そろそろ体力的に限界を感じてきてしまいます…。それでも頑張って階段を上り、その10分後くらいには、やっと那智大社神社の人となれました。
 これこそ「やっとか…」という感じでしたが、この場所から今来た道を振り返ると、ずっと遠くには海が薄っすらと見えるではないですか!…つまり、今日はあの海の辺りから自分は歩いてきたわけであり、改めてよく頑張ったなと思いましたね。那智駅から約2時間40分、自分で自分を褒めてあげたいものです(笑)。

   那智大社もまた立派な建物でした   相当遠くに海が見えます

 ここまで来たら那智の滝も見たいものですが、こちらは那智大社神社からは幾分か下った所にあり、今日は階段を上ったり下りたり大変です(笑)。ただ、滝の近くまで行ったものの、実際のところは近過ぎて全容がよく分からない…といった感じで、これは那智大社神社の辺りから見る景色の方が良いなとも思いました。これまた丁度良い感じで、青岸渡寺という寺と組み合わせて見れますし…。

   絵葉書のような組み合わせの青岸渡寺と那智の滝

 さすがにここから駅(帰りは紀伊勝浦駅まで向かいました)まではバスを使いましたが、これが30分弱の道のりと、やはり車の便利さには適わないと思いました。ただ、今回これらの熊野古道を実際に歩いてみて(前日と合わせたら、トータルで約20kmは歩いている筈です)、バスから見ていただけでは到底得られない旅情を感じる事が出来ましたし、昔の人の思いを馳せる事も出来ました。
 確かに、昔の人の移動というのは大変だったと思いますが、自分は熊野古道を何時間も歩いてみて、道に生えている草木1本でも休息の癒しになっていました。まさに自然と自分との共存…。何だか“自然”というものから、大きな問い掛けを頂いたような気になりました。その答えはまだ分かりませんが、また違う時に、熊野古道という“人間と自然の共存”を体験したいとは強く思いましたね。


   ●最後はやはり“食”で締めます

 やはりこういった旅に欠かせないのが“食”でしょう(笑)。和歌山は海の幸という事で、美味しい物が意外と豊富なのです。特に名産とされているのが鮪らしく、刺身好きの自分にとっては、これ以上のご馳走は無い!…とさえ思ってしまいました。

   南紀ではマグロが名産です   こういった食べ方は初めてだったかもしれません

 鮪の料理が発展しているのか、その調理法にも色々なものがありました。刺身はもちろんの事ですが、中トロをカツにして、まるでトンカツのように食べてみたり(写真右上参照)、鮪の内臓系をバターで焼き、酒のツマミにする等、その全てが美味しいと思えるものばかりでした。しかも、それらは何とも“和歌山らしい”感じがするのです。
 地方での美味しい食事というのは、ただ単に“美味しい”と思えるだけでは物足りなくて(自分の場合…)、如何に地方らしさが出ているか…というのも大きなポイントだったりします。その点では、ここの鮪料理は全てが期待以上の物と言っても過言ではありませんでした。…というより、海の幸だったら全てが素晴らしいような気がします。自分だけの“味”を探しに和歌山に出向く…という感じでも良いのかもしれません。

   意外とハマりそうな和歌山ラーメン

 さて、和歌山には御当地ラーメンがありますが、自分は今まで理由も無く避けている感じがありました。そこで今回は、せっかくなので和歌山ラーメンのお店にも行ってみたのですが、豚骨醤油ベースのスープ(←この事をまず知りませんでした…)は意外にもあっさりしていて食べやすく、早くも自分好みな気がしてしまいます。行った所は井出商店という、和歌山ラーメンをブームにした火付け役のお店らしいのですが(以前、期間限定でしたが、新横浜ラーメン博物館にも出店していたみたいです)、ここは雰囲気もあって(内装が、昭和30年代~40年代のイメージ)、行く価値も大いにあると思いました。まあ和歌山ラーメンでは一番人気のあるお店だけに、美味しいのは有無を言わさず当たり前なのかもしれませんが、機会があったら他のお店にも行ってみたいと思うほど、自分にとっては良い味でした♪

   機内でも和歌山気分?…という感じですね(笑)

 そしてこれです。和歌山名物“めはりずし”。これは高菜の浅漬けでご飯を包んだ、いわば“おにぎり”なのですが(中は酢飯でなくても良いので…)、これこそが和歌山、そして熊野を代表する食べ物と言っても間違いありません。今回、熊野古道を歩いている時にも、周辺のお店で何度となく見掛けたのですが、それだけこの地域に根ざした食べ物なのでしょう。ついでに、名前の由来としては、その大きさや美味さから、「目を見張るように大きく口を開ける」とか、「目を見張るほど美味しい」…という説もあるほどで、これも和歌山での根強い人気を物語っているかのようです。
 ただ、自分がこれを購入したのは、帰りの関西空港内のお土産屋でと、少々タイミングとしては遅かったような気もします。そして、口にしたのは帰りの飛行機内で…。しかし、こうする事によって、帰りの機内でも和歌山気分を味わえたというか、今回の旅を振り返られる素材として、いい仕事をしてくれたと思います(笑)。
 今回帰りの飛行機に選んだのはスターフライヤー。ここ最近、新たに関空線を就航させたので乗ってみたのですが(就航記念でチケットが約9000円と安かったのです)、飲み物は京都福寿園伊右衛門茶を注文し(笑)、座席の前にあるモニターを観賞しつつ、めはりずしを食べながら羽田へ…。ちょっと豪華?に、今回の旅の締め括りに相応しい時間を送る事が出来たと思います。…スターフライヤー自身の写真が撮れなかったのが残念でしたが、これはまた今度という事で!


 …という事で、1泊2日で熊野古道を堪能してきました。一言で“熊野古道”とは言っても、それは色々な側面がある道で、とてもこの短い行程では、全てを把握する事は不可能です。…ですが、それで良いのだと思います。自分もこの旅に行く前は、どうにかして短い期間で熊野古道を制覇できれば…という気持ちがありましたが、それでは旅の本来の意味を忘れてしまっている事に気付かされました…。歴史ある道を辿るなら、昔の人に思いを馳せる事も大事で、それは道の一部分だけ歩いては感じ取る事が出来ません。そうすると長い時間が必要となりますが、それこそが本来の熊野古道の在り方だとも思うのです。こういった事は全て熊野古道自身に教わったわけでもあり、改めて今回は奥の深い旅だとも思いました。これからの参考にもしたいと思います。

 ☆熊野古道ナビ .com のHP…http://www.kumanokodou-navi.com/

 ☆和歌山ラーメンのHP…http://www.jtw.zaq.ne.jp/neko-mimi/rahmen/

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旅日記 17.(田沢湖編…2007.10.31~11.1)
 昨日、今日と、祖母と2人きり!で旅行をしてきました。母方の祖母なのですが、今年の5月に祖父が亡くなってしまいまして〔2007年5月のライブスケジュール(キャンセル)参照〕、その頃から孫(つまり自分です)と2人だけで旅行する日を考えていたそうです。前々から誘われてはいたのですが、どうも自分の予定とうまく合わず、今回はついに実現の運びになった旅行…と言っても過言ではありません。場所は秋田県の田沢湖…。周りの紅葉はちょうど見頃という時で、正にこの季節に相応しい旅行先だと思いました。


 ●完全プライベート旅行だったので…

 今回は旅行中の写真を載せて、少しだけコメントするに留めておきたいと思います。目的地は田沢湖で、秋田新幹線(グリーン車!)で向かいましたが、途中、乳頭温泉や角館にも寄ったりして、かなり詰め込んだ1泊2日となったと思います。

   大宮駅にて…出発の時   やはり新幹線のグリーン車は一味違います!

   大宮で購入した弁当   新幹線開業時にリニューアルした田沢湖駅

 この乳頭温泉という所、幸いなことに新幹線の田沢湖駅からバスが出ており、終点まで乗っていれば良いとの事でしたが、そのバスの終点ときたら右下の写真のような場所で、些か驚かされました(笑)。

   乳頭温泉行きのバスから、田沢湖の全容が見えました   その名も乳頭温泉という停留所名ですが…凄い場所です

 乳頭温泉は自分でもよく耳にする名前だったので、温泉街か何か存在し、小さ目ながらも賑わっている場所…と考えていたのですが、どうやら予想以上に“秘湯”と呼んで良さそうな場所でした。停留所の周りには3~4件ほどの旅館しかなく、そこには温泉が併設されていて、、、それだけ!…といった感じでした。

   自分達は“蟹場温泉”という所を選びました   自然の音が聞こえてくるかのようです

 しかし、それだけに雰囲気は抜群の一言で、露天風呂などはもう自然と一体化という感じでした。他にも色々と選択肢はあったのですが、ここで十分!という感じもしてしまいましたね。

   田沢湖は日本で第2位の透明度を誇る湖です   一応有名とされている“タツコ象”

 田沢湖に戻ってきて、タクシーで(これが祖母らしい発想です…笑)湖をゆっくりと1周しました。実は田沢湖は自分は初めてで、それでいて紅葉も素晴らしく、何もかも新鮮に映りました。また、思っていたより寒くなく(地元の人曰く、この日は珍しく暖かかったそうです)、快適に観光が出来たと思います。

   今回泊まった旅館は、さすがにサービスが良かったです   ご飯も出過ぎ!というくらい凄かったです(味も最高!)

 今回の宿は、“花心亭しらはま”という所ですが、真心こもったサービスで、正に至れり尽くせり…という感じでした(さすが祖母が選んできただけあります)。温泉も素晴らしかったし、何より秋田らしさを伝える姿勢が随所に見られたのが良かったです。食事も驚くくらい豊富な内容でしたが、2人でビールを沢山頼み、それに興じて?色々とお話しをしまして、食後には2人揃って布団に撃沈…という感じでした(笑)。

   角館の見所は何と言っても武家屋敷です   角館で食べた菊蔵という蕎麦屋がまた美味しかったです

 次の日には時間が少し余っていたので、宿の人のお勧めで角館まで足を延ばしてきました。ここでは天気が崩れてしまったのが残念でしたが、それもそれで奥ゆかしい雰囲気を堪能でき、また1つ思い出が作れたような感じもしました。

 駆け足で辿っていくとこんな感じなのですが、思ったより自分は楽しんでいたかもしれません。祖母と2人きりで旅行という状況は今までに無く、今回はとても大切な時間を過ごせたのではないかと思っています。ただ、祖母的には出来れば2泊はしたいらしく、なかなか時間の取れない自分にとっては厳しいお願いだったのですが、いつか実現させられればと思います。家族旅行自体、自分は久々だったので、それが逆に新鮮味があったのですが、たまにはこんな旅行も良いですね。どうもお疲れ様でした!

テーマ:温泉旅行 - ジャンル:旅行

旅日記 16.(伊勢編…2007.9.9~9.11)
 かなり前の話しになってしまいますが、実は自分、9月の半ば辺りに三重県は伊勢を旅行してきました。この時期を振り返ってみると、各地へのツアーに参加してばかり…という感じで、それこそ日本中を飛び回ってはいたのですが、やはり“ツアー”と“旅行”とは違うという事に気付かされました。基本的にツアーでは、ゆっくりと街の周辺を探索…などは出来はしません。
 そんな状態でしたが、9月初めに訪れた松阪でさばいばる伊藤さんとのライブで〔Generation Gap & The Linda カップリング・ツアー{さばいばる伊藤、松阪ツアー(2007.9.1)}、中部編(2007.8.31~9.2)参照〕、伊勢という場所が近くにあったのに行けなかった…という思いは忘れもしません。ツアーの文章では触れていませんが、伊藤さんはこの日に伊勢参りに行ってきてたらしく、とても素晴らしい場所だったという話しを聞いていたのです。
 そして東京に戻ってきてからというもの、日に日に伊勢に行ってみたいという思いは強くなってきました。そんな中、9月に空いた2日間半(後で触れるように、実質2日間でしたが…)を利用して、その場所への旅行を決定したのです。目的はもちろんお伊勢参りですが、自分らしく行ってみようとも思っていました。


 ●初日は大雨のため、、、

 …というわけで旅の1日目になる9月9日の夜、自分は東海道新幹線の品川駅に向かいました。この日自分は昼に仕事があり、夜は空いていたのですが、その時間を無駄にせず、名古屋くらいまでは初日に行ってしまおうと考えたのです。これは〔旅日記 4.(関西編…2006.5.9~5.11)〕でも実行した手ですが、想像以上に良い方法だったと記憶していました。やはり、旅の最初を地方から始めるというのは、気分的にも相当盛り上がるものなのだと思います。
 …この時点から自分は既にワクワクしていましたが、その思いは品川駅に着いて、簡単に打ちのめされてしまう事になります。


   この人達は結局この後どう過ごしたのでしょうか…


 東海道新幹線、大雨の為運転見合わせ


 時刻は21:30頃を過ぎていて、まだ名古屋までは行ける時間帯ではあったのですが、運転見合わせ…ではどうにもなりません。この日東京は晴れていましたが、名古屋~静岡辺りでは相当な大雨だそうで、周囲の鉄道も全て止まっているとの事でした。新幹線改札口の前には長蛇の列で、切符売り場にも沢山の人が並んでいました(こちらは恐らく、キャンセルをする人達なのかもしれません)。自分もしばらく様子を見ようと思い、その場で佇んでみたのですが、どうも復旧する目途が立っていないような感じです。
 そのまま時計は22:00を過ぎてしまい、本来の新幹線の名古屋行き最終時刻も過ぎてしまいました。これだと、今更運転が再開されても、名古屋駅に着くのは深夜の1:00近くになってしまいます(恐らく途中で徐行運転とかも行いそうですし…)。仕方ないですが、ここは諦めも肝心かと思い、そのまま自分は山手線で池袋方面に戻り出しました。…まだ明日の朝に来ればいいか…と。

 …そう、つまり初日は全然動けなかったのです!…こんなの初めてです(笑)。ある意味自分らしい旅の始まりになった…と言えばそうかもしれませんが、とにかく次の日から行動をしようと決めました。結果的に、何の変哲も無い2日間の旅になってしまう事になりましたが、その時ばかりは、次の日には新幹線は動いてるように…と願うしかありませんでした。どうやら、お伊勢参りというのは一筋縄ではいかないようです(笑)。


 ●まずは熱田神宮へ…

 こうして次の日、希望通り?新幹線は動いてくれていて、朝早くの新幹線で名古屋へと向かいました。それでも名古屋には朝の9:00過ぎには着いてたのですから、これで昨日の遅れを取り戻した気にもなりました。早速今回の旅を始めるとしましょう(笑)!
 …と、伊勢神宮に行く前に、名古屋駅から近めの熱田神宮に寄ってみる事にしました。初めて行くわけではありませんが、熱田神宮の建物は伊勢神宮と同じ、神明造(しんめいづくり)…という造りでもあるため、今一度見ておこうという気にもなったのです。

   表玄関ではありますが、メインの入口ではない感じです   デザインの重厚さが光ります

 熱田神宮は、三種の神器の一つである草薙剣を神体としている事でも有名でありますが、その“物”自体が見れるわけでもないので、何となく気が抜けてしまいます(笑)。もちろん、そこにロマンを感じるのも有りですが、当時残された神話によると、ここ熱田神宮に安置されているらしいのです。こうなると、事実がどうより面白味を優先させてしまいますね…(笑)。とにかく、伊勢神宮に行く前に、良い知識を頭の中に入れられたと思いました!


 ●名鉄で幸運

 熱田神宮から伊勢神宮に行く為には、とりあえず名古屋駅に出なければいけないので、熱田神宮の最寄り駅である名古屋鉄道(以下名鉄)の神宮前駅に向かいます(JRの熱田駅でも良いのですが、若干歩きます)。幸運というのは、この時に乗った車両が、名鉄を代表するパノラマカーという車両だったという事です。パノラマカーについての詳細は〔さばいばる伊藤、中部・関西ツアー(2007.5.2~5.6)〕を見て頂くとして、これはもう引退間近という車両だけに、乗れる機会が急に迷い込んで嬉しくなってしまいました(笑)。

   さすがに地元の人は、展望室に慣れっこなのでしょうか   いつまでこの風景が見られるか分かりません…

 恐らく、人生で2回目の乗車になったと思いますが(1回目は高校生ぐらいの時でした…笑)、目指すはもちろん先頭車両の展望室部分。相変わらず、走行中のこの非日常の空間は素晴らしいですね!…と思っていた矢先、列車は別のパノラマカーとすれ違いました。パノラマカー同士の離合を体験できるなんて、この先あるかどうか分からないくらいです。名古屋までの間の10分足らず、1人興奮したお話しでした(笑)。


 ●衝撃的だった伊勢神宮

 さて、名古屋から伊勢へはJRで向かい、何だかんだで時刻は14:00頃になっていました。昨日の影響か、この時点で雨が降り始めてしまったのですが、雨の伊勢参りというのも雰囲気があって、別に悪くはありません。伊勢神宮は御存知の通り、外宮(げくう)と内宮(ないくう)に分かれていますが、まずは伊勢市駅に近い外宮から見てみることにしました(そもそも伊勢参りは、外宮から行うのが古来のならわしだとか)。

   外宮は、周りの雰囲気と併せて荘厳な雰囲気が漂います

 雨のせいなのか、周囲の木々がそうさせるのか、この外宮…とても荘厳な場所でした。建物内での撮影が厳禁というのも、他ではなかなか見られませんが、持っている雰囲気が神々しいものを感じました。
 伊勢神宮というのは、神社本庁の本宗とされていて、正式名称は“神宮”となっています。つまり、神宮と言えば伊勢のこの場所を指すわけで、それは神々しいと思えるのも当然ではありますが、知識以上の重厚さを感じさせられましたね…。更に言えば、神宮が管理する宮社は125あり、それは伊勢市だけではなく、鳥羽市や松阪市など、4市2郡に分布されているようですが、それらの頂点に立つのがこの外宮、そして内宮であり、その尊さには右に出るものはいないと言っても過言では無いでしょう。早く内宮にも行きたくなりました。
 ところで、式年遷宮(しきねんせんぐう)というの御存知でしょうか。この外宮の建物の隣りには、全く同じ大きさのスペースが空けられていて、綺麗に石も敷き詰められていました。まるで、もう1つ外宮のような建物が建ちそうな感じがそこにはあったのですが、実はそれが当たの考えでした…。なんとこの本殿、20年ごとに、まったく同じ形で隣りの場所に建て直されているのです。しかもそれは持統天皇の690年頃から、戦国時代などの時期を除いて継続されており、次回の式年遷宮は2013年、第62回目を迎えるのだそうです。もちろん、1年や2年で完成する事業ではなく、2005年から既に始まっているそうですが(石だけが敷き詰められている理由はそこだったのですね…)、自分としては初めて知った知識でした。

   右側に建物のスペースが用意されているのが分かります   ここも別宮の1つですが、やはりスペースが用意されています

 ここ外宮の周りには、別宮(わけみや)と言って、先ほどの125の宮社のうち、外宮、内宮に次いで尊いとされる宮社が幾つかあったのですが、確かに、そのどれもが式年遷宮用のスペースが確保されていました。本当に今まで知らなかったので、この事実には大変驚き、自分の歴史の弱さを痛感させられましたが、1つ大切な事実に気が付けて良かったです。

   五十鈴川を渡る宇治橋から、内宮の観光は始まります   五十鈴川は本当に綺麗な川でした

 そして、もちろん内宮にも行きました。外宮からはバスでないと厳しい距離でしたが、内宮の方は、むしろ観光のメインという事で大変賑わっていて、外宮の静けさは無かったものの、ついに来た!という感覚にはなっていたと思います。
 内宮と言えば、まずは五十鈴川に架かる宇治橋を渡るところから始まるわけで、ここもまた良い雰囲気でした。依然雨は止まなかったのですが、雨もここでは雰囲気作りに貢献していたと言えるでしょう。

   外宮より更に神秘的だった内宮   やはり内宮にもスペースは用意されていました!

 そして内宮…。天照大神を祀っており、三種の神器の一つ、八咫鏡を御神体としている…。これは知識として頭の中に入っていても、やはり内宮の実物を見ないと、その尊さは窺い知れないでしょう。想像以上の荘厳な雰囲気が…いや、神秘的とまで言って良いのかもしれません。神々しい…という言葉は、今まで実態的には掴みにくい印象を持っていたのですが、ここの雰囲気こそが、正しく“神々しい”のだと思いました。そして、やはり式年遷宮用のスペースは用意されていて、こちらはやはり正宮だけに、規模も広大なものでした。
 最初は、何となく伊勢に行き、何となく伊勢参りを…とも思っていたのですが、何故“お伊勢参り”が江戸時代にあんなに行われていたのか、少しだけ分かったような気もしました。昔は、一生に一度は伊勢参り…等と言われていたようですが、今でも十分通用しそうな言葉だとは思いました。良い経験になったと思います。


 ●近鉄列車と賢島

 今回、自分は伊勢だけではなく、その先の鳥羽や賢島にも足を運んだのですが、この辺りを見て回るなら、何と言っても近鉄(近畿日本鉄道)列車が便利です。名古屋からの足としてはJRもあるのですが、伊勢や鳥羽での運転本数というと、JRは1時間に快速1本、普通1本なのに対し、近鉄は普通2~3本、急行2~3本、そして特急は4~5本も走っています。また、近鉄は名古屋からだけではなく、大阪(上本町)や京都からも直通列車が走っているので、地元の人も、まず鉄道と言えば近鉄が浮かぶ事でしょう…。ここでのJRは、完全にローカル線になっていると言えます。

   2階建て列車の元祖、近鉄特急ビスタカー(リニューアル車)   賢島付近のローカル列車は、基本的に2両編成です

 更に言えば、志摩や賢島には近鉄しか通っていません(JRは鳥羽までです)。この辺りまで来ると、さすがに普通列車はローカル線の風情が漂いますが、それでも1時間に2本は運転しています。沿線の人口密度からいくと普通は1時間に1本くらいでも良さそうな場所なのですが(逆に、観光用に特急の本数は多いです)、本数をそこまで減らさない事で、利便性を確保しているのだと思います。

   観光地らしく、わりと大きな駅だった賢島駅   賢島の駅から徒歩2、3分で見られる景色です

 周囲の雰囲気からすると、近鉄の賢島駅は大きく、正に観光の拠点とも言えるような駅でした。名古屋や大阪から来た近鉄もここが終点となり、駅前にはタクシーやバスのロータリーが控えてます。ここでは自分は1時間弱ぐらいしかいませんでしたが、この先の移動手段としては“船”というのもあり、観光客は駅を降り立った後、それらで小さな島々に向かう…という事も少なくないそうです。それが確かに賢島観光の真髄だとは思いますが、今回は時間が無いので断念でした。しかし、それらの小さな島でのんびり…というのも悪くは無さそうですね。頭の片隅に入れておく事にしましょう!


 ●二見浦

 伊勢市には二見浦という場所があるのですが、ここだけは近鉄で行く事が出来ません。伊勢市駅、または鳥羽駅からJR参宮線に乗って向かいます。ここで有名なのはもちろん夫婦岩で、最寄の二見浦駅からは徒歩15分程度で着く事が出来ます。

   明らかに夫婦岩を意識している駅舎です(笑)   あの縄の間から太陽が昇ってくる写真は有名ですね

 二見浦は日本の渚百選にも選ばれているそうですが、確かに、浦島太郎でも出てきそうな(笑)雰囲気の場所ではありました。目的の夫婦岩は二見興玉神社内に存在しており、横に張っている綱が印象的でした。これは、ここに神様がいる…という印になっているそうです。よく広告等で見かける写真より、今回はかなり潮が引いている感じがありましたが、また違う印象も持てて良かったと思います。


 ●“伊勢”の付く食べ物

 これはもう、言うまでも無く伊勢エビでしょう…。せっかく本場に来たのだから…という事で、海はすぐそこという鳥羽駅の近くにあった、食堂的な場所でそれを頂きました。

   鳥羽駅前に位置します   贅沢ですね…(笑)

 この時は伊勢エビだけではなく、ホタテやサザエなども食べましたが、やはり新鮮さが命なのだと思いました。まあ旅先での食事というのは、雰囲気で50%は美味しくなっているものなのですが、お店のおばちゃんが面白かったので良いとしましょう(笑)。

 そしてこちらも有名、伊勢うどんです。

   雨が降っても賑やかな、おはらい町(通り)   全く新しい食べ方でした

 伊勢神宮の内宮の近くに、おはらい町という通りがあり、その一角に“おかげ横丁”という場所があるのですが、ここは江戸らしい町並みが再現されていて、なかなか面白い雰囲気で頂く事が出来ました。
 恐らく自分は、この時初めて伊勢うどんというのもを食べたと思うのですが、もう今までのうどんとは別物と考えた方が良さそうな感じでした。麺は柔らかくなるまで煮てあり、腰は全然ありません。それに、濃い“たまり醤油”等を絡めて食べるのですが、特に、先日経験した讃岐うどん〔Generation Gap & The Linda カップリング・ツアー、西日本編(2007.7.28~8.5)参照〕とは180度違うやり方だと思いました。
 自分は醤油系が好きなので、こういった食べ方は実は好みだったりします。讃岐うどんとどちらが美味しい?…と言われると困ってしまいますが、そもそも比べる物ではない…というのが正直なところです。…ですが、伊勢に行ったらまた食べてみたい…。そう思わせる魅力は持っていたように感じましたね。


 ●帰りは“ぷらっとこだま”で…

 帰りの名古屋から東京へは、東海道新幹線を利用しましたが、ここで自分は“ぷらっとこだま”というプランを使ってみました。これは、1日前までの予約なら、東京~新大阪間の“こだま”号(早朝、深夜を除く)の利用に限り、運賃が割り引かれて乗車できるというものです。
 名古屋~東京間は、例えば“のぞみ”の指定席利用だと10780円程かかりますが、“ぷらっとこだま”利用だと7900円で済みます。特に割安感が大きいのはグリーン車利用で、先ほどの値段に1000円を加えるだけで乗れてしまうのです(通常だと14070円)。つまり、5000円以上も得をしているという計算になり、せっかくなので今回はグリーン車を利用してみました♪
 デメリットと言えば、直前の予約が出来ない事と、やはり時間が掛かる(名古屋~東京間は、“のぞみ”利用だと約1時間40分、“こだま”利用だと3時間弱です)…といったところですが、別に言うほど遅くもないですし(高速バスより全然早いです)、グリーン車だったら自分はむしろ長く乗っていたいと思ってしまう程なので、今回は特に問題は無い気はしました。
 しかし、“ぷらっとこだま”というのは切符の名前ではなく、募集型企画旅行…つまり旅行商品名なので、例えば今回のように名古屋⇒東京で買ったとしても、東京から池袋までの切符は別に買う必要があります(通常JRの切符だと、名古屋市内⇒東京都区内となり、東京都区内の駅はどこでも行けるようになっています)。また、直前の予約変更にしても、旅行会社等でよくあるキャンセル料に準ずる事になっているので、つまりは当日乗り遅れてしまったら、その“乗車する権利”は全くの無効になってしまうのです。なので、その辺りはよく考えて購入(ついでに先ほども言ったように“切符”では無いので、みどりの窓口では買えません…JR東海ツアーズやJTBで購入しましょう)した方が良いのかもしれません。

   なんだか乗る気持ちも高まります(名古屋駅にて)   車内は優雅の一言でした!

 変にデメリットを多く挙げてしまいましたが、それでも帰りの3時間、グリーン車を堪能できたのは大きく、疲れもそれ程無かったような気がします。また、時期的なものもあったと思いますが、名古屋~東京間を通して、自分の乗っていた車両で他にいた乗客というのは、たったの2人しかいませんでした。なかなか優雅な時間を過ごせたと共に、新幹線の各駅停車の旅…みたいなものを体験している感じもして、帰路だというのに興味が尽きなかったです(それは自分だけかもしれませんが…笑)。

 とにかく、旅の最後までゆったりと過ごせる…というのは、旅において意外にも大切な要素だと思いました。やはり忙し過ぎるのは良くないです(時間が無い時は仕方ありませんが…)。伊勢神宮もまた然り、今後もこういった“ゆったり”の旅をしていきたいものですね!

 ☆伊勢神宮のHP…http://www.isejingu.or.jp/

 ☆JR東海ツアーズのHP…http://www.jrtours.co.jp/

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旅日記 15.(イタリア、ローマ・フィレンツェ編…2007.7.21~7.27)
 長い間お待たせしましたが、ついに旅日記イタリア編に取り掛かろうと思います。思い起こせば、日本を出発したのが先月の21日…。あれから1ヶ月が経ってしまうという感じですが、当時の事を思い出しながら、ゆっくりと書いていきたいと思っています。しかし、前から「また行きたい!」と考えていた場所だけに、記憶を蘇えらすのはそう難しい事でもなさそうです…。それではどうぞご覧下さい!


 ●まずはイタリアへの航空券選び

 ヨーロッパに向かう時にいつも頭を悩ませるのが、現地への航空券です。今回の目的地はローマ、フィレンツェですが、フィレンツェには大きな空港は無いので(…といっても、近隣ヨーロッパ諸国からの国際線くらいはありますが)、航空券の目的地は基本的にローマになります。ただ、成田からローマへの直行便というのは、日本航空とアリタリア航空(イタリアを代表する航空会社)がそれぞれ週に3便ずつ飛ばしているのみで、しかも値段が高いのが難点です。実際、7月21日(土)出発を見てみると、ちょうどアリタリア航空の便があったにはあったのですが、表示されている値段は高い上に、航空会社のホームページ上には“満席”の文字が書かれていました。
 これで直行便の選択は断たれてしまいましたが、アリタリア航空には、同じイタリアのミラノを行き先とする便が成田から毎日出ています。これでミラノで乗り継いでローマに行く手も考えてみましたが、これはまだ満席ではなかったものの、いまいち納得のいく値段にはなっていませんでした…。さらに付け加えれば、ローマ到着が20:30以降と、遅い時間になってしまうのも、予約を躊躇してしまう一因になっていたような気がします。
 やはり、夏というヨーロッパのオンシーズンでは、直行便、特に現地のアリタリア航空はどうしても人気が高くなってしまい、それが値段にも影響してしまうようです。…しかし、自分は元々直行便には期待していませんでした。この時期ポピュラーな行き方は、やはり各国の乗り継ぎ便です。さすがに所要時間は延びてしまいますが、それでもプラス1、2時間といったところです。元々アリタリア航空使用でも、結局はミラノ乗り継ぎしか空いてなかったわけですから、つまりはどこを経由しようが、結局は同じ…という事ですね。
 実はヨーロッパへの航空券は、香港やタイを経由する、いわゆる“アジア乗り継ぎ”という選択も無くは無いのですが、これは7日間という旅行にしては時間が掛かりすぎです(基本的に、成田を午前中に出発して、次の日の午前中に向こうに着く感じです…ヨーロッパ経由だと、その日のうちに着けます)。また、やはりローマへの便数というのは、各航空会社ともそう多くはないようで、物理的に無理な場合が殆どでした。
 …ということで、自分の中ではもう“ヨーロッパ経由”…という選択に決めていました。これでもまだ色々あって、アエロフロート・ロシア航空のモスクワ乗り継ぎ、KLMオランダ航空のアムステルダム乗り継ぎ、オーストリア航空のウィーン乗り継ぎなど、調べていくだけで旅気分になってしまいましたが、その中でドイツ経由のルフトハンザドイツ航空(以下ルフトハンザ)には特に興味を惹かれました。

   飛行機にも風格が感じられます…成田空港にて   機内を見ても、ブランド力の高い会社だなと思わせます

 ルフトハンザは言うまでも無くドイツを代表する航空会社ですが、それだけに留まらず、世界でも有数な航空会社としても知られています。ドイツらしい正確な運航や、機能的なスケジュールが特徴で、乗り継ぎの利便性も世界では定評があります。実は、日系航空会社を除いて日欧間で最も座席の供給数が多いのがルフトハンザで、それは単に日本からドイツに向かう人だけではなく、ドイツで乗り継ぎ、その先の国に行く利用者も多いという事を示しています。
 値段的にもヨーロッパ経由の便の中では安い方で、しかも自分はルフトハンザに関しては、前から気になっていた航空会社だっただけに、トントン拍子でその予約を済ませてしまいました。また、自分はアメリカのユナイテッド航空という航空会社のマイレージカードを持っているのですが、ルフトハンザも含め、これらはスターアライアンスという連合に加盟している為(他、日本の全日空や、韓国のアシアナ航空等も参加しています)、今回のフライトでもマイルが溜める事が出来るというのも、予約を後押しする原動力になりました。
 しかし、最も決め手になったのは、そのフライト・スケジュールでしょう。実はルフトハンザにすると、現地での滞在時間を最も有効に使えるという事が判明したのです。
 基本的に、ヨーロッパから日本に乗り入れている航空会社というのは、ヨーロッパから成田に降り立った飛行機がそのまま折り返して本国へ飛ぶ…というスケジュールを組んでいます。これは何を意味するかというと、日本を早く発つ便ならば、帰りの便も早くなってしまう…という事です。
 旅行ではなるべく現地での滞在時間を多くしたいところですが、その為には、日本発をなるべく早い時間に設定してある飛行機を探したいところです。例えば、オーストリア航空の成田発は10:55と、わりと早く日本を出発するので現地ウィーンには夕方には着き、乗り継いでローマにも19:00頃には着くのですが、反対に、帰路の成田着は朝の8:20です。これはウィーンを14:00頃出発するという計算になるのですが、そうなるとローマ発は10:30になってしまい、これだと早過ぎです。…というのは、自分はイタリアの最終日はフィレンツェにしてあるからです(フィレンツェからローマの空港までは3時間ぐらい掛かり、空港には出発の2時間前には着いている必要があるため…厳しいですね)。
 反対に、アエロフロート・ロシア航空利用だと、帰りのローマ発は12:00くらいで大丈夫なのですが、つまりは成田での出発時刻が遅め(…とは言っても12:00発ですが…)になっているために、ローマ着は21:30と、夜の到着になってしまうのです(夜のイタリア到着は、何となく避けたい気持ちがあります)。
 この感じですと、現地に早く着くか、現地を遅めに出るか、どちらかを選択するしかないように思えるのですが、そこを解決してくれたのがルフトハンザでした。ポイントは、ルフトハンザのフライトが、成田から2都市へ向けて便が設定されているという事です。
 1本はフランクフルト行きで、こちらは成田が9:55発と、ヨーロッパ行きの中ではかなり早めの設定です。この便は成田着7:45の便がそのまま折り返しになるものです。もう1本はドイツ第3の都市ミュンヘンへ行く便で、こちらは遅めの12:25発です(成田着10:15のものが折り返しになっています)。つまり、現地での滞在時間を長くしたいのならば、行きはフランクフルト経由、帰りはミュンヘン経由にすれば良いのです。この場合、乗り継いでローマ着は17:20と、かなり早めに到着する事ができ、そのうえ帰りのローマ発は13:00で大丈夫なのです。…こうなると、行きはフランクフルト行き、帰りはミュンヘン発の便に乗客が集中しそうですが、これはヨーロッパから日本に来たい人の立場で考えると、その条件は逆になってくるわけなので(成田に早く着いて、遅く出発したいので…)、これで成り立っているという事なのでしょうね。確かに効率的な運航だと思いました。

 このように、結果だけ見ればルフトハンザのドイツ経由(行きはフランクフルト、帰りはミュンヘンで乗り継ぎ…)でローマへの往復航空券を買っただけなのですが、その道中は航空会社の戦略も垣間見えるような、大変興味深い航空券選びにもなっていたと思いました。何だか、ヨーロッパへの旅はこの時既に始まっていたような気もします。…というか、航空券選びこそがヨーロッパ旅行の醍醐味?なのかもしれませんね。


 ●ルフトハンザでドイツ経由、ローマ行き

 …という事で7月21日当日、朝8:00頃には成田空港に着き(家を出たのは朝6:00くらい…)、早々とチェックインを済ませ、その2時間後には機上の人になったのですが、機内は満席で、しかも座席が予想以上に狭い印象でした。これは、自分が窓側でも通路側でもない席になったというのも一因だと思いますが、これで10時間以上も乗っていると思うとヘコむ以外にありません(笑)。フライト中は機内映画、音楽なども楽しめますが、映画は大勢で見るスクリーンのタイプで、どうも個人で集中できるような雰囲気はありません。ここは、機内食の時にドイツの地ビールを注文し、酔いつつ眠って過ごす事にしてしまいましょう。

   ドイツの地ビール(…だと信じたい…笑)

 しかし、長時間もジッとしている訳にはいかず、トイレに行くわけでもなく席を立ったりして(ももちろん、通路に出るには横の人の前を通らなければなりません)、それはそれは気分転換に励みました。自分は後ろの方の席だったのですが、機内の一番後ろのドア付近では、同じ様な状況で“避難”して来ている人が多く、ヨーロッパ行きへの過酷さを物語っているようでした。

 そうして成田を出発して約11時間半後、現地時間で14:35、無事にドイツはフランクフルト国際空港(マイン空港といいます)に到着しました。ルフトハンザの本拠らしく、ここには成田から乗ってきた飛行機と同じ塗装をした飛行機を数多く見かける事が出来ます。ここは成田のように国際線専門ではなく、国内線もバンバン飛ばしているので、同じルフトハンザながらサイズの異なる飛行機も多くて、本当に見ていて飽きません。しかも、ルフトハンザ専用ターミナルというのもあるくらいなので、そのブランド力は極めて強いものだと思いました。ここでは乗り換えるだけなので、空港の外に出るという事は出来ませんが、いつかドイツにも降り立ってみたいと思わせてくれるに十分な空港でした。

   フランクフルトの空港にて…ルフトハンザばかりです   飛行機の発着案内表示はクラシカルでした

 次に乗る飛行機は16:30発のローマ行きでしたが、実はローマ行きは15:30発にも運航されていました。予約の段階ではこれに乗る事も出来たのですが、初めての国際空港で乗り継ぎで1時間弱というのは、何だか不安にさせるものがあり、自分は16:30発の便を選んでいたのです。しかし、乗り継ぎの手続きというのは予想以上に簡単でした。航空券は成田発の時点でローマまでのものを発券して貰っているので、この空港では手続きは不要で、決められた動線でEU入国手続き、そして乗り継ぎの為の荷物検査を受けるだけです。手続き後、15:10過ぎにはローマ行き飛行機の搭乗ゲートに行けた為、結果的には15:30発でも悠々間に合った…という事になりましたが、ここはゆっくりコーヒーでも飲みつつ、ドイツ発着の飛行機でも眺めている事にしましょう。

 優雅?な時間を過ごしていると、16:30まではあっという間でした。搭乗ゲートに案内され、ローマ行きの飛行機へ…。こちらの飛行機はエアバスA320という機種(日本のスターフライヤーで使っている飛行機と同じです)で、160人くらいが乗れる飛行機です。成田から乗ったのはボーイング747で、こちらは国際線でも300~400人は乗れてしまう訳ですから、この時のサイズの小ささは否めませんでしたが、実はA320はヨーロッパ内の国際線のメイン機種で、本当にどこに行ってもよく見かける飛行機です。確かに、ローマ行きはこの1時間前にもあったのですから、『小さめの飛行機で多頻度に』…といった運航がなされているのでしょう。ここにもヨーロッパ的な戦略が表れているようです。
 フランクフルトに別れを告げ、一路ローマへと飛行機は飛び立ちました。離陸後は一面森だらけという感じで、確かにドイツは森が多いものだと感心しましたが、やがてそれらは起伏の激しい地形になり、所々に雪が残っているのが見える程の山地の上を飛ぶようになります。恐らくスイス上空でしょう。そしてそれらの山々を越えると、今度は眼下には茶色の大地が一面に見えてきます。これこそがイタリアで、その景色の変化には更に興味が湧きましたが、これは帰路時にレポートをするのでお楽しみに…。とにかく、フランクフルトからの便の席は窓側にして貰っていたので(成田で可能でした)、ほぼ自分は窓の外に釘付けだった訳なのです(笑)。

   オレンジというのはパッケージの柄を指してました   眼下にはイタリアの大地が…あと少しでローマです

 そんなこんなでイタリア時間で18:50(ドイツと時差はありません…日本との時差は、今回は夏時間を使用するので7時間です…本来は18:20着だったので、少し遅れて到着したようです)、ついに飛行機はローマの空港(フィウミチーノ空港といいます)に到着しました。今度はイタリアの代表的な航空会社、アリタリア航空ばかりが目に入ったのが面白かったですが、若干西日に照らされた空港ターミナルは、久しぶりに訪れたローマを感慨深く思わせるに相応しい姿だったと思いました。さあ、いよいよローマです!


 ●険しい道のりだった、空港⇒ホテル

 ローマに着きましたが、別に初めての訪問ではありません。ここは冷静に、効率的に市内へ向かおうではありませんか(笑)。ローマの空港にはイタリア国鉄が乗り入れていて、レオナルド・エクスプレスという列車が、9,5€(約1600円)で約30分でローマ・テルミニ(Termini)駅(日本で言えば東京みたいな、ローマの主要駅です)まで結んでいます。この列車は30分毎の運転なので、乗り遅れると若干大変ですが、空港の荷物受け取り場にその出発時刻は表示されていて、事前に計画が立て易かったのは良かったです。
 しかし、この預け荷物…。到着から10分待っても20分経っても出てきません。ヨーロッパ特有の時間の流れ方なのかもしれませんが、これではせっかく早い時間に空港に着けたのに、辺りが暗くなってきてしまうではありませんか…。一瞬、ロスト・バッケージの文字も過ぎりましたが、それから更に20分後ぐらいに、ようやく荷物が運ばれてきました。この気の長さ…早速イタリアの洗礼を受けてしまったようです。
 遅れに遅れて、ローマ・テルミニ駅に着いたのは20:40頃でした…。さすがに日も暮れてきましたが(この時期のヨーロッパは日が長く、基本的に21:00頃までは暗くなりません)、そろそろ自分は焦りが出てきました。この駅からは地下鉄A線に乗り換えるのですが、現在地下鉄A線は路線延長工事の関係で、21:00以降は地下鉄の運行を休止し、代替バスでの運行となっているらしいのです。イメージですが、代替バスというのは分かりにくく、自分のようにスーツケース等を持った観光客には不向きな感じがします。また、ガイドブックには“21:00以降”と書いていましたが、よく考えたらこの表現こそが曖昧で、どの駅を基準に21:00なのかが分かりません。
 …ここは急ぐに越した事は無いようです…が、地下鉄の自動券売機では1台が故障していて、もう1台はお札が使えない状態でした。まあ、イタリアとしては珍しくない光景なのですが、このタイミングで起きるとは何とも運が悪いです。お陰で切符を買うだけで5分程を要し(1つの故障していない機械に何人も並んでいました)、重いスーツケースを抱え、今度は走ってホームまで向かいました。ローマの地下鉄は遺跡を避けている為か深い場所を通っていて、それでもエスカレーターの数は少ないので、急いでホームに向かうという作業すら億劫に感じてしまいますが、なんとか営業時間内に地下鉄に乗る事は出来ました。
 今回泊まるホテルの最寄駅は、地図的にはA線のスパーニャ(Spagna)駅とバルベリーニ(Barberini)駅の中間ぐらいに位置し、どちらで降りようかと迷いましたが、スパーニャ駅の方は、いわゆるスペイン広場の最寄駅でもある為、せっかくなのでこちらの駅を使ってみました。テルミニ駅からは3つ目なので、そんなに時間も掛からず、21:00前には着けていたと思います。
 しかし、改札を出ると狭い通路が続いていて、ろくな地図も無く、どちらに行くとホテル方面に行ける道に出るかは全くと言って良いほど分かりませんでした。仕方無く勘を頼りに進みましたが、これが大間違いでした…。地下通路自体が長かったせいか、地上に出た時には見当も付かない感じで、今来た道を逆戻り…。アップダウンの激しい通路でしたが、何故かエスカレーターはどこも動いていなく、スーツケースを手に持って階段を上り下りしていきます。
 なんとか地上に出ましたが、ここで更にがっくりさせられてしまいます。いわゆるここはスペイン広場の下に位置する所だったのですが、ホテルの場所をガイドブックの地図で確認すると、広場の上にある道沿いにあるようなのです…。ここまでアップダウンをしてきた自分にとって、この階段を上がるという事実には、流石にもうギブアップ寸前でした(ギブアップしても何もならないのですが…)。地下鉄で1駅戻って…いやいや、もう運行は取りやめてしまっています。タクシー…ここまで来て使うのも…しかも遠回り過ぎる…。結局は階段を上がるしかないわけですね。しかも世界中から来た観光客を掻き分けて…です。
 とにかく、後は根性と気力でホテルには着きましたが、時刻はもう22:00になるところ…。とても無事に着いたとは思えないような行程でした。なかなか観光客に優しくない体制の中、ホテルには辿り着きましたが、こんな疲労感溢れる状況下でも、この後ご飯を食べに行ったのは自分でも大したものだと思っています(結果的にはこれが良かったのですが…)。道中での写真が1枚もない事に、行程中の危機感を窺わせてくれますが、とりあえずは着いてくれて良かったです。ホテルの受付の人が優しかったのが本当に忘れられません。


 ●2日間でローマを観光!

 今回のイタリア旅行は5泊7日という行程でしたが、つまりは1日中使える日は4日間という事です。これは案外短いもので、しかも今回はローマとフィレンツェという2都市に行きますから、本当に限られた時間で観光をしなくてはいけません。ローマに与えられた時間は丸2日間でしたが、それでも頑張って色々と見て、そして回ってきました(笑)。ダイジェストでお送りしたいと思います。

   時間的にはむしろ、夜の24:00に近かったかも

 まずはトレビの泉です。有名すぎて説明するまでもありませんが、これはローマに着いた日、疲労感はかなりのものでしたが、せめてどこかローマらしい所を見ておこうという事で(ホテルに向かう途中にスペイン階段は通ったのですが、気分的に他の場所に行きたかったのです…笑)、夜ご飯を食べに行きがてら寄ったものです。この時は夜の23:00を過ぎていましたが、まだまだ人だかりは絶えなかった事を覚えています。以前来た時は日が明るい時だったので、ライトアップされた夜の光景というのもまた印象的でした。「ローマへもう一度戻りたいと願うなら、後ろ向きにコインを投げよ」…という言い伝えがある為(なんてロマンティックな…笑)、それはもう世界中から観光客が同じ仕草をしていましたが、相変わらずそれらの観光客を狙った物売りが多いのには閉口しました。まあ、これもローマの観光地の1つの光景ではあるのですが…。

   閑散としている状態はあまり見ません

 そして改めて2日目の朝、ホテルから程近いという事で、まずはスペイン広場をどどっと下り、進路を南西の方に向けました。以前ローマに来た時は、北側とヴァチカン市国(今回は行っていません)が中心で、あまり見てなかった地域に足を延ばしておきたいという気持ちがあったのです。それにしても…スペイン広場を振り返って見てみると、よく昨夜はスーツケースを抱えてここを上れたなと思いましたね(笑)。

   街の中に、突然として現れるパンテオン   トラステヴェレにて…蚤の市は賑やかでした

 現存するローマ建築の最も大きな遺構であると共に、世界最大の石造り建築のパンテオン(現在の建物は、今から約1900年も前に建てられたものです)を見ながら、更に南西へと向かい、ローマ市内を流れるテヴェレ川も超え、トラステヴェレ(テヴェレの向こう側…という意味らしいです)という地区にやってきました。ここは今回特に訪れたかった場所で、“ローマの下町”とも呼ばれている所です。この付近ではポルタ・ポルテーゼという蚤の市が毎週日曜日の午前中に行われおり、たまたまこの日は日曜日だったので行ってみたのです。
 確かに凄い賑わいで、しかも露店の数が相当のものでした。売っているものにしても、鞄や靴はもちろん、古地図やアンティークな雑貨から食べ物の屋台まで…。豊富過ぎてよく分からなくなりそうでしたが、来ている人達も地元の人から観光客まで、実に豊富な感じでした。
 しかし、この時に注意したいのが“スリ”です…。こういう場所では特に警戒をしなければならないのですが、そう思っていた矢先、中東っぽい顔立ちの子供達3、4人ぐらいに、いきなりガバッと抱きつかれました。一瞬呆気にとられてしまいましたが、これこそ巧妙なスリのやり方ではないですか!…容赦なく自分は子供達を突き放しましたが(笑)、きっとどこかで大人達も見ている事でしょう。本当に気を付けなければいけない場所だと思いました。

   教会も本当に沢山あります   床や後方の天井のモザイクが素晴らしいです

 上の写真はサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂といって、おそらくローマで最初に建てられた公式な教会だとか。それは4世紀の半ばという、とてつもない時代にまで遡ってしまうのですが、現在の建物は12世紀の当時の姿が基本となっているらしいです。もちろん中は自由に入れて、ちょうど礼拝が行われているところでした。こういった文化にすぐ触れられるというのは、やはり良いですよね。

   これが可愛いんです(笑)   常に観光客で賑わうナヴォーナ広場

 トラステヴェレには大きな道があまりなく、小型の電気バスも走っているのですが、これがローマの風景によく溶け込んでいて、自分は好ましい印象を受けました。電気を動力としているので音も静かで、ローマの小路を小回りを効かして走っている姿は可愛いとしか言いようがありません(笑)。もちろん、トラステヴェレだけでは無く、ローマの大通り以外のところで活躍してますが、それだけに路線が複雑なのも厄介です(笑)。こんなバスの旅ももしかしたら良いのかもしれません。
 そしてトラステヴェレを離れ、ローマを代表する広場の1つ、ナヴォーナ広場にやってきました。ここはその昔は競技場で、階段席に3万人をも収容する事が出来たらしいです。現在は庶民の憩いの場という感じですが、広場の中央にある3つの噴水は特に有名かもしれません。これら噴水にも、色々意味が籠められているので、歴史を紐解いて観察していくのも面白いかもしれません。

   工事中ではあった、ヴェネツィア広場とヴィットリアーノ

 今度はバスでヴェネチア広場へ向かいます。ここはローマの旧市街のほぼ中心に位置するのですが、この広場の奥に堂々と立つヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂には圧巻でした。工事中なのは残念でしたが、それでもローマのランドマークとだけあって立派なものでした(辺りが広く見渡せる為もあるかと思いますが…)。

 ここからはいよいよ、古代ローマを偲ばせる地区へと入ってきます。それはもちろんフォロ・ロマーノとコロッセオで、ローマ観光の目玉と言っても過言ではありません。古代ローマ時代の市民の集会、裁判、そして商業活動や政治討論の場として設けられたこの場所は、古代ローマの発展の中枢でもありました。やはりカエサルを始めとする数々の皇帝や、歴史に名を残す遠い過去の人々と同じ場所を歩くというのは感慨深く、それだけでのローマに来た甲斐があったというものです。

   この辺はもう暑さのピークでした   壮大な眺めのコロッセオ内部

 しかし、この日の暑いこと暑いこと…。見所も沢山あって、色々見て回るべき場所もあるのですが、肝心の体力が厳しい感じでした。この日の気温は35℃を超えていて日差しも強く、しかも意外に蒸し暑いときたものです…。水分をいくらとっても足りないのですが、このミネラル・ウォーターも1€(約170円)、氷入りなら2,5€(約420円)と、ペットボトル500ml にしては値段が高過ぎるのもネックでした。ところで、ローマには噴水が沢山あるのですが、そこに空のペットボトルを突き出し、お水を溜めている人もしばしばいました。自分もあまりの暑さにやってみましたが、これが意外にも美味しかったのを覚えています。ただ、日本人には慣れない硬水でもあるため、飲み過ぎには注意…といったところでしょうか(体内に石が溜まってしまう事があるようです)。

   見るからに荘厳な雰囲気が漂っています   内部は更に荘厳な感じでした

 ここからは3日目の行程になります。まず向かったのはサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂という所で、教皇座がヴァチカンに移るまで、長い間カトリックの教会の中心的存在であった場所です。もちろんその歴史は古く、今から1700年も遡る話しになってしまうみたいですが、確かに建築物も重厚なものばかりで、当時を偲ばせてくれるに相応しいものばかりだったような気がします。

   下にある道が一方通行なのはご愛嬌?   まだまだ石畳の道が残っているアッピア旧街道

 ここから向かったのがアッピア旧街道とサン・カッリストのカタコンベです。アッピア旧街道はローマで最初に敷かれた執政官道路(ローマと他の都市とを結ぶ街道)で、それは紀元前312年の話しですから驚かされますが、左上の写真はその起点ともなっているサン・セバスティアーノ門です。ローマは城壁で囲まれていて、18の門が造られているらしいのですが、その中でも最大のものだとか…。ここにも歴史が感じられますね。
 カタコンベは、いわゆる共同地下墓地というものなのですが、ここは英語のガイド付きで見学をする事ができました(時間の申し込みにギリギリ滑り込みでの参加となりました…笑)。つまりは地下に降りていく形をとったのですが、中は冷んやりとしていて(もちろんこの日も、ローマは猛暑と言って良いくらいの暑さでした)、予想以上に通路が沢山あったのが印象的でした。これは日本では見られない文化なので、何だか不思議な気もしましたが、変に神聖なものも感じられましたね。

   色々な人種の人達が観光に来ていました

 また、カタコンベの位置付けとしても重要なところらしく、世界の様々なところから観光に来ている人が多かったのも印象的に映りました。“死”に対して真正面から考えている…そんな人達が多かったのも興味深かったです。日本ではこういった考えはあまりありませんが、ここは文化の違いだけでは済ませたくないな…と思わせる場所にもなった気がしました。

   行列ができているサンタ・マリア・イン・コスメディアン教会   順番待ちの人達はご覧の通り…

   どこの国の人達も、写真の撮られ方は一緒です(笑)   あまり知られてませんが、この教会の内部はこんな感じです

 そして、特に有名なのがやはり真実の口でしょう。これはサンタ・マリア・イン・コスメディアン教会内にあり、映画『ローマの休日』であまりにも有名になってしまいましたが、あのお馴染みの言い伝えは、ちゃんと中世のものだそうです。それでもここを訪れる人は本当に多く、特に入場料があるわけでもないので(寄付金用の箱は置いてありますが)、午後以降は行列は必至…という感じです。
 この日も、ざっと20分~30分は並んでいたような気もしますが、世界各国からの観光客が真実の口を前にする行動と言えば、必ず“口の中に手を入れて写真を撮る”…で、言葉は分からなくても目的は同じ!…という状況には少なくとも感動を憶えました。皆さん本当に楽しそうに写真を撮っていて、何だか微笑ましくも感じられる光景ではありましたね。やはり一度は行くべき所なのかもしれません。

   自宅での撮影ですが、何だか懐かしい気にさせられます

 …というわけで、ローマを2日間かけてザザッと見て回りましたが、その間にお世話になったのが、上の写真の“ローマ・パス”でした。値段は20€(約3400円)でしたが、その効力はイタリアにしては?なかなかのものがありました。それらを挙げてみますと、、、

・有効期限は3日間
・地下鉄・バス乗り放題
・ガイドブックに記載されている有効なローマの美術館・施設のうち2つが無料
・以降は割引

 まず、3日間有効というのが今回では理想的です(ローマから移動の日の地下鉄も使えましたしね…)。そして、地下鉄・バス乗り放題というのは本当に大きく、バスの料金体系が面倒云々より、1回1回チケットを買わないで乗れる魅力というのが、時間効率の面からしてもお勧めなのです(前述の通り、自動券売機は故障している事が多々あるので…笑)。
 3つ目に書いてある“有効なローマ美術館・施設”…というのが若干分かりにくいですが、旅行者には必須とも言える“コロッセオ・パラティーノの丘”が11€(約1870円)、ボルゲーゼ美術館(今回記事には書いていませんが、行った場所の1つです)が8,5€(約1450円)なので、これで十分元は取れてしまう事になります。ボルゲーゼ美術館は予約料込みの値段ですが(予約必須の場所です)、これもローマ・パスを見せれば払う必要はないです。また、混雑必至のコロッセオにはローマ・パス所有者専用の入口が設けられていて、行列を横目に入れるというのも良い感じです(笑)。
 このように、お得感溢れるカードなのですが、ある意味でイタリアらしくない?…と思ってしまったのは贅沢な悩みでしょうか(笑)。まあ、観光がしやすくなるというのは素直に喜ぶべきで、お陰で時間の効率にも役立ち、今回の観光が実現できたのかもしれません。とにかく、丸2日間で予定通りの場所に殆ど行けたというのは、ローマ的には奇跡に近いとも思いました。それがイタリアという国なのです。


 ●ローマのレストランとホテル

 旅行に欠かせないのが“食”と“住”なのは当然ですが、イタリアでは特に大事と思っても良いかもしれません。食はもちろんの事、ホテル等も昔からある建物を使っていたりするので、いつも以上に拘りたい部分も出てくるというものです。ここでは、ローマで印象的だったレストラン、そして今回泊まったホテルを紹介したいと思います。

   夜の24:00くらいに行ったのですが、良い対応をして頂きました   写真の撮られ方も若干浮かれ気味かも…(笑)

 まずはピッツェリア(いわゆるピッツァの店です)、チーロ(Ciro)です。ここは何を隠そう、ローマに夜遅くに着いた日で、ホテル到着後に頑張って向かったお店だったのですが(時間的には23:30を過ぎていました)、カジュアルな雰囲気で、店員も暖かく迎えてくれたのを覚えています。ここで食べたマリナーラ(トマトとガーリックとオレガノのみのシンプルな味で、チーズを全く使っていないのが特徴です)というピッツァが絶品で、ローマに着いた日に来た甲斐があったというものでした。チーズ無しのピッツァというのも新鮮な気はしましたが、身体に重くなく食べる事が出来たので、時間的にも丁度良いという感じでした(また、やはりマルゲリータもお勧めらしいです)。もし、また夜にローマに到着する事があったとしたら、また寄ってみたいと思うお店の1つになったと思います。

 ※どうやらHPが無いようなので、以下を頼りに探してみて下さい!(中央郵便局の近くです)
  『Pizza Ciro』  住所 :Via Della Mercede 43   電話 : 06-6786015   ~2:00am(無休)

   なかなか雰囲気の良いお店でした   イタリアにはやはり色々な料理がありますね

 そしてもう1軒がラ・カンパーナ(La Campana)です。ここはローマの郷土料理を中心に、幅広いメニューが自慢のお店ですが、ここで自分はアーティチョーク(イタリアでは“カルチョーフィ”とも言うそうです…ついでに、和名は“朝鮮あざみ”と言います)という物を初めて食べました。ユリの根っこにも近い感じがしましたが、新しい食感でもあり、とても美味しかったです。
 初夏が時期の野菜でもあり、今回はこちらのレストランではよく見かけましたが、日本では気候が栽培に適していない為、あまり見かける事はないようです(観賞用が多いそうです)。茹でて食べる事が多いようですが、今回のように揚げて食べたのが絶品でした。これがまたワインが進むこと進む事…。実は、美味しいアーティチョークを食べられるレストランというのは、ここローマでもそんなに無いらしいのですが、ここは地元の人も好んで訪れるお店らしく、味には自信有りと見て良いと思います。

   この道は緩やかな下り坂で、下りきった所に駅があります

 そして、今回泊まったホテルがここ、インテルナツィオナーレ(Internazionale)です。イタリア語読みなのでこんな感じですが、用はインターナショナル…という事ですかね。前述の通り、スペイン広場に近い場所にホテルは位置しますが、駅的には地下鉄A線のバルベリーニ駅からの方がアクセスしやすいです。
 古い修道院の建物を利用したホテルで、客室の内装はそれぞれ異なるみたいですが、どれも雰囲気は良くて、年代を超えた魅力というものを感じさせてくれました。しかし何よりも、遅く到着したにも関わらず、暖かく迎えてくれたフロントの方にまずは好印象で、それはイコール、ローマの好印象にも繋がったくらいでした。
 ところで、このホテルのHPには日本語サイトもあるという事で驚いたのですが、日本人の利用者がやはり多いのでしょうか…。結局それは分からずじまいでしたが、フロントの人が「日本語で10は何て言うんだっけ?」など、日本語に対して興味を持っている素振りがあったのは確かで、それが何となく嬉しくも思ったりしました。こちらもお勧めのホテルと言って良いかもしれませんね!


 ●ローマからフィレンツェへ…

 2日間でローマを満喫した後、向かった先はフィレンツェでした。これは4日目の行程になるのですが、朝早くにローマを出発し、フィレンツェでの滞在時間が長くなるように列車を予約しておいたのです(予約はイタリア国鉄の自動券売機でも可能な為、実はローマに着いた時にやっておきました)。そのローマ発は朝6:52とさすがに早く、ホテルは6:00過ぎには出ておきましたが、ローマのテルミニ駅には6:30前には着く事が出来ました。最初ローマに着いた時と違って、ここでは余裕さも見られた感じです(笑)。

   Uscita はイタリア語で『出口』の意味です   A線の車両は近代的でしたが…やはりどことなく暗さが…

 もちろん、ホテルからは地下鉄A線のバルベリーニ駅を利用し(切符もローマ・パスで済みました)、朝の空いている地下鉄というのも満喫できました。それにしても…やはりローマの地下鉄はどこも薄暗いですね…。そんなに長く乗りたいような環境ではないのが残念です(これが地下鉄B線になると車両も古く、車体は落書きだらけなので、まだA線の方が救われてはいるのですが…)。

   ヴェネチア行き…という文字が旅情をそそります   ローマのテルミニ駅は本当に大きいです

 さて、ローマの玄関口であるテルミニ駅に着きましたが、まずは自分の乗る列車の番線の確認です。とにかく広い構内を持つ駅のため(ホームも確か30番線近くまであります)事前確認は必須でもあり、いきなり予定が変わる事もあるので細心の注意は必要です。小まめに発車番線を確認しつつ、駅で飲み物とパンを購入し、いざ列車に乗り込みました。この列車はユーロスター・イタリーと呼ばれており、イタリア国鉄を代表する特急列車でもあります。車両はETR500型と呼ばれているもので、最高速度は300km/時!(今のところは250km/時で運転していますが…)です。自分の心が浮かれるのも当然とも言えますね(笑)。
 ところで“ユーロスター”というと、イギリスのロンドンとフランスのパリを結ぶ高速列車の名前なのですが、実はイタリアの方が“ユーロスター”という名前は先に使おうとしていました。当初はイタリアの高速列車はペンドリーノと呼ばれており(左下写真の車両がそうです)、それがETR500型の登場を機に、ユーロスターという名前をにしようとしたのですが、ここでイギリスとの名称争いが生まれ、結局はイタリアが譲歩し、“ユーロスター・イタリー”と呼ばれるようになったという事です。この“譲歩”…という結果も、何だかイタリアらしい感じがしてしまうので不思議です(笑)。ちなみに、イタリア語ではローマ字読みそのままで、“エウロスタル”と発音します。

   こちらは初期の“ペンドリーノ”時代のETR450型車両

 さて、列車は6:52と、定刻に発車しました。イタリア国鉄では遅延が目立つというイメージが未だに拭えませんが(実際そうですが…笑)、高速列車に関しては概ね時刻通りに運行しています(逆に、早く着いてしまう場合もあります)。駅を出ると、まずはゆっくりと構内を進んでいくという感じで、本当に高速列車なのか…とも思ってしまいますが、やがて高速専用路線(イタリアでは“ディレティッシマ(一直線という意味です)”と呼ばれています)に入るとスピードを上げていき、いつの間にか近くの高速道路を走る車を軽々抜いていく速さになっていました。
 日本の新幹線は、いわゆる専用の線路で運行しているわけですが、イタリアを始め世界の殆どの高速鉄道は、高速の“専用線”を区間毎に設けてあって、そこに入るとスピードを上げる…といった運行をとっています。つまり都市部では在来線と一緒になって走っているわけですが、確かにこれだと都市部での建設が安上がりですし、何より在来線に簡単に乗り入れられるのが便利です。ただ、日本のように列車の本数が多くなってくると厳しくはなりそうですが…。

   朝早い出発だったので、とりあえず車内で空腹を満たします   車窓は、基本的にはこんな風景が続きます

 乗った列車は、ローマ・テルミニ駅を出ると次はもうフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅で、正に超特急という感じですが、所要時間は1時間40分といったところです。イタリア国鉄の時刻表によると、その両駅間の距離は316kmらしく、これは日本の東京~仙台間に相当します。しかし、東北新幹線の“はやて”でも同じくらいの所要時間なので、スピードはいい勝負…といったところかもしれません…。ただ、値段的にはイタリアが2等クラス(普通車)で約43€(約7300円)なので、日本よりも割安感はあるように思います(東京~仙台間は、新幹線だと1万円以上は掛かりますので…)。しかも、割引料金も多々ありますしね。イタリアは、物価に比べて鉄道料金は安めと考えて良いかもしれません。
 さて、そんな勘定をしつつ、列車はスピードを緩めてきました。いつのまにか車窓は原野から台地に変わっていましたが、これがトスカーナ地方の風景の特徴でもあります。そして、列車は結局5分遅れで(笑)サンタ・マリア・ノヴェッラ駅に到着しました。さあ、いよいよフィレンツェです!


 ●フィレンツェも2日間で観光!

 フィレンツェの駅に着いたのは8:40ぐらいでした。これで予定通り、この日も丸々1日観光する事ができますが、それを含めても残された日はあと2日間です。とりあえずホテルに行き荷物を置かせて貰い、フィレンツェ観光へと繰り出しました。
 フィレンツェで一番見るべきものと言えば、やはり街のシンボルともなっているドゥオモですが、ここは前回行った事がある場所でした。また行っても良い場所ではありますが、2日間という限られた時間で行くには勿体無いため、その横に隣接している“ジョットの鐘楼”に行く事にしました。また、今が朝早い時間だった事も幸いしてたと思います(午後以降になると、ドゥオモや鐘楼は観光客の長蛇の列が出来てしまうのです)。
 ジョットの鐘楼は高さが約85mあるらしく、もちろん階段でしか上がれませんが、この頂上からの眺めは抜群でした。眼下にはフィレンツェの街並みがよく見え、しかもドゥオモからでは絶対に見れないドゥオモ自身も見る事が出来ます。以前はドゥオモから見た景色でしたが、眼下に広がる建物の赤い屋根がやはり印象的で、“バラ色の街並み”、“花の都”と呼ばれるのも分かる気がしました。

   ドゥオモ前は常に人で一杯です   人の小ささからも、ドゥオモの大きさが窺えるというものです

   街中にはこんな移動手段も!?   フィレンツェのバスはオレンジ色が多いです

 フィレンツェの街並みを上から拝見した形になりましたが、今度は、もっと遠くからフィレンツェを俯瞰してみたくなりました。それが出来るのが、フィレンツェ郊外にあるフィエーゾレという小さな町です。ドゥオモのバス停留所(イタリア語でバス停は“フェルマータ”と言います…音楽用語と同じです)から7番バス(約20分毎の運行でした)で約30分といったところでしょうか。場所的にはフィレンツェから北に8km、高さ300mの丘に位置し、エトルリアの都市国家に起源を発しています。今ではフィレンツェの格好の展望台としても人気があるらしく、遺跡を見ながら散歩するにも良い環境だと思います。ただ、丘の上に位置する町のため、坂ばかりというのが難ですが(笑)、それもこの町の魅力にも繋がっているとも言えそうです。
 例のフィレンツェの街並みは、フィエーゾレの町の広場から更に坂を上り、サン・フランチェスコ教会に行く途中から見えるのですが、この坂の傾斜もなかなか半端ではなく、やはり良い景色を見るには、それなりの苦労も必要だという事でしょうか…。ですが、その分そこからの景色は素晴らしいものでした。手前にはトスカーナの田園風景が広がり、その向こうにはバラ色のフィレンツェの街並み…そして、よく見るとドゥオモも薄っすらと見る事が出来ます。この景色だけでも、来た甲斐があったというものですね。一生忘れられない光景になりそうです。

   セルフのガソリンスタンドが可愛いです   先程のドゥオモも、遥か彼方に見えます

 さて、再びフィエーゾレからバスで戻り、早速フィレンツェの街の探索を始めます。フィレンツェはそこまで大きい街ではないのですが見所は多く、ルネッサンス絵画、特にボッティチェリの名画“春”・“ヴィーナスの誕生”が見れるウッフィッツィ美術館や、ダヴィデ像のオリジナルが置いてあるアカデミア美術館、フラ・アンジェリコの代表作“受胎告知”があるサン・マルコ美術館、ルネッサンス期の最大規模を誇る邸宅ピッティ宮、かつてのフィレンツェ共和国の政庁でもあったヴェッキオ宮など、挙げればキリがありませんが、実は今挙げた所は前回に既に行った所でもあり(笑)、今回は外観を眺めるだけに留めました。

   あまりにも有名なポンテ・ヴェッキオ   ポンテ・ヴェッキオは、常に観光客が行き来する場所です

   映画『ハンニバル』でも登場したヴェッキオ宮   鼻の頭を撫でると幸せが訪れる?“ブロンズの猪”

 それでも、アルノ川を渡っているヴェッキオ橋(ポンテ・ヴェッキオ)は、何度通ってもフィレンツェ情緒を醸し出してくれます。これはフィレンツェでも最古の橋でありますが、フィレンツェらしく、橋の上には貴金属などの商店が並び、人の往来は途絶えません。前回ももちろん来ましたが、個人的には、ドゥオモと並ぶフィレンツェの街の象徴だとも思っている程なのです。

   土地柄、やはり革製品が多いです   ここが世界に名立たるグッチの本店です

 また、買い物派にもフィレンツェは重要な所です。ここは革製品が特に有名で、市場の露店を覗くと、鞄や靴などが所狭しと置いてあるのが目に付きますが、それとは別に、グッチやフェラガモ等、世界的名店が本店を置いてある場所である事も見逃せません。他、イタリアを代表する陶器であるリチャード・ジノリや、ハンドメイドの高級靴タニノ・クリスチ等も、ここフィレンツェ生まれですから、さすがブランドの国イタリアだとも思わせますね…。

 ところで、フィレンツェの駅はサンタ・マリア・ノヴェッラ駅…というのですが、これは駅のすぐ近くにある、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会からきています。この教会は、ゴシック様式を踏襲しながらも、フィレンツェ独自のスタイルを確立した点で特筆され(フィレンツェ・ゴシックと呼ばれます)、これは前述のドゥオモやジョットの鐘楼にしても同じ様式が取られていると思います。
 残念ながら今回は工事中で、その華麗なファサード(建物の正面を表します)を見る事は出来なかったのですが、この教会と隣接した薬局(サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局)がまた特筆できる場所なのです。ここは1612年に薬局としてスタートし、フィレンツェに咲く花や香草を使った香水や石鹸等を扱っているのですが、中は美術館のようで、ここも教会の内部なのかと思ってしまうほどです(右下の写真は別の教会の内部の写真ですが、引けをとらない感じですね)。ここは商品を手にとって選ぶのではなく、カタログ(日本語もあります)から選んで持ってきて貰うという手法を取っており、現在の普通の薬局とは違った伝統的な部分も感じられました。

   これが薬屋とは…思えません!   こちらは、サント・スピリト地区にあった教会です…

 このように、2日間丸々フィレンツェの街に費やしたのですが、前に1回来ているにも関わらず、まだまだ見るべき所は沢山あるという感じです。それでも、今回で大体の場所には行く事が出来たのではないでしょうか。ただ、それもガイドブックに載っている範囲というだけの話しで、街を歩いていくと、興味を惹かれそうな場所は本当に幾つも存在しています。

   街中で見かけた、芸術的な風景…   現地スタイル?で、街のスーパーでお土産を探しています(笑)

 個人的には、街中にある普通のスーパーで、お土産を探している時間も楽しかったですし、究極的には街をただ歩いているだけでも楽しいのです。そういった魅力を感じさせてくれる街というのは、他ではなかなか無いように思います。そして、それがいつまで経っても飽きないというのも素晴らしい事だと思います。フィレンツェはもちろん観光で有名な場所ではありますが、それだけには留まらない魅力があるというのを再認識したように思いました。フィレンツェ観光の最後には、ミケランジェロ広場からの街並みをお楽しみに下さい(夕日時ですが、時間的には夜の20:30頃のものです)!

   この景色を見たいが為に、フィレンツェを訪れる外国人観光客は後を絶たないのですが…納得の景色ですね   展望スポットにはご覧の通り


 ●フィレンツェのレストランとホテル

 ここもローマと同じように、印象的だったレストラン、そしてホテルを紹介します。特に、レストラン事情はローマより全然良いかもしれません。本当に美味しく、そしてどれもがイタリアらしいお店ばかりです。個人的な思いではありますが、是非参考にして頂ければと思います。

   常に賑やかな雰囲気の Zaza   これで前菜ですから驚きです

   室内の方もやはり賑やかな感じ   パスタも美味しかったです!

 まずは地元でも有名なトラットリア(カジュアル・レストラン)、ザザ(Zaza)です。ここは前回来た時にも寄ったお店なのですが、イタリア通の知り合いに教えて貰ったお店で、その時はまだ日本ではあまり知られていませんでした。最近は日本のガイドブックにも載るようになったので、日本人観光客も多く訪れるようですが、やはりここの料理は最高です。今回は昼も夜も来てしまいましたが、量といい質といい、全てに満点を上げたいくらいです。
 何を頼んでも美味しいのですが、特に“Zaza 風…”となっている料理なら間違い無いです。前菜にしてもパスタにしても、そういった料理が必ず用意されており、昼なら前菜だけでも十分という感じはあります。以前と変わらず気取らない感じが好ましいお店ですが、いつの間にかお店の入口には、案内役をする若い女性の人が立っている事に驚きました。これはザザの隣りにある店も同じ事を行っており、黙認の客引き合戦が繰り広げられていたように感じられました。何だか、時代だ…と思いましたね(笑)。

   店員が気さくで良い感じでした(笑)   このお店オリジナルのワインも用意されています

 お次はトラットリア・アンジョリーノ(Trattoria Angiolino)です。ここは、トスカーナ料理と言えば真っ先に名前が挙がるぐらい有名なお店らしく、そして気軽にそれを味わう事が出来ます。自分が行った時は14:00過ぎと、ランチが終わりそうな時間だった為に、そんなに人はいなかったのですが、ここのパスタ(アンジョリーノ風ペンネ…写真右上参照)は美味でした♪…ここのお勧め料理は、フィレンツェの代表料理“ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(フェレンツェ風Tボーンステーキ)”だったのですが、さすがに昼からこれはキツイので頼まずじまいでした。店員には「ここのビステッカを食べないなんて勿体無い!」と言われてしまいましたが…(笑)。お店独自のHPは無いようなので、ここは日本の“ぐるなび海外版”を参照という事で…。

   駅からのメイン通りに面しているので、探しやすい筈です   見るからに瑞々しさが伝わってきます…

 ここは前回、あまりにも美味しくて2回行ってしまったというお店です。フィレンツェの駅からドゥオモに行くメイン通りに面しているので、簡単に見付けられると思うのですが、ジリオ・ロッソ(Giglio Rosso)というお店です。ここは別に何の当ても無く、ただフラッと入っただけだったのですが、これが自分的には大当たりで、今回も含めて必ず“トマトとモッツァレラチーズのサラダ”は頼まざるを得ない逸品です。ここに来て初めて、イタリアは野菜とチーズが美味しいという事が分かりました。他にも美味しいメニューはあるのですが、個人的に想いが強かったお店という事で、選ばせて頂きました(笑)。

   地元でも有名な“Grom”   やはりイタリアの街歩きにはジェラートですね(笑)

 そして、やはり(ジェラテリア)ジェラート屋は欠かせないでしょうね…。ここはグロム(Grom)というお店で、恐らくフィレンツェで一番有名なジェラテリアかもしれません。地元から観光客まで大人気で、常に人で賑わっているという感じです。お勧めは“Crema Come Una Volta(昔ながらのクリーム味)”で、自分もこれを食べてみましたが、これが予想以上に美味しかったです。フィレンツェもやはり一日中暑かった為、ジェラートも一際美味しく感じられましたが(笑)、日本のアイスとは一味違う感じはありました。お店には日本人の店員もいて、頼みやすかったのが(ジェラテリアでは、基本的にコーンかカップ、そしてサイズ等、細かく選んで注文するのです)良かったです。ただ、フィレンツェ(もちろん他の町にも)には何軒もお勧めとされるジェラテリアがあるようで、ここは自分のお気に入り店を探すのも楽しみの1つになるかもしれません。自分は何となく入った店が実は開店記念だったらしく、無料でジェラートを頂いてしまいましたし…(イタリア語が分からなく、貰って初めて気付きました…笑)。

   サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局も、この通り沿いにあります   意外とモダンな客室でした

 フィレンツェで泊まったのが、ホテル“アルバ(Alba)”という所です。駅から歩いて2、3分くらいの所にあり、幾分重くなってきたスーツケースで移動していた自分にとっては、好都合の場所にありました。駅から近いのは便利だとしても、観光に行くには不便では…と思うかもしれませんが、繰り返し言うようにフィレンツェはそう大きな町ではないので、どこに行くにも徒歩で十分なのです。だとしたらホテルは駅に近い方が便利なのかもしれません。
 外観は昔ながらの感じですが、内部は驚くほどモダンで、部屋に壁掛けの液晶テレビがあった事には驚いてしまいました。ホテルのスタッフの方も優しく、初日に預けた荷物に関しても快く引き受けてくれました。…何となく、ロビーに置いてあったピアノが気になりましたが(笑)、また利用してみたいホテルの1つになりましたね。全ての部屋にバスタブがあるわけでは無さそうですが(これはヨーロッパの中級ホテルだったら、どこでもそうだとは思います…)、総じて心地良く過ごせたので、特に問題は無いでしょう!

 ところで、今回はホテルを個人で取りましたが、ここで役に立ったのが“Venere”という海外ホテル予約のサイトです。これは、海外(特にヨーロッパとアメリカ)のホテルを検索するのに便利で、そのまま予約もそのサイト上で行えるという優れものです。支払いは現地で現金で行っても良いので、自分は2002年にヨーロッパに行った時にも使わせて頂きました。
 そして、今回そのサイトを久しぶりに見たら、いつの間にか日本語ページが出来てて(!)、自分にとっては更に使いやすくなっていました。今後もヨーロッパ・アメリカ旅行の際に使えるサイトとして、頭の片隅にでも置いて貰えたらと思います。


 ●帰路もまだまだ旅気分!

 ローマ3日間、フィレンツェ2日間の行程を終え、ついに日本に帰る時がやってきました。正直言って名残惜しいですが、そうもいきません…。また来れる日まで、しばしイタリアとはおさらばです。この日のフライトはローマを13:00に出る便で、自分は今フィレンツェにいるわけですから、実は飛行機に乗るまでもが長旅でもあります(笑)。朝8:00発ぐらい(これも、ゆっくりと言えばゆっくりの時間ですよね…)のユーロスター・イタリーで、まずはローマ・テルミニ駅へと向かいました。

   朝のサンタ・マリア・ノヴェッラ駅は眩しく見えました   前面部には特別塗装が施されていました

 列車は遅れる事もなく、優秀に?テルミニ駅へと着きました。この時点で時刻は9:45くらいで、ここで空港行きのレオナルド・エクスプレスに乗り換えて、一路空港へと向かいます。接続も上手くいき、空港には10:30頃には到着する事が出来ました。通常、国際線は出発の2時間前に空港に着く事が目安とされるので、もはや余裕とみても良いくらいです。

   ローマの空港は意外にも雑然としています   やはり地元のアリタリア航空が目立ちます

 ルフトハンザのカウンターで早々にチェックインを済まし、荷物も預けて、自分はしばし空港探索へと繰り出しました。イタリアの国際空港という事で色々と見るべきものはありそうな気はするのですが、実はそんなに目立った施設は無いというのがローマの空港の実情です。あまり観光的な空港という感じはしなく、取り合えず飛行機に乗る為に通過する場所…という感じなのが残念ですが、それでも免税店には寄らせて頂きました。…というか、それくらいしかやる事は無いんですよね(自分は飛行機の写真を撮るという“遊び”がありますが…笑)。
 さて、出発時刻も迫ってきたので搭乗ゲートへと向かい、そのまま案内されるように人が行く方へと進みます。どうやら今回はバスで飛行機の駐機場まで行くらしく、皆言われるがままにバスへと乗り込みました。…しかし、このバスがいつまで経っても動き出しません。エンジンを掛けてないのでクーラーもろくに効かず、満員のバスの中は蒸し風呂状態…となりかけたのですが、やがて荷物を両脇に抱えた1人の女性がバスに乗り込むと、バスはエンジンを掛け、駐機場へと動き出したのです。この女性1人の為に、皆15分以上も待たされたとは…。イタリアの最後の最後まで、マイペースの文化にやられたという感じでしたね(笑)。

 結局飛行機は20分遅れくらいで出発し、乗り継ぎ場所であるドイツのミュンヘンへと向かいました。自分は窓側の席を指定したので(これは乗り継ぎ後のミュンヘン⇒成田間でもそうでした)、移り行く眼下の景色を見ながら、まずはのんびりとした昼下がりのフライトを楽しみました。

   イタリアの大地は緑と土と…という感じです   スイスっぽいですが、オーストリア上空です

 ルート的にはイタリアの真ん中を北上し、そのままオーストリアを経てドイツのミュンヘン…という感じだったと思います。特にオーストリア上空は山が連なる景色で、本当に絵に描いたような素晴らしさでした。これでは誰しもが飛行機の窓に釘付けになってしまう事でしょう(この時は、行きと同じでスイス上空かな?…と思っていたのですが、後で調べてみるとオーストリア上空だったようです)。

   オーストリアの山並みを終え、ドイツ上空に入りました   森が多いドイツですが、ミュンヘンはなかなか大きな都市です

 そしてその山も越え、平地に入ってくるとドイツに入ったと実感させられます。周辺は緑が急に多くなり、森の多い国ドイツを象徴させる光景でした。この時点で飛行機は既に高度を下げ始めていたので、もうすぐミュンヘンに到着するのかなと思いましたが、予想通り、それらしい街並みも視界に入ってきました。ミュンヘンは、ドイツの中でもベルリン、ハンブルグに続く第3の大都市で、人口も130万人くらいですが、それでも緑は豊かそうな感じがしました。聞くところによると、ミュンヘンはドイツの中でも治安は1、2番目くらいに良く、世界的に住みやすい都市にも決まって上位にランクされているそうです。時間があったら寄ってみたい…という衝動に駆られたのは言うまでもありません(笑)。

   ミュンヘン空港は、かなり整然とした雰囲気があります   ミュンヘン空港を離陸…目指すは日本の成田です!

 しかし、今回のミュンヘンの滞在時間は、空港にての僅か40分のみ!(本当は1時間だったのですが、乗った飛行機はそもそも20分遅れで出発したので)…ルフトハンザの接続の良さを逆に恨んでしまいますが(笑)、この空港は大きいもののシンプルにまとめられていて、乗り継ぎにはそう時間は掛かりませんでした。…とは言ったものの、出国審査(自分の場合乗り継ぎ便なので、出発地のローマではなく、次の行き先がEU圏外になる空港で出国審査を行います)と免税現金払い戻し(タックス・リファウンド)の手続きを終えると、残り20分ぐらいになってしまったのも事実であります。出発20分前というと、もう搭乗ゲートは開いている時間で、確かに殆どのお客さんが機内へと移動している感じでした。ここで最後の土産を…と、懲りずに色々と店内を見て歩いていたのですが、いつしか「ミスター・タケウチ~」と、遠くから空港スタッフの方に呼ばれてしまうではありませんか!…結局何も買えないまま成田行きの飛行機の機内へ…。少々後ろ髪を引かれたミュンヘン乗り継ぎでしたが、そこは飛行機が離陸した後に空港を撮影する事で落ち着きました(笑)。


 こうして成田に着いたのは翌日の10:20頃(ほぼ定刻の到着でした)…。イタリアと日本の時差は7時間(今回はサマータイム適用期間でした)なので、フィレンツェを出てから約20時間の行程がここに終了したわけです(空港から自宅までの道のりも含めたら、ほぼ1日がかりになってしまいますね)。確かにイタリアは遠かったですが、それでもまた行きたいと思ってしまう魅力…。やはり伝統と文化は偉大なのですね!
 それにしても…こんなに長々と読んで頂いてありがとうございました(しかも相当更新が遅れましたし…)。個人的にも思い出深い(感慨深い?)ブログになったと思います。こんな記事ですが、何らかの形でお役に立てましたら幸いです!

 ☆海外ホテル予約 Venere の(日本語の)HP…http://ja.venere.com/

 ☆ルフトハンザ航空の(日本語の)HP…http://www.lufthansa.com/online/portal/lh/jp

 ☆Roma Pass のHP…http://www.romapass.it/

 ☆Hotel Internazionale のHP…http://www.hotelinternazionale.com/

 ☆La Camapana のHP…http://www.ristorantelacampana.com/

 ☆Hotel Alba のHP…http://www.hotelalbaflorence.com/

 ☆Zaza のHP…http://www.trattoriazaza.it/

 ☆Gilgio Rosso のHP…http://www.ristorantegigliorosso.com/

 ☆Grom のHP…http://www.grom.it/

テーマ:ヨーロッパ旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記 14.(長崎編…2007.5.29~5.30)
 今回旅行の目的地に選んだのは長崎でした。長崎は日本の中でもメジャーな観光地ではあるので、特別凄い場所ではないと思うのですが、ここ最近、特に行きたい気持ちが強い場所でもありました。…というのは、長崎県はこれまで唯一足を踏み入れた事の無い県だったからです。
 実は自分が高校を卒業した時点で、行った事の無い県というのは沖縄県と長崎県しかありませんでした。高校生にしては早熟?だったように思いますが、それまで自分の旅の主な目的というのは“鉄道に乗る”だったので(笑)、沖縄に行っていなかったのは理解できるものの、なぜか長崎県だけ取り残されていた状態になっていたのです…。これは九州の地図を見て頂けると分かると思うのですが、福岡県から九州に入って長崎県に行くには、佐賀県を通らなければなりません。そして、九州を一周しようとした時、どうしても長崎県を通ると遠回りになってしまうという図が見えてしまいます。
 …ということで、長年長崎県に行く事は無かったのですが、飛行機にも乗り始めてきた昨今、ついに行く計画を立てられました。ある意味、自分の人生にとってもエポックメイキング(笑)な旅行にもなったでしょう。それでは旅日記長崎編、お楽しみ下さい!


 ●飛行機搭乗100回目!

 長崎についての本題に行く前にすみません…。これも自分にとっては大きな大きな出来事だったので、ここで書かせて下さいませ!
 今回自分は長崎まで、往復とも飛行機を使ったのですが、その往路時に乗った飛行機で搭乗100回目を迎えたのです。これはもちろん自分が生まれた時から換算したもので(最近何となく気になり、その作業をやり始めてみたのです…笑)、記憶を頼りにしている部分もありますが、数に間違いは無いと思います。
 数え方としては、とにかく飛行機に乗って飛んで、飛行機から降りたら1回です。つまり、往復だと2回換算されます。他に、乗り継ぎ便だと2回と数え(例…成田からサンフランシスコで乗り換え、ロサンゼルスに向かった場合は2回)、経由便だったら1回と数えます(例…成田からインドネシアのジャカルタ経由、バリ行きの場合は1回)が、これで100回というのは、なかなかの偉業だと思っています。

 さて、当の100回目に乗った飛行機ですが、航空会社はお馴染みのANA(全日空)、機材はボーイング747-400D型(ジャンボと呼ばれています)でした。ANAは自分でも好きな航空会社ですし〔旅日記 12.(兵庫・鳥取編…2007.2.12~2.13)参照〕、ジャンボというのは日本、いえ、世界をも代表する機体ですから(最近はボーイング777という飛行機に押されがちですが…)、自分にとっては正に、100回目記念に相応しい状況だったわけです。しかも、これは自分から指定したわけではないのですが、席は2階席部分が予約されていました。

   写真は長崎空港にて、帰りの日に撮ったものです(つまり、これには乗っていません)…機材変更で国際線仕様になってました   2階席といえど、それなりに広いのがジャンボの凄さです

 ジャンボというのは写真を見ても分かるとおり、機首部分が2階建てになっていて、今のところ他の飛行機では味わえない雰囲気がそこにはあるのです。これは昨年の夏、JAL(日本航空)でハワイに行った時にも経験しましたが〔旅日記 5.(アメリカ、ハワイ・オアフ島編・…2006.7.20~7.25)〕、ANAではこれが初めてでした。
 以前の記事でも説明してる通り、2階席と言ってもその席数は80を超えてますから(以前のJAL機は国際線仕様だったので、これより若干少ないですが、スペースは同じです)、その大きさは小型の飛行機1機分くらいに匹敵します。実際、これは昨年の秋に乗りに行ったYS-11〔旅日記 6.(九州編…2006.9.12~9.13)参照〕の64人乗りを軽く超えていますから、ジャンボという飛行機の大きさが分かるというものです。また、2階席だからと言って窮屈な思いをする事もないわけですね。

   今回は左側に富士山が見えました

 もちろんフライト時は快適そのもので、100回目記念という面持ちで乗りながらも、ANAはいつものように機内サービスを提供してくれました(当たり前です)。今回は左側の窓側に座っていたのですが、少々雲がかかっていたものの、富士山の山頂付近は見る事ができました(伊丹、関西行きは右側に見えるのですが、どうやら長崎行きは、ルートの関係から、左側に見えるそうです)、これを自分へのプレゼントとする事にしましょう。
 今回の旅行は、搭乗100回目記念の飛行機で、人生で初めて降り立つ(しかも、行く事によって全県制覇が達成される)長崎に行くという事になっていたわけです。2つの記念が上手く重なったものですが、それによって旅行に対するテンションが上がったというのは言うまでもありませんね(笑)。これも自分の“旅”に関するテーマの1つなのですから!


 ●長崎市内に行く前に…①

 さて、先ほどの搭乗100回記念の飛行機で、長崎空港に着いたのは朝の10:00過ぎ…。さすが飛行機、早いですが、早過ぎて時間を持て余してしまう感も否めません。そこで、まずは長崎県第2の都市、佐世保市に向かう事にしました。長崎空港というのは長崎市と佐世保市の間くらいに位置しているのですが(どちらも結構離れています)、もちろん佐世保市にも自分はまだ行った事が無かったので、バスで向かう事にしました。
 …とは言っても、佐世保には何をしに行くかを決めずに向かったので、現地に着くと意外と困ってしまいました。この日東京は若干涼しめの天候だったのですが、佐世保の暑いこと暑いこと…。ふとビルに表示された気温を見てみると、27℃となっていました。日差しも強かったですし、何となく南国の雰囲気です。ここでじっと何をするかを考えているのは厳しく、結局佐世保バーガーなる物を食べに行くという事で落ち着いてしまいました。
 佐世保バーガーとは?…というのを一言で説明するのは難しいのですが、とにかく佐世保市で作られる手作りバーガーの総称…と思ってもらって構わないと思います。この“手作り”というのが大事で、基本的に作り置きはしていないそうです。そういえば、佐世保市内にはマクドナルドより、モスバーガーの方を多く見かけたような気がしました。これもそういった背景があるのかもしれません。
 特筆すべきは、実はこのハンバーガーが佐世保に広まったのは、戦後いち早くだそうで、いわゆるマクドナルド等の大手が根付く前に、一般的なものとして受け入れられていたそうです。一杯飲んだ後にハンバーガー…という人もいるらしく、確かに、中には夜遅くまで営業している店もあり、変に納得してしまった部分もありました。
 とりあえず向かった先は、“ヒカリ”という佐世保バーガー専門の有名店でした。JRの佐世保駅からは若干離れていたので、途中まで松浦鉄道という第3セクターのローカル線に乗っていきました(それも1つの目的…という話しも…笑)。この松浦鉄道は、沖縄を除くと日本で一番西を走る鉄道でもあり(現在でも、一般のレールを使った鉄道としては日本最西端です)、たびら平戸口駅という、本州最西端の駅も有しています。自分は佐世保市内だけの移動だったので、佐世保から2駅目の中佐世保駅までしか乗りませんでしたが、その途中の佐世保中央~中佐世保間は、駅間の距離が200メートルと、路面電車を除くと日本一短い駅間でもあるので、これが体験できただけでも良かったというものです(笑)。

   松浦鉄道佐世保駅にて…左の車両は今年の3月18日から走り始めた新車です   中佐世保駅にて、佐世保中央駅の方向を臨むと、もう隣りの佐世保中央駅の案内表示板が立っているのが見えます

 “ヒカリ”…というお店は、その中佐世保駅から徒歩で15分くらいの場所にありましたが、結構訪れる人は多く、改めて佐世保バーガーの人気さを窺わさせてくれました。先ほども言ったように、ここでは頼んでから作り始めるので、出来上がるまでは結構時間が掛かったのですが、そのボリューム溢れるバーガーは、“食事”と言うに相応しいものであり、わざわざ佐世保まで来た甲斐があるくらいだと思いました。
 自分が頼んだのはベーコンが入ったものでしたが、これが甘めのマヨネーズソースと抜群に合うのです!素朴な味ではありますが、きっと1つ1つの素材に拘りがあるのだろうと思わずにはいられませんでした。

   駅から離れていも、来る人は多かったようです   写真では美味しそうに見えないのが残念(実際は本当に美味しいですよ!)…モデルのせいかもしれませんが…(笑)

 ところでこの佐世保バーガー、イメージキャラクターが存在していて、それは“佐世保バーガーボーイ”というのですが、なんとそのデザインは、アンパンマンのやなせたかしさんが担当されたそうです。素晴らしく適任な話しではありませんか!


 ●長崎市内に行く前に…②

 ベタな感じになってしまいますが、長崎と言えばハウステンボスも忘れてはいけません。ここはオランダの街並みを再現して造られたテーマパークなのですが、一度は来てみたいと思っていたのです。実際はオランダ…だけではなく、ヨーロッパの街並みを再現…と言った方がしっくりくる感じですが、所々に運河や港も設けられてあり、異国情緒を感じさせる造りになっているのは確かでした。

   佐世保と長崎を結ぶ快速は『シーサイドライナー』と呼ばれており、写真のようなブルーの塗装の車両が使われています   駅そのものの規模は小じんまりとしています

 ハウステンボスは長崎県の中でも佐世保市に属し(さらに、町名をハウステンボス町と言います)、鉄道で行くにも佐世保駅からの方が全然近いです。つまり今回の道程はというと、長崎空港⇒(北に向かう)⇒佐世保市⇒(南に向かう)⇒ハウステンボス⇒(長崎空港を通り越して、さらに南に向かう)⇒長崎市…という感じで進んでいったわけです。長崎空港が長崎市と佐世保市の中間に位置するが故にとった策ですが、2日間で全てを回るにはこの方法が最良とも言えそうでした(本来はもっと時間をかけて、ゆっくりと回りたかったのですが…)。

 そして当のハウステンボスですが、予想以上に楽しかったです。テーマパークなので、自分はディズニーランド(どちらかと言うとディズニーシーでしょうか…?)等に行く感じで向かったわけですが、そことはまた違った新鮮さを感じ、思う存分満喫しました。
 ディズニー系のような派手さ?は無いものの、アミューズメントやミュージーアム、また、オランダらしく風車と運河の組み合わせの風景など、自分の好みの雰囲気がそこにはあったような気がしたのです(ミッフィーの専門店があるのも特徴と言えるでしょう)。また、長崎という場所柄、ゆっくりと時間が流れているような印象も受け、自分はそこが尚更気に入りました(笑)。

   アレキサンダー広場からドムトールン(後ろの高い建物)を望む   港も本格的な印象(実際、長崎空港行きの船が出てます)…花火はこの付近で行われています(案内の看板が出ています)

   運河を船で進むのも、のんびりとしていて良いです   この品揃えには圧巻!…オリジナル商品もあります

 それでいて、展望台(ここではドムトールンと呼ばれています)からの眺め(特に夜景)は素晴らしく、むしろ背後にある日本らしい山並みが逆に不自然と感じるくらいでした(笑)。また、夜に行われた“光と花火の融合”みたいなショーも面白かったです。やはり色々と考えられてるんだな…と思いましたね。

   ドムトールン展望台から、ハウステンボス駅方向を望む   これが毎晩行われているというのも凄いですね…

 何だかんだでハウステンボスが良かったと感じたのは、“空いていた”…というのが大きな要因かもしれません。実際のところ、ハウステンボスの客足は悪くなってきていて、負債額も増大し、2001年に破綻、現在も経営再建の状況だったりするそうです。そういえば、園内を見たところ、韓国、台湾系の人が多かったような気もしますが、やはりこういったテーマパークで日本人のリピーターを確保するというのは難しいのでしょうか…。
 確かに自分も、これが人混みの中で、アトラクションに何時間も待たなければ乗れない…というような状態だと、ちょっと次回行くのにはためらってしまいそうな気もします。そう考えると、今回空いていた状況というのは、自分にとってラッキーだったとも言えそうです。しかしそれでも、また来ても良い場所だとは思いましたね。その時まで1日でも長い経営を頑張ってもらいたいものです。


 ●長崎市内の鉄道

 はい、いよいよ長崎市内に着きました(ここまで長かった…)。長崎駅へは、ハウステンボス駅からJR大村線の快速で1時間10~20分という感じでしたが、新しい装いの長崎駅を見てみると、ついにこの駅も制覇したか…という思いが込み上がってきました。また、自分達の乗った列車の隣りには、博多から出ている特急『かもめ』号用の車両、885系が停まっていて、こちらはJR九州御自慢の特急車両という事もあり、これはカメラに収めておきました。予想以上に自分は楽しんでいるようです(笑)。

   これまた開放感のある駅でした   右が885系『かもめ』、左が200系『シーサイドライナー』です

 長崎を探索するなら、長崎市電(長崎電気軌道)を使うのが最も便利でしょう。何しろ、長崎の主要な部分は殆ど網羅しているし、その上料金も全線均一で100円(日本一安い鉄道料金でもあります)と、ホントに気軽に利用できるのです。この料金は、1984年に90円から値上げされて以来、現在まで(そして今後も)据え置かれているもので、その間、消費税やらその増税が行われていても値段を変えなかったのですから、この姿勢には頭が下がるというものです。
 利用しやすい値段で便利な路線、これだけでも市電は利用価値があるというものなのですが、長崎という土地は山が海のそばまで来ていて、その狭い地域内に市街地が形成されてたりするので、横の移動というのは専ら公共機関に頼りたいところでもあるのです。そのため市電はいつ乗っても混んでいる印象がありました。この件に関しては、家に帰ってから調べたところ、路面電車にしては珍しく黒字経営で、しかも日本で唯一、路線の廃止が一切行われてない…との事でした。

   市電の長崎駅へは、JRの駅から歩道橋で移動します   市電は、こんな路地も走ったりします

 なるほど…と思いましたが、普通に乗るだけでも楽しい路線でもあります。今回は長崎市内での滞在時間が短かった為(ここまで引っ張っておいて何ですが…笑)、市電に乗れた区間は僅かでしたが、いつかまた長崎に来た際には全線を制覇したいですね。それでも1乗車で100円なのですから、もしかしたら、安く長崎観光したい時に打って付けのアトラクション?なのかもしれません。自分的には、まずは路面電車旅情に惹かれたのが、長崎との出会いになった気がしました。


 ●長崎という土地

 先ほども書いたように、長崎には広い平野というものは無く、山の多い街でもあるのですが、だからこそ魅力的とも言える場所なのではないでしょうか。それでいて、御存知のように、江戸時代の鎖国体制の時にはここが唯一の国際貿易港でもありました(対オランダと、対中国です)。なので、異国情緒溢れた街並みというのも特徴であり、そういったものに自分は強く惹かれます。ハウステンボスは、いわば“作られた”街ですが、ここ長崎市内にはそういったものはありません。半ば観光地化されているという現状は否めませんが、それでも十分楽しめる感じではありました。

   小さいながらも、味わいのある長崎のチャイナタウン   左が“ちゃんぽん”、右が“皿うどん”です

 対中国…という意味では、チャイナタウンを忘れてはいけません。長崎は小さいながらもそういった地域があり、また1つ街を魅力的なものにしてくれています。ここでは当然の如く“食”は無視できない感じですが、そしたらやはり“長崎ちゃんぽん”を食べずにはいられません。
 長崎ちゃんぽんも中華料理の1つといって良く、やはり有名なお店があるらしいのですが、その中でも自分は“江山楼”というお店に行きました。ここでは皿うどんも注文してみましたが、確かに東京で食べるのとは違う気がしました。…とは言っても、自分はあまり好んで長崎ちゃんぽんを食べる方では無く、今回食したのもホント久しぶりだった気がします。それでも美味しいと感じたのですから、その味もきっと只者ではないのでしょう。いつか比べられる日が来ればいいのですが…?

   寺の前では修学旅行生が遊んで?いました   かつての雰囲気が残されています

 …中華街の近くには、唐人屋敷跡が幾つか残る地域もあります。山の傾斜部に点在…という感じなのですが、ここで当時は唐の人が大勢収容(長崎奉行所の管理下にありましたので…)されていたと思うと、中国との関係に色々と考えさせられてしまいますが、それでも日本に与えた影響は大きいという事でしょうか…。まあ難しく考えなくても、今では喉かな雰囲気になっている所もあり、のんびりと散歩(…とは言え、坂は結構キツいですが…笑)するにも良い場所だとは思いました。

 中国風もあれば、西洋風な雰囲気も残る場所も幾つかあります。やはり、オペラ“蝶々夫人”のゆかりの地であるグラバー園は外せない場所かもしれません。ここに建っている洋館は種類も沢山あり、中に入れるものもあるので、なかなか見ていて面白かったです。やはり自分は西洋文化に惹かれる部分が何処と無くあるようです…。いや、それを抜きにしても、ここは高台に位置する場所にあるのですが、そこからの市内の眺めというのも最高でした。自分、地方に行くと、時たま高い所から街を見下ろしたい衝動に駆られるのですが、それを満たすにも十分な景色で、周囲の雰囲気とも相俟って、良い時間を過ごせたような気がしました。

   一瞬、西洋的な文化も見え隠れする感じです   左の写真でいう、右奥の山の地域に移動してきました

 実は長崎市内は今回はこれだけで、恐らく時間にしたら、滞在時間は5時間強ぐらい…だったのではないでしょうか。初めての土地にしては呆気無い感じもありましたが、是非次にもまた来てみたい場所となりましたね。まだまだ楽しむ余地は残しておく(笑)…という感じでしょうか。違う季節に来るのも良いかもしれません。…とにかく、また新たに楽しみが増えたという事で、自分は長崎市内を後にしました。


 ●長崎空港

 さて、一応ここまでで、長崎旅行に関しては終わりなのですが、まだまだ旅日記は続いてしまいます(笑)。…というのは、今回の旅行の玄関となった長崎空港を話題に挙げない訳にはいかなかったからです。
 もちろん、今回訪れたのが初めてだった空港でもありますが、実はこの空港、世界で最初と言えるものがあるのです。それはというと、世界初の“海上空港”だという事です。

   ちょうどJAL機が離陸するのが見えました   ここを知らなくても、長崎?と思わせる雰囲気があります

 今でこそ海上空港は、関西空港〔旅日記 13.(大阪編…2007.4.16~4.17)参照〕や神戸空港〔旅日記 4.(関西編…2006.5.9~5.11)参照〕等があるので珍しくはありませんが、長崎空港が開港したのは何と1975年の事…。関西空港よりも20年以上前に造られていたとなると、世界初と言われても納得な気がするというものです。ただ、それらと違うのは、長崎空港は大村湾に浮かぶ箕島という島を基本に埋め立てて造ったと言う事で、100%埋め立てではないという事でしょうか…。それでも空港行きのバスに乗ると左上の写真のような景色に巡り合え、海上空港であるという事を演出してくれるのには十分な光景でした。
 こんな長崎空港ですが、内装も結構特徴的な感じです(右上の写真参照)。これはさすがに成程!…と思ってしまいました。正に洋館そのものの雰囲気があり、これなら観光に来た時、長崎空港に着いた瞬間から“気分は長崎!”という感じになりそうです。また、ここから帰る時も、“思い出の長崎”という事で、良い気分に浸れるかもしれません。なかなか面白い空港でした。


 ●スカイネットアジア航空

 最後に、帰りに乗った航空会社について説明させて下さい!これは九州の宮崎に本社を持つ格安航空会社なのですが、現在は全日空(ANA)と提携している関係で、ANAの便として利用させて頂きました。
 日本の格安航空会社というと、このブログではスカイマーク(伊藤さんのツアーでお馴染みの航空会社…笑)やスターフライヤー〔旅日記 6.(九州編…2006.9.12~9.13)参照〕等を紹介してきましたが、それらに比べたらここの知名度は低い方かもしれません。
 スカイネットアジア航空(SNA)は、現在は羽田から宮崎、熊本、長崎の3路線を運航していますが(今年の9月から鹿児島線にも参入との事)、どちらかというと地域密着的なイメージが強いため、東京ではそんなに話題に上がらないのかもしれません。

   南国を思わせる塗装が印象的です   機内にもピンク色は使われていました

 運航開始当時(2002年)は、大手に比べて格安の運賃、派手な塗装等と相俟って話題になったものですが、その後の乗客数の伸びはそれ程でもなく、経営は苦しい状況が続いていました。2004人にはANAと業務提携する事で再建を目指し、現在はそれなりに回復してきましたが、かく言う自分も、この航空会社に乗る事になったのは、ANAの便として乗れたからでした。こうすると、ANAのマイレージ(自分はユナイテッド航空のマイレージですが…)も貯める事ができるのです。逆に言えば、そうでもしなければ乗らなかった…という見方も出来てしまうものの、やはりもう少し魅力的な部分がないと、乗るのにも厳しい感じはしましたね…。
 今回は長崎⇒羽田の最終便だったということで、SNAの便に(たまたま)白羽の矢が立ったのですが、改めて、日本の航空事業の難しさ…というのも感じてしまいましたね。夜のフライトだった事もあり、そんなに印象に残っていない…というのが正直な感想です。また利用する事があれば…と思います。


 ということで、変な終わり方でしたが、これにて旅日記長崎編は完結です。読んで頂きありがとうございました。今回は(も?)話しが横にそれる事が何度もありましたが、それも長崎旅行というものの魅力なのかな?とも思いました。横道は何回それても面白いものです。今後も横道にそれる旅をしていきたいものですね♪

 ☆ANAのHP…http://www.ana.co.jp/asw/

 ☆スカイネットアジア航空のHP…http://www.skynetasia.co.jp/index.shtml

 ☆長崎空港のHP…http://www.nabic.co.jp/

 ☆佐世保バーガーマップ(佐世保の観光サイト)…http://www.sasebo99.com/sight_sasebo/bgmap.shtml

 ☆ハウステンボスのHP…http://www.huistenbosch.co.jp/

 ☆長崎電気軌道のHP…http://www.naga-den.com/

 ☆江山楼のHP…http://www.kouzanrou.com/

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

旅日記 13.(大阪編…2007.4.16~4.17)
 今回目的地に選んだのは、“関西”ではなく“大阪”です。なぜ“関西”としなかったのかと言うと、どうも関西方面の旅行というのは、神戸や京都が中心となって、大阪を観光する時間が殆ど無くなってしまうからです。確かに今までの旅経験から言うと、大阪というのは通過地点であって、その地に留まるという事はあまりありませんでした。鉄道に乗りに大阪(関西)に来た事は何度もあるのですが、鉄道に乗る…ということは、即ち“通過”という状況でもあるのです。なので、ここではあえて京都や神戸には行かず、大阪だけを回ってみました。少ない時間での旅行でしたが、どうぞご覧になってみて下さい。


 ●今回は関西空港に降り立つ

 せっかく大阪だけに行くという、自分にとってはあまり無いタイプの旅行だったので、今回は目的地の入り口を関西空港にしてみました。もし飛行機で大阪に行くならば、断然伊丹空港の方が便利なのですが、その便利さにつられ、今まで自分は関西空港に行った事がありませんでした。
 関西空港は1994年に、それまでの伊丹空港に替わって、大阪の国際線を務めることになった大空港ですが、国内線はというと、実はそこまで芳しい状況ではありませんでした。これについては、いずれお話ししたいと思いますが、とにかく場所的には伊丹空港の方が便利だからというのに他ありません。
 実際、羽田~大阪間で見ても、伊丹便の飛行機は大型機ばかりが使用されているのに対し、関西便にはわりと小型機から中型機あたりが使用されています。今回自分が乗った飛行機も、ボーイング737-500(ANA)という約130人乗りの飛行機で、伊丹便に使われている飛行機は400~500人は乗れる飛行機ですから(便によって違います)、その差は実際歴然としているわけです。

 さて今回の搭乗ですが、自分はかなりの遅刻をしてしまいました。羽田発6:40という便だったのですが、羽田空港に着いたのは何と6:22…。かなり危険な時間です。いつもなら、事前に携帯電話にメールで送ってあったバーコードを、自動チェックイン機に“ピッ!”とやって、チェックインは簡単に終了なのですが、〔旅日記 12.(兵庫・鳥取編…2007.2.12~2.13)参照〕、今回、その手続きをしてみると、自動チェックイン機の画面には『手続きは終了しました』の文字が…。急いで受付カウンターに出向くと、一応席はお取りしておきますが、飛行機が出てしまったら、次の便に振り替えて下さいという、何ともつれない返事を頂いてしまいます。空港内では走って走って、何とかその便には間に合ったのですが、かなりギリギリな搭乗でした。この時点で、自分の疲労はピークに達していたと思います(笑)。

   この日は全国的に低気圧気味の天気でした

 席は予め窓側を予約していたのですが、この日は分厚い雲が辺りを覆っていて、地表を眺める空の旅…とはいきませんでした。羽田⇒関西は初めての搭乗だったので、どのようなルートを通るのか気にもなったのですが、それは今回では全く分かりませんでした。いつの日かリベンジしたい区間でもありますね。
 飛行機は10分程遅れて、8:00過ぎくらいに関西空港に到着しました。海上空港なので、街を下に見ながらの着陸ではありませんでしたが(伊丹空港では、街の中を着陸していきます)、遠くに陸を見ながら着陸するという風情は、また新鮮なものがありました。
 関西空港は今回初めて来たので、少しばかり空港内を探索してみる事にしました。ターミナルは大きく、どこに行って良いのか迷ってしまうほどでしたが、せっかくなので、国際線のチェックイン・カウンターに出向いてみる事にしました。

   今回乗った飛行機…わりと小さ目だと思います   ついつい海外旅行気分に浸ってしまいました♪

 すると、平日というにも関わらず、そのフロアはこれから海外に行くという人で一杯でした。まだ午前中という時間帯だったので、オランダのアムステルダム行きや、フィンランドのヘルシンキ行きなど、ヨーロッパ方面への便が色々あって、一気に旅心がくすぐられてしまいます。もちろん、香港やタイのバンコクなど、アジア方面への便も豊富で、さすが日本第2の国際空港だと思いましたね。
 ところで、関西空港にはターミナルに展望デッキというものがありません。空港のデザイン上、それの建設は見送られたというわけなのですが、代わりに空港の北側に、見学用の展望ホールが設けられています。しかし、これはターミナルからバスに乗っていかないと行けない代物で、気軽に…というわけにはいきません。しかも、あたりは小雨がぱらついていて風も強く、そこまでして行く気力はありませんでした。展望ホールは北側に設置されていますが、今日の飛行機は南側からの進入だったので、どちらにしろあまり飛行機は見れなかっただろうと思います。結局関西空港での滞在時間は30分強でしたが、また時間のある時に、今度は夏場辺りに来れれば良いなと思いました。


 ●USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行く

 今回はミーハー的にも、USJに行ってしまいました。自分でもらしく無い感じはしましたが、大体の大阪のガイドブックを見る限り、本の2~3割方はこれで占められているような風潮があり、確かに今まで行った事の無い場所でもあったので、興味本位で行ってしまいました。関空から電車(JRのみで行きました)を乗り継いで、約1時間とちょっと…、自分はUSJの人となっていました(笑)。

 途中雨に降られたものの、アトラクションの半分以上は制覇できたような気がしました。まあここではあれこれ言っても仕方がないので、自分が良かったと思った、ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド(下の写真参照)を紹介するに留めておきたいと思います。

   USJのHPにあった写真です

 見た感じはただのジェットコースターなのですが、これはかなり新感覚でした。まず乗ると、BGMを選択するところから始まります。これは、アトラクション中に自分の座るところ(頭の部分)から流れるもので、1人1人個別に設定が可能なのですが、この発想には驚きでした(5種類の曲から選べるのですが、このアトラクションの為に書き下ろしたという、Dreams Come True の“大阪 Lover”が推奨されていました…ついでに、このアトラクションの為の特別バージョンらしいです)。
 また、ただ降下を繰り返すだけではありません。コースがまた凝っていて、空を飛ぶ感覚が得られるポイントが幾つか存在しているのです。それは急降下の後、上昇してからまた緩やかに降下するというポイントなのですが、重力から解き放たれた感覚とでも言いましょうか…。専門的には『マイナスG』と呼ぶらしいですが、この瞬間の気持ち良さと言ったら他にありません。弾道飛行の軌道にも似ているかもしれませんが、とにかく面白かったです。恐らく、空を飛ぶってこんな感じなのかな…と思うこと受け合いです(これプラスBGMだから、さらに面白いのかもしれません)。
 自分はとにかく気に入ってしまい、合計3回ほど乗ってしまいました(笑)。しかし、乗っている時は良いのですが、予想以上に身体には負担が掛かるらしく、2回目以降は頭がフラフラの状態になっていました。それでも3回目に臨んだわけですから、ある意味麻薬的な存在ですね…。しかし、次回USJに来たとしたら、自分は真っ先にこれに乗るに違いありません。

 他には…とお思いかもしれませんが、実は心から気に入ったのはこの1つだけでした(笑)。まあ他に挙げるとしたら、ウォーターワールドとバックドラフトでしょうか…。前者は水上で行われるスタントショー、後者は火を(予想以上に)用いた屋内観覧型のアトラクションで、どちらもなかなかの迫力度!…後者は心臓に悪い部分もありますが(笑)、楽しめました。人気と言われているスパイダーマン・ザ・ライドは、乗り物に乗って画面と共に動く(確かに今までには無い動きもあるのですが)系で、最近自分はこの手のアトラクションに弱く、すぐ酔ってしまい、心から楽しむのは無理でした(バック・トゥー・ザ・フューチャー・ザ・ライドも同じです)。まあ前日からあまり寝ていないせいもあったのでしょうけど…。今度は健康な状態で来れたら…と思いましたね。

   スヌーピーは個人的に好きなので、これは嬉しい屋外のショー   天気が悪かったのが、逆に幻想的!?


 ●大阪の食べ物

 大阪には名物と言われている食べ物が沢山あるのですが、実は、濃い味好みの自分には、薄味が基本の大阪の食べ物には左程合わない…というのが今回の旅で分かってしまいました。元祖のたこ焼き!…と言われても、ソース無しで食べるスタイルというのは、自分的に楽しみの半分が奪われたような感じですし(たこ焼きそのものに味が付いているのだそうですが…)、有名なお好み焼き屋!…と言われても、東京でもこれくらい美味しい店はある…と正直思ってしまいました(すいません!)。
 まだまだきっと美味しいお店はあるのでしょうけど、とりあえずは心斎橋にある“明治軒”が今回の一押しだったかもしれません。創業は昭和元年なので、別に明治時代からあったわけではなさそうですが、ここはオムライスと串カツのお店で、特に串カツが美味しかったです(オムライスと串セットというメニューがあります)。牛肉の柔らかさとソースの絡み具合が素敵で、他のメニューになかなか気になるところ…。これはまた来てみたいお店の1つになったと思います。

   今回唯一?楽しめた食事

 本当にこれだけが、今回心から楽しめた食事だったのですが(笑)、どなたか良い店教えて下さい!


 ●派手な街大阪

 大阪…と言えば“派手”という意見が多数あります。それは街中を見ても窺える事なのですが、特に道頓堀辺りは凄すぎますよね。今回はそれらの写真を紹介したいと思います。

   関東人が思う大阪の中心部のイメージ(笑)   名所“くいだおれ”も見えます

 お馴染み、道頓堀にてです。やはり人が多いですね…。これを見ただけで誰しもが“大阪”だと分かると思いますが、それって実は凄い事だと思うのです。食べ物屋やゲームセンターが断トツに多かったですね。
 そして、これら派手な店の極め付けが…

   明らかに異彩を放っています   たまにある“目玉”は鬼太郎フェアだったという事もあって…

 ドンキホーテ…です。

 これも道頓堀にあるのですが、もうどこから見ても目を引くデザインには、ただただ脱帽するばかりです。店内は一般的なドンキホーテと同様な感じでしたが、写真でも確認できる店の外を囲んでいる丸っこい物…、実はこれ観覧車なのです!
 よく造った…という感じですよね。ついつい乗ってしまいましたよ(笑)。意外と近代的な乗り物で、向かい合う席ではなく、同じ方向を向いて並んでいる席…というのが奇抜でしたが、最上層からの眺めは良く(意外と高さがありました)、天気が晴れていたこともあって、それなりに満足してしまいました。これぞ大阪の乗り物?なのかもしれません。是非お試しあれ!


 ●結局帰りは神戸から…

 今回も、帰りは神戸空港からスカイマークエアラインズでした(笑)。もう3度目の利用になってしまいますね…。やはり時間と料金と便利さで言うと、いくら大阪という神戸から少し離れた場所でも、これに軍配が上がってしまうのです。折りしも、どうも大阪だけでは悔いが残ると思ってしまっていたところだったので、ついつい早めに神戸に向かってしまったという背景はありました(やれやれ…)。

   もうすっかり、この場所にも慣れてしまいました

 今回乗ったのは20:05発の羽田行きで、前に神戸から帰った時〔旅日記 12.(兵庫・鳥取編…2007.2.12~2.13)参照〕と全く同じ便でした。スカイマークとしては羽田行きの最終便で、ほぼ満席という感じでした。やはり正規料金が1万円というのは、誰にとっても魅力なのでしょう。
 今回で神戸からは3度目、スカイマーク全体で見ても5度目の搭乗でしたが、明らかに前と違っている所がありました。機内に入ると、なんと機内誌が用意されているではないですか!

   創刊号を見れたのは幸運でした   シンプルなルートマップもまた新鮮です

 スカイマークはご存知の通り格安航空会社で、コストを削るという意味では、機内誌の省略もその一環だったわけですが、どうやらこの4月から機内誌を掲載するようになったようです。経営的にも余裕が出てきたのかもしれませんが、基本的に退屈な機内にとって、これは喜ばしい事だと思います。
 創刊号に相応しく、話題はスカイマーク自身の事についても結構振れられていて、見てて微笑ましく感じられる部分もありました。また、有料ですがドリンクの提供も最近始めたようで(羽田~沖縄線だけ無料です)、なかなか良い方向に会社は進んでいるのではないかと思ったりしました。
 羽田空港までは1時間15分と、本当にいつもながらあっという間のフライトなのですが、今回は特に短く感じられたかもしれません。やはりサービスというのは、飛行時間を短くしてくれる効果があるようです。ただ安いだけではなく、気持ち良いフライトも提供してくれる…。何となくですが、スカイマークの真意が感じられた帰り道にもなっていたような気がしました。


 こんな感じで大阪の旅を終えましたが、やはり大阪“だけ”というのは正直厳しかったです(笑)。神戸や京都に行ってしまう…というのは何も正しくない事では無かったのです…。これでは皆さんに、大阪という所はあまり大した事が無いイメージだけ伝わってしまうような気もするのですが、ただ、鉄道に関しては大阪は本当に素晴らしいのです。いつかは鉄道に特化した大阪編をお送りしたいものですね。

 ☆USJのHP…http://www.usj.co.jp/

 ☆明治軒のHP…http://www.usj.co.jp/

 ☆スカイマークエアラインズのHP…http://www.usj.co.jp/

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

旅日記 12.(兵庫・鳥取編…2007.2.12~2.13)
 今回、旅に許された時間は2日間。どこに行こうか楽しく迷いました。1月に乗れなかった五能線〔旅日記 10.(津軽・日本海編・…2007.1.7~1.9)参照〕に再チャレンジするのも良いですが、この時期は“青春18きっぷ”が使えず、何となく勿体無い感じがしてしまいます。最近廃止が著しいブルートレインでも乗って、九州に行ってみるのはどうか…とも思いましたが、2日間だけという時間を考えると、あまり自由には動けなさそうな気もします。
 …ということで、今回は、兵庫県と鳥取県の“私鉄”を中心に、鉄道の旅を計画してみました。私鉄なら、どちらにしろ“青春18きっぷ”は使えないし、地域的にも、まだ乗ったことの無い鉄道が豊富にあったからです。まずは、東京から飛行機で大阪まで向かいましたが、東京~大阪間は、1日前までなら航空券も安く買える路線なので、出発直前まで柔軟な計画にも対応できます。そうして旅の準備は整い、2月12日(月)の朝、自分は羽田空港に向かいました。


 ●やっぱりANAが好き

 自分は日本の航空会社ではANA(全日空)が一番好きで、基本的に国内線はこの航空会社を使わせて頂いているのですが、今回も例外ではなく、羽田~大阪(伊丹)便にはANAを選びました。
 自分は、ANAと提携しているアメリカのユナイテッド航空のマイレージ・プログラムに参加しているため、ANAの便を利用しても(ツアーでは貯まりませんが)マイルを貯める事が出来るのです。まあそれも大きいのですが、やはりANAの気さくなサービスが好きだったりします。恐らく、元々国内線のシェアNO.1というのが、サービスへの強みのような気もしますね。

   ここでなら、行列知らずですね   開放的な羽田第2ターミナル

 そんなANAですが、羽田では2004年12月1日にオープンした第2ターミナルを使用しています。これはANAの専用ターミナルとも言えるほどで、建物全体が巨大なアートのような造りにもなっており、これから旅立つ旅行者への安らぎを提供してくれます。
 京浜急行で羽田空港駅に降り改札を出ると、数台もの自動チェックイン機が出迎えてくれます。インターネットとかで事前に予約していると、ここで航空券が受け取れるというもので、わざわざ航空会社のカウンターまで出向く必要はないということです。また、近年では“SKiP サービス”というものも始まりました。これもインターネットでの予約に限るのですが、予約後、ANAのHP上でチェックインができ、その情報を携帯電話に転送。乗客は、空港に着いたらそのまま荷物検査場へと行き、そこで先程の携帯電話に送られてきたバーコードを機械にあてると、そのまま搭乗ゲートへと進めるというものです(ANAのEdy機能付カードでも可能です)。つまり、空港での搭乗手続きは不要という事で、これだと航空券も発行されないので、環境への取り組みとしても評価されているシステムでもあるのです(自分は航空券が欲しかったので、発行はしておきましたが…)。

   本来ならもっと飛行機に寄りたいところですが…   見ての通り、ANAばかりです

 このように、常に業界をリードしているANAであり、羽田の第2ターミナルであるわけですが(“SKiP サービスはANAで全国に展開されています”)、第2ターミナルでは、搭乗ゲートに入ってしまうと、写真撮影が少し困難であるのが残念な点でしょうか。実際カメラを向けると、左上のような写真しか撮れない感じです。まあ、そういう方は、飛行機に乗る前に展望デッキに行けば良い事ですしね。

 というわけで、自分は羽田7:00発の伊丹行きに乗り込みました。機材はボーイング777-300型です。日本ではジャンボ(ボーイング747型)が最もメジャーな機種ですが、目的地の伊丹空港では騒音規制の為、ジャンボのようなエンジンが4つもある機体の離着陸は、2006年4月1日以降、原則禁止となってしまったのです(777型のエンジンは2つです)。それでも777-300という飛行機は大きく、収容力もジャンボに匹敵するくらいですから、今後はジャンボに変わる“顔”として、国内を飛んでいくのでしょうね。
 この日は晴れていたので、機内からは素晴らしい風景が堪能できました。前にも言いましたが、大阪行きの飛行機に乗るならば、座席は右側のシートをお勧めします(…と言っても、まだ左側の席は未経験なのですが…)。離陸直後には横浜港を中心とした工業地帯が望め、江ノ島、箱根、富士山、南アルプス等も堪能できます。以前〔神戸空港開業!〕の記事でも紹介しましたが、この日も富士山はくっきりと見る事が出来ました。これは本当に見入ってしまう光景です。

   写真右下には横浜ベイブリッジが見えます   久しぶりに見た飛行機からの富士山は、やはり感動!

 ふと、前の座席に(元々空席でした)、どこからかCAに連れられて、1人のおばさんがやってきました。そのおばさんも、富士山を見るなりやはり感動している様子で、CAさんには「教えてくれてありがとう!」と、握手さえ求めていました。恐らく、CAがそのお客さんに教えてあげていたのでしょう。到着前には、「景色は楽しめましたか?」という声も掛けていたようで、こういったマニュアルには無いサービスをする事で、今のANAは出来上がっているのだと、改めて感心してしまいましたね。

   着陸まであと5分くらいという感じです   エンジンの気流で見えにくいですが、眼下には新幹線が…

 伊勢湾を過ぎると高度を落とし始めます。この辺りからは地面も近くなってくるので、機窓の変化は激しく、自分にとっては忙しい状況になってきます(笑)。そして奈良県上空を過ぎ、生駒山地を抜けると大阪平野に入ります(写真左上参照)。そのまま機体はどんどん高度を落としていき、新大阪駅上空を過ぎると(写真右上参照)程なく伊丹空港に着陸します。1時間足らずのフライトでしたが、やはり晴れている日の飛行機はあっという間という感じでしたね。もちろん、旅はこれからなのですが…(笑)。


 ●兵庫県の主な私鉄

 最初に言ったとおり、今回の旅の目的の1つは“私鉄に乗る”…です。兵庫県の私鉄といっても、地元の方以外はピンと来ないかもしれませんが、何気に沢山の鉄道会社が通っています。ここでは、今回完乗を果たした私鉄について、幾つか語ってみたいと思います。

   ・神戸電鉄

   三田駅にて…神戸電鉄の主力車両達です   若干普通の車両より狭い印象を受けます

 今回まず最初に乗ったのが神戸電鉄です。起点は神戸市の湊川という所ですが(電車は全てが神戸高速鉄道の新開地まで乗り入れています)、今回は反対側の三田(さんだ)という所から乗り潰しを始めました。
 起点側から乗るとよく分かるのですが、この鉄道、かなりの急勾配を上っていきます。神戸という地形は、山がすぐ海に迫っている横に細長い土地なのですが、この神戸電鉄はその山に向かっていくような形で路線網を展開しているようです。途中、勾配には1000分の50というものがあり(1000m進むと50m上がるという勾配)、これは全国でも珍しい部類に入ります。以前紹介した箱根登山鉄道の最急勾配が1000分の80というものでしたが〔旅日記 9.(箱根編…2006.11.7~11.8)〕、これは“登山”鉄道という、かなり特殊なものです。普通の鉄道だったら1000分の25、高くても1000分の33ぐらいまでが殆どです。

   急勾配を上っていく神戸電鉄粟生線   かなり庶民的な雰囲気が漂います

 ということは、1000分の50を有する神戸電鉄がいかに凄いのか…、もう改めて説明する必要はありませんね(笑)。この鉄道は別に登山鉄道ではなく、毎日通勤客を乗せては神戸中心部と郊外とを結んでいるのです。もちろん、車両は急勾配でも上れるような構造になっていて、急カーブも多いので、普通の鉄道より車両は一回りくらい小さい印象も受けますが、れっきとした中小私鉄です。しかし、これくらいの路線網を持つと、準大手私鉄などと言われることもあり、これは大した事だと思います。
 そんな神戸電鉄ですが、山を越えると素朴な景色が広がり、正に庶民の足になっているような様子が窺えます。急勾配にも耐えられるような車両であるため、小高い山とかはトンネルを通さず、一気に坂で超えてしまうような区間も見受けられましたが、これもこの鉄道の特徴と言って良いでしょう。
 普段は4両、ラッシュ時でも5両編成が最長編成ですが、地元の人からは“神鉄(しんてつ)”と呼ばれて親しまれており、学生の利用者も結構多かったように思えました。今度は駅から降り、山の中の急勾配を走るこの鉄道を写真に撮ってみたくもなりましたね。

   ・山陽電鉄

   JRの網干駅とは3kmぐらい離れている、山陽電鉄網干駅   飾磨駅にて(左は阪神車両による阪神梅田行きです)

 山陽電鉄は、神戸の西代という所から(電車は全てが神戸高速鉄道に乗り入れていて、そのまま一部が阪神電鉄の梅田、阪急電鉄の三宮まで直通運転しています)姫路までの本線と、途中の飾磨から山陽網干までの網干線の2路線だけで、非常にシンプルな路線構成と言えます。そのため大手私鉄ではなく、こちらも準大手私鉄に分類されていますが、列車の運行状況を見てみると、これはかなり大手並みと見て良いかもしれません。
 本線はつまりは、神戸、明石、姫路の都市間輸送を行っているのですが、ここではJR山陽本線(神戸線)と完全な競合状態にあり、昔から乗客の獲得に必死になっています。JRは単純に姫路~神戸間だけではなく、その先の大阪や京都まで通っているわけですが、ここで山陽電鉄も負けじと、阪神電鉄と乗り入れを始めて、今では梅田(大阪)~姫路の間で、“直通特急”を15分間隔で走らせるようになりました。
 それでもJRのスピードは凄まじく、大阪~姫路間ではJRが新快速(15分間隔で運転)で約60分に対し、阪神・神戸電鉄は直通特急でも約90分と、完全にJRに水をあけられてしまっています。また、料金的に見ても、阪神と神戸電鉄では、途中で神戸高速鉄道を経由して乗り入れているので、思ったほどJRより安くなっていないのが現状です(それでもJRの方が200円くらい高いですが)…。
 しかし、阪神電鉄も山陽電鉄も、努力はしていると思います。大阪~姫路は距離的に約90km。これは、東京からの距離で言えば中央線の大月くらいまでの距離になりますから、90分というのはそんなに遅い数字ではないのです。…というか、JRの神快速が速すぎるのです(最高速度130km/時ですから…)。
 自分もこの直通特急を使って、飾磨(自分は山陽網干駅から乗ったので…)から神戸高速鉄道の新開地まで乗ってみましたが、確かにスピードは速いものの、そこまで乗客が乗っているような感じではありませんでした。むしろ、これらの乗客は短距離の人達で、姫路から乗ってきて神戸のその先まで…という人は少なかったようにも思えます。ほぼ同じ区間を通っているJRの新快速には何度も乗ったことがありますが、こちらは慢性的な混雑が続いているような状態でした。
 このように、山陽電鉄を取り巻く状況は厳しいようにも思えましたが、大阪までの直通運転を実現したというのは、かなり画期的な事だとも思いますし、今後、阪神電鉄は近畿日本鉄道とも繋がりますので、姫路、神戸から難波の方面までの列車という、JRには無い新たなルートを築き上げてくれるかもしれません。そんな山陽電鉄、まだまだ目が離せないような感じです。

   ・神戸高速鉄道

   新開地駅にて(左は阪神電鉄、右は阪急電鉄からの電車)   左写真のホームの階段を上がると、すぐに神戸電鉄のホームに到達する事ができます(話題?の“高速そば”は左側です)

 先ほどからよく出てくる神戸高速鉄道ですが、これは何かと言いますと、神戸市内にターミナルを持っている阪神電鉄、阪急電鉄、山陽電鉄、神戸電鉄の路線を接続するための路線で、線路と駅のみを持つ第3セクターの鉄道会社です。…それでも準大手私鉄に分類されているのが不思議なところですが…。
 路線に関しては、あれこれ説明するより下の路線図を見るのが一番分かりやすいかもしれません。とにかく、このように4社の異なる鉄道が乗り入れており、そのうち神戸電鉄を除く各路線(神戸電鉄だけ規格が違うので)で相互乗り入れを行っています(阪神電鉄と山陽電鉄の乗り入れがメインではありますが)。

   水色の部分が、神戸高速鉄道所有の路線です

 この鉄道があることによって、神戸市内の移動はあたかも便利なように見えるのですが、乗り入れる各社からこの区間に入ると、改めて初乗り運賃を取られてしまうので、JRだけの移動に比べて料金が高くなってしまうという部分があり、これが現在JRに乗客を奪われてしまっている原因にもなっているとか…。
 この鉄道が開通したのは1968年と結構古いのですが、当時は神戸に地下鉄は無く(まだ計画すら無かったようです…)、国鉄(JR)も長距離路線のイメージが強かったので、これで良かったのかもしれません。しかし今回乗った印象では、やはりJRと比べたら空いているのは否めず、色々と改善が求められているというのも納得な気がしてしまいました。
 ついでに、新開地駅に店を構える、その名も“高速そば”という立ち食い蕎麦屋があるのですが、別に“高速”で蕎麦は出てこないそうです…ちょっと残念(笑)。

   ・北神急行電鉄・神戸市営地下鉄

   左が神戸市営地下鉄、右が北神急行の車両です   ひと回りサイズが小さい、神戸市営地下鉄海岸線の車両

 これは2社まとめて説明してしまいます。何故なら、神戸市営地下鉄西神・山手線の新神戸以北が北神急行電鉄に乗り入れる形をとっているからです。
 この北神急行電鉄は、神戸電鉄有馬線のバイパス路線として建設されました。有馬線の谷上という所(これが北神急行電鉄の終点でもあります)から、六甲山地を全長7180mのトンネルでぶち抜き、神戸市中心の三宮までは約10分で到達できます(神戸電鉄、高速神戸鉄道経由だと40分くらいは掛かります)。
 このように、六甲山の北側に住む人達にとっては格段に便利な路線なのですが、実際はというと、高い料金が災いして、思ったほど乗客は伸びていないというのが現状です。谷上~新神戸間が350円、その先は神戸市営地下鉄の路線になってしまうので、三宮まではプラス170円で520円という計算です。三宮だとまだ良いのですが、これが新開地寄りの駅になると神戸電鉄経由の方が安いので、ますます乗客は映ってくれません。
 しかしこれでも値下げをしたそうで(以前は谷上~新神戸間で420円でした)、前よりも乗客は増えているそうです。北神急行電鉄は谷上~新神戸の1駅間だけの路線なので、かなり特殊な路線でもありますが、地下鉄との連携したサービスなどにも期待したいところですね。

 その神戸市営地下鉄は、新神戸から西神中央という所まで結んでいる西神・山手線(一応、途中の新長田という所が、路線名の境界になっています)と、最近開通した海岸線があります。西神・山手線の方は、神戸市とそのベッドタウンを結んでいて、賑やかな路線だったという印象がありましたが、しかし、海岸線の方はまだ路線が新しい事もあってか、乗客はそう多くない感じでした。
 しかし、これは今後重要な事で、海岸線は平行しているJRもあってか、赤字経営となっているそうです。考えてみれば、電車の本数もスピードも安さもJRの方が上なので、これではなかなか乗客が増えそうにありません。さらに言えば、神戸では珍しく平坦な区間を走るために、別に自転車でも移動できてしまうという見方もあるそうで、状況は思っている以上に厳しいと言えそうです。
 確かに、西神・山手線の方は、途中から山を越えていく感じで、車窓的にもダイナミックな景色が広がっていました。他の地域から見ても、神戸はかなり特徴的な地形ということが出来そうです。それゆえ、神戸電鉄や神戸市営地下鉄も成り立っているのかなと思いましたが、全てにおいて今後が気になる路線でもある…。それが兵庫県の私鉄の一番の感想だったかもしれません。


 ●兵庫県、鳥取県を走る第3セクター鉄道

 第3セクター鉄道というのは、国や地方公共団体と民間が、合同で出資・経営する鉄道の事です。1980年代、旧国鉄及びJR各社の赤字ローカル線対策として、幾つかの路線が県や市などに経営を引継ぎさせていたのですが、兵庫県と鳥取県には、こういった境遇の路線が4つあります(厳密に言うと、先程述べた神戸高速鉄道も、神戸市と乗り入れ4社が共同出資しているので第3セクターなのですが、ここでは旧国鉄路線のみを対象とさせて頂きます)。
 今回この4路線全てに乗る事ができましたので(…というか、これが目的だったし…)。それぞれ、走っている地域的にもかなりローカル色の強い路線でしたが、それら1つ1つを見ていきたいと思います。

   ・北条鉄道

   3つの鉄道が乗り入れる割りにはこじんまりとした粟生駅   北条町駅では旧式のレールバス(右側)とも顔を合わせました

 北条鉄道は、兵庫県小野市にあるJR加古川線の粟生駅から、兵庫県加西市にある北条町駅とを結ぶ、全長が13,6kmの鉄道です。旧国鉄時代は北条線と呼ばれており、1985年に4月1日に第3セクター化と、これは比較的早い方でした。
 早い方…ということは、路線の赤字度も相当高かったという事でしょう。他路線と繋がっているのが粟生駅側なので、もちろん自分も粟生駅から乗りましたが、この拠点となるはずの粟生駅で既にローカル度満点といった感じです。この駅には北条鉄道の他に、JR加古川線と神戸電鉄が乗り入れているのですが、その割りには辺りは閑散とした感じです。
 神戸電鉄は30分毎、JR加古川線や北条鉄道は1時間毎の運転ですが、それぞれの接続は概ね良好で、駅の風景としては、列車が全くいないか、全てのホームに列車が停まっているか(神戸電鉄だけの時もありますが)のどちらかです。この時は、駅も一瞬賑やかになる感じもありました。
 接続するJR加古川線ですら2両編成(1両編成もあり…)ですから、北条鉄道はもちろん1両の編成です。それでも今回のお客さんは10人程度でしたから、これで良いのかもしれません。車窓の風景は喉かで、結構単調な景色が続いているようです。
 路線延長が13km程度なので、終点までは20分強ぐらいだったと思います。終点の北条町駅は綺麗に整備されていて、会社としてもこちらに力を入れている感じが窺えました。また、街の雰囲気としても、粟生よりこちらの方が断然栄えていて、北条鉄道は、北条町と粟生から先の街を結んでいる役目があるのだと思いました。確かにこれなら、粟生駅での接続の良さも納得です。
 乗った日は祝日だったので、あまり人が乗っていなかったのかな…とも思いましたが、折り返しに乗った北条町から粟生に向かう列車では、幼稚園児の遠足か何かで、30人以上の乗車率になってしまいました。いきなり賑やかな車内を体験する事ができたわけですが、こういった風景を見てしまうと、いくら乗客が少なくても、鉄道は残すべき…だと思ってしまいますね。

   ・三木鉄道

   古さは否めない三木鉄道の三木駅   乗車率にも若干不安が…

 三木鉄道は、兵庫県加古川市にあるJR加古川線の厄神駅から、兵庫県三木市にある三木駅までを結んでいますが、全長が6,8kmしかない短い鉄道です。先程の北条鉄道とはかなり近い距離に位置し、第3セクター化されたのも1985年4月1日と、同じ日でした(元は国鉄三木線)。
 この三木鉄道ですが、三木市から神戸市へは、近くを走っている神戸電鉄を利用してしまうのが実情で、せっかくJR加古川線と接続はできていても、旅客の動きに合っていないので、経営は苦しいの一言です。
 おまけに、三木駅というのも、神戸電鉄の三木駅とは川を挟んで離れていて、歩いて30分くらいの距離にあります。つまり、三木鉄道沿線から三木駅に来て、そのまま神戸電鉄に乗り換える人というのは皆無に近いわけで、これでは乗客が増えないのも無理はありません。
 これは実際乗っていても感じていて、三木から厄神まで乗り通しましたが(と言っても、路線が短いので20分弱くらいの乗車でしたが)、お客さんは自分を合わせて2~5人といった状況でした。
 路線が短いので、売り上げにも繋がりにくいでしょう。乗っただけでそんな心配をしてしまうような路線でしたが、その予感は正に当たってしまい、今年の3月1日に、正式に廃止が発表されてしまいました。早ければ2007年度中に廃止されてしまうようです。現実は…厳しいのですね…。

   ・若桜鉄道

   郡家駅にて…ここが若桜鉄道の拠点となります   終点、若桜駅はのどかな所でした

 今度は鳥取県に移動します。若桜鉄道は、JR因美線の郡家駅から、終点若桜までを結ぶ、全長19,2kmの鉄道です。郡家駅は、鳥取駅まで割りと近いことから、列車の半数以上がJRに乗り入れて、鳥取(一部は宝木)まで顔を出しています。
 若桜…という名前からなのか、車両には全て「さくら」の愛称が付けられていて、地元の人の愛情が窺えるというものです。乗った日は平日だったので、若桜に向かう列車(つまり、下り列車)の乗車率は芳しくなかったものの、折り返して郡家に向かう列車は、途中の駅からも、ある程度学生が乗ってきてくれて、とりあえずはホッとしたものです(この気持ちは大事です…笑)。
 しかし、これでも経営難には勝てないようで、今年の4月に運賃の値上げを行う予定だとか…。今まで、郡家~八頭高校前駅(0,9km)間の料金は60円と、これは日本一安い料金設定だったのですが(より多くの学生に利用してもらおうという事から)、これも100円になってしまい、日本一の座(これは北大阪急行という鉄道で、初乗りは80円です)は受け渡すことになってしまいました。
 三木鉄道ほどではないにしろ、こうやっていかないと路線を継続できない実情というのを、肌で感じる事ができたようにも思います。それを食い止めるには、やはり“乗る”しかないのです。

   ・智頭急行

   郡家駅を発車する“スーパーはくと”号   智頭急行は普通列車も鳥取駅まで乗り入れてきます

 今回の中では異例の部類に入ります。鳥取、岡山、兵庫の3県に跨って走り(…兵庫県の上郡駅から、鳥取県の智頭駅までの56,1km)、線路は高規格で造られており、高架やトンネルが多く、特急が最高130km/時、普通列車でも最高110km/時で運転されています。1998年以降(開業は1994年)は連続して黒字経営ともなっていて、“第3セクターの優等生”とも言われています。
 その理由は何なのかと言うと、大阪(京都)と鳥取を結ぶ特急「スーパーはくと」号や、岡山と鳥取を結ぶ特急「スーパーいなば」号がここを走るというものが一番大きな要因です。
 そもそもこの路線が造られた背景では、姫路と鳥取とを短時間で結ぶというものでした。つまり、既存の路線ではなく、新しく造ろうとした路線であり、国鉄が建設していたにも関わらず、国鉄再建法に伴い工事は凍結(路盤は9割方は完成していたようですが…)、そして第3セクターに引き継がれたわけです。
 そして登場した「スーパーはくと」号。これは大阪~鳥取間を、従来より1時間以上も短縮させ、2時間20分くらいで結んでしまうという俊足さが売りで、常に乗車率が良い列車でもあります。線路条件が良い為に、智頭急行線内では130km/時が出せ、しかも振り子機能も付いているので、殆どその速度で維持できます。
 これに関しては、今のところ他に驚異となる移動手段がないので、智頭急行の安定っぷりは今後も維持し続けられると思いますが、これが普通列車に目を向けると、厳しい現実があるようです。
 元々、あまり人口が少ない地域を高規格で通した為に、地元の利用が少ないのです。また、3県を跨って走ることから、学区制による制約で、通学輸送もあまり見込みも無いとか…。自分はこの路線は「スーパーはくと」で走破してみたのですが、確かにスピード抜群の気分は味わえたものの、普通列車の印象がとてつもなく薄い事に気付きました。今回は普通列車に乗る事はできませんでしたが、また違った視点で乗ってみたいものだと思いましたね。他の第3セクター会社とは、また違った問題を抱えている…といったところでしょう。

   今回降りたのは初めてだった鳥取駅   鳥取駅で購入した“かに寿し”…美味!

 ちなみに今回この旅で、初めて鳥取駅に下車することができました(1泊もしました)。これまで鳥取県は通過のみで、一応来たことにはなっていたのですが、これで晴れて鳥取県も制覇ですね(笑)。駅弁の“かに寿し”がまた美味しかったです。今回は第3セクター鉄道に重きを置いたので、あまり鳥取市自体の観光はしていませんが、今度またゆっくり来れたら…と思いました。


 ●JR和田岬線

 これはJR西日本の路線で、兵庫~和田岬間の2,7kmを結んでいるのですが、なかなか特徴的な路線でもあるので、ここで紹介しておこうと思います。
 和田岬線の走っている地域は、概ね工業地帯です。元々、線路は兵庫港に陸揚げされた資材を輸送する為に敷設されたので、最初は貨物線として開業されました。現在は旅客輸送も行っていますが、三菱重工業神戸造船所などへの通勤の足が主要な役割となっていて(…というか、他に行く所があまり無い)、列車の運行は通勤時間帯のみとなっております。また、途中に中間駅が無く、乗客100%が兵庫駅と和田岬駅とを行き来する人なので、現在の和田岬駅には券売機も改札機もなく、代わりに兵庫駅構内にそれが設置されているのも特徴でしょう(こういった例は、関東では東武大師線、名古屋では名鉄築港線でも見られます)。

   下町の中の駅…という感じがします   奥の車両は、関東では見られなくなった103系です

 通勤時間帯のみの運行という事で、昼間には全く列車は走らないわけですが(休日に至っては、朝と夕方のそれぞれ1往復のみの運行です…笑)、そういった背景からか、昔からここを走っている車両は特徴的なものばかりでした。初代は旧型客車で、中の座席は殆どが撤去された車両を使っていました。これは1990年中頃まで走っていて、JR線では最後まで残っていた、定期旧型客車列車だったのですが、この後はディーゼル列車が使われるようになります。これも特徴的な車両で、ホームが全て同じ方向にある為か、ホームと反対側のドアを、1両に尽き1箇所を除いて撤去するという改造がなされていて、正に通勤に特化した車両を使用していたという事になります。
 2001年になると神戸市営地下鉄海岸線が開業し、その路線は和田岬駅を通るので、JR和田岬線は廃止かと思われたのですが、JRは路線を電化させ、営業を継続させました(車両は一般的な103系で、これは特に大きな改造はなされていません)。電化については、その方が効率的だったという背景もあったのですが、路線の継続については、通勤時間帯のみの運行だった為、JR西日本屈指の黒字路線だったという背景もあったのだと思います。自分は夕方に兵庫行きに乗りましたが、車内は座席が埋まる程度の乗車率があったと思います。
 …距離的には短く、しかも特徴的な運行をする路線ですが、JR的には結構重要視している路線なのではないでしょうか。人々の生活感が感じられる路線でもあって、なかなか面白い乗車体験となりました。


 ●帰りは神戸空港から

 今回の旅程的には、大阪に飛行機で降り立って、兵庫の北の方を通り姫路に抜け、鳥取に抜けてから再度姫路に戻り、神戸周辺をウロウロしてた(笑)…という感じだったのですが、そしたら東京までの帰りは、迷わず神戸空港からで決まりです。これは〔旅日記 4.(関西編…2006.5.9~5.11)〕の帰りと全く同じで、このブログでは何度も紹介しているスカイマークエアラインズでの帰路となりました。なので、詳しい説明は省くとして(笑)、写真でもご覧下さい!

   自分が乗った飛行機は奥から2機目です   神戸という街は、山と隣り合わせというのが分かります

 …という感じの旅でした。時間的にはもう夜だったので、空港から神戸市の夜景を望むことが出来たのは、今回の旅日記のタイトルである、“兵庫(神戸)・鳥取編”の締めの景色となれたので良かったと思います。今回は私鉄の乗車が多かったですが、やはり掘り下げれば掘り下げるほど味が出てくるという感じで、やはりJR路線とはまた違った趣があって楽しかったです。また違う地域でも挑戦したいテーマでもありましたね。

 ☆ANAのHP…http://www.ana.co.jp/asw/index.jsp

 ☆スカイマークエアラインズのHP…http://www.skymark.co.jp/

 ※ここで紹介した私鉄のHPについては、少し数が多いので、省略させて頂きます!

テーマ:鉄道旅行 - ジャンル:旅行



プロフィール

竹内

Author:竹内
1980年1月29日生まれのO型。
3歳からクラシックピアノを始め、
高校ではジャズに目覚め、大学では
バンドも経験する。現在は関東を
中心に、ライブハウスやホテルの
ラウンジ、レストラン等で演奏を
行っている。また、写真好きが興じて
簡単な写真撮影の仕事もしている。
…そんな29歳です。



次回のリーダーライブ

2010年2月7日(日)
外苑前 Z・imagine
Open…18:00~(予定)、
1st.…18:30~、2nd.…20:00~、
Charge…2700円(ドリンク別)
(Pf)竹内大輔
(B)池田暢夫
(Ds)佐々木俊之



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